第三十五話『ロクターンの城の中①』
ロクターンの城の中は、前にヘリヤと来た時と変わらず、豪華な装飾が為されていて、高級感があった。
修也とヘリヤ以外の四人は、始めて見る城の中に興奮しているようだった。周りをキョロキョロと見回しているのを見ると、最初にロクターンの城に来たことを思い出す。
「凄っ! こんな豪華な所なんて始めてきたんだけど!」
エンジュが興奮した様子でそう言うと続けてテラルは言う。
「いや、ほんとすげぇな。物語の中に来たみたいだ……姫様が俺らを招待してくれなかったら、一生こんな光景を見ることはなかっただろうな……」
テラルがそう言ったのを聞いて、リリーは嬉しそうな表情をしながら歩いていた。それを見た修也は、もう一度周りを見渡す。
召使いらしき人や、鎧を着た騎士らしき人まで、全員がこちらを見ている。そのせいで修也はソワソワしていた。視線を凄く感じるのだ。
そんな中を七人は歩き、やがて城の中に入っていく。この中に入った後、リリーを先頭に廊下にある扉に向かって歩く。
「……ヘリヤさん、今から向かう所ってまさか……」
「なんか見覚えがあるな」
修也とヘリヤが歩きながら話したと同時に、リリーの足が止まる。ここがどういう所なのかを知らない四人は、ワクワクとした様子でいる。
修也は、何も分かっていない四人にここについて言おうと思ったが、その直前になってリリーがドアノブに手をかける。ギィッ、と音を立てて、木製の扉が開いた。
「お父様、連れてきました」
「うむ、ご苦労だったな――皆様方、中に入ってくれ。茶でも振る舞おう」
それに従って、七人は部屋の中に入る。
部屋の中にいたのは、この国のトップ――ロクターン公だ。前に一度見たことがあるが、全く変わらずに仕事をしていた。
目の前の人物が誰なのか気づいた四人は、先程と様子が一変して、笑顔のまま不自然な姿勢で固まっていた。それを見て、ロクターン公は不思議がっている。
「失礼します」
「しまーす」
ヘリヤと修也、そしてリリーは、部屋にあったソファーの前に行き、武器を自分の近くの床に置いた後、腰掛ける。四人は修也とヘリヤの事を驚いたような目で見つめていた。
三人に遅れて、四人が部屋の中に入る。そして修也たちと同じく床に武器を置いた後に、幅の広いソファーに座っていた。動き方がガチガチとしているのを見ると、修也は苦笑する。
すると、ロクターン公は口を開いた。
「さて、今日君たちに来てもらったのは、リリーが一緒に五大迷宮に行っているという者たちを見るためだ」
修也とヘリヤ、リリー以外の四人は、それを聞いて体を震わせた。相当緊張しているらしい。
「しかも、五大迷宮の内の二つを攻略したというのだから驚きだよ。さぞかし、君たちは強いんだろうなぁ」
「い、いえ、そんなことはありませんよ」
テラルがそう言うと、ロクターン公は、死刑宣告とも取れる事を言った。
「娘を守ってもらう為に、君たちには力をつけてもらう。拒否権は無いぞ?」
★★★
その後、他の三人と別れた修也、キサイ、ヘリヤ、テラルは、騎士たちの訓練場に来ていた。
「そもそも、自分の娘に迷宮に行かせること自体間違ってるだろ。何考えてんだよ、ロクターン公は……」
修也はそう呟いて、周りにいる騎士たちを見た。ロクターン公が修也たちに命じたのは、全員の騎士たちに勝つ、ということ。辛いなんて物じゃない。
先程、騎士たちには刃を潰された剣を渡された。テラルには槍を渡している。これで人が死ぬことはない。騎士たちも、修也たちと同じ条件だ。
「では貴殿たちには、これからここにいる我ら公国騎士団全員を倒してもらう」
「……ういっす」
「はい!」
「は、はい」
「分かりました!」
四人は返事をすると、武器を構えた。四人で背中を合わせて、全方位からの攻撃にも対応できるようにする。
「では――始め!」
足音を立てて、離れた所にいた騎士たちが襲いかかってくる。この光景は一度見たことがあった。アカゲラの村で、エレノアを救おうとした時のことだ。
「…………」
あの時の事を思い出した途端、修也の中で何かが切り替わる。それは、自分の中の人を殺すためのスイッチだ。人を殺しても、何も感じなくなる。躊躇も、なくなる。
「シ、シュウヤ、人は殺しちゃ駄目だよ?」
横からそんな声が聞こえてきた。キサイの声だ。やっとタメ口で話せるようになったらしい。
「分かってるよ。《魔力物質化》も使わないさ。向こうが使ってきたなら別だけどな」
「約束、だからね」
そんな事を話していると、一人の騎士が修也に向かって剣を振り下ろしてきた。視界の端でその姿を捉えた修也は、それをあっさりと避けると、騎士の両足に剣を振り下ろした。
「ぐあっ!」
騎士は、その痛みに悶ている。もう動けまい。修也は次の騎士に向かっていく。
騎士は剣を振り上げた修也を見て、剣で受けようとしていた。剣に魔力を込めて、騎士の剣を叩き斬ると、続けて胴体に一撃与えた。
蹲って動かなくなった騎士を見ると、修也は一瞬だけヘリヤたちの方を見る。
ヘリヤは、騎士たちを修也よりも早く倒していっている。剣を受け止めて弾き返し、そして斬る。やはりあの人はやはり強い。
キサイは、小柄な体なのに素早い動きで騎士たちを翻弄している。鎧の上から騎士たちの体に剣を振り下ろしている訳ではなく、鎧の関節部分を斬っているために斬撃が通っている。
テラルは、槍という武器なのに、上手く槍を使いこなしている。槍の間合いに入った騎士を即座に戦闘不能にする姿は圧巻だ。修也にはとてもできそうにない。
「よそ見をするな!」
そう言って、一人の騎士が斬りかかってくる。修也はそれを剣で受けた後に弾き、素早く騎士の肩に剣を振り下ろした。それだけであっさりと肩に剣が当たり、騎士はその衝撃で地面を転がった。
次の騎士に目を向ける。こちらに斬りかかってくるのは二人の騎士。手加減という物を知らないのだろうか。修也はそんな事を思いながら剣を振るう。
まず一人、振り下ろしてくる剣を弾いて思い切り腹に蹴りを入れる。魔力で身体能力を強化した修也の蹴りは、騎士の体を吹き飛ばした。
続いて二人目、修也の蹴りを見て狼狽えている所を狙って、剣を足に向かって振り下ろす。ガンッ! という音を立てて騎士の鎧が砕けた。そのまま剣の柄を騎士の兜に振り下ろして、次の騎士を狙う。
「おおッ!」
なぜこんな事になったんだろう。
★★★
一方その頃、リリーとエンジュ、そしてゾーンは、リリーに連れられて城の図書室に来ていた。
「……凄っ」
リリーは、エンジュの声を聞いてクスッと笑った。こんな物は大したことはない。魔法図書館の方がいい本を取り揃えている。
普段、リリーはここで魔法の鍛錬をしたり、新しい魔法を覚えたりを繰り返している。ここにある本の中には国の運営方法や迷宮での戦い方が書かれている物もあり、そのおかげで、ロクターンの五大迷宮でも少しは活躍できた。
エンジュとゾーンをここに連れてきたのには理由がある。リリーと同じような総合的な強さを身に着けてもらいたいからだ。それでパーティの強さが上がるのなら今すぐにでもやるべきだろう。
お父様に昨日、『私の迷宮探索の手伝いをしてくれている探索者たちの事を鍛えるにはどうしたらいい?』と聞いて、その答えがこれである。
リリーがそんな事を考えていると、エンジュとゾーンは早速本棚から本を取り出していた。
「わっ、見てよゾーン。この魔法文字の配列」
「……よく分からんな。リリー様、これはどういう物なんですか?」
そう言ってゾーンは、こちらにエンジュが本棚から取り出した本を手渡してきた。この魔法文字の配列は探知魔法の配列てある。
「これは、私が迷宮探索で使ってる探知魔法の配列ね。分かってると思うけど、並列じゃなくて、円形に配置したのを覚えるのよ」
「はーい」
「分かりました」
エンジュとゾーンはそう言って、魔法文字が書かれているページを食い入るように見つめた。
「…………」
その光景をただ見ていられるほだ、リリーは大人しくない。自分もまた、前に読んだ本を読み始める。
『第一章 魔法陣とは?
そもそも魔法とは、魔法文字の配列と、術者のイメージによって起こる事象の事を言う。極論で言えば、魔法陣なんてものは必要がない。
では、なぜ世の魔法使いたちはこぞって魔法陣を使いたがるのか? その理由は、魔法文字の配列にあった。
空間に魔法文字を刻み、起こる事象をイメージすることで起こる魔法は、魔法文字の配列かイメージを破綻させれば、魔法は発動しない。
それ故に、世の魔法使いが考案したのが魔法陣である。魔法陣は、相手側からの妨害で空中に刻んだ魔法文字を崩されても大丈夫、という特性がある。
なぜ魔法文字を崩されても大丈夫なのかというと、それは魔法陣の仕組みに答えがあった。
魔法陣は、円形に配置され魔法文字のことを言う。それ故に、偽物の魔法文字の配列を魔法陣内に仕組むことができる。相手側からしたら、魔法文字を破綻させてもそれが偽の魔法文字の配列で、本命の魔法文字の配列によって起こる魔法を防ぐ事ができない、ということはよくあることだ。
だから、魔法使いは魔法陣を多用する。何者かによる妨害で、魔法を発動できなくなるなんてことがないように。
第二章 魔法陣の作り方――』
ここまで読んだ所で、リリーは本をパタンと閉じる。
そして、エンジュとゾーンの方を向いてみる。彼らはちゃんと魔法文字の配列の暗記をしているようだった。
「……あれ?」
彼らの動きが静止している。不自然ではない姿勢で固まっているのだ。リリーは僅かな違和感を感じて、二人に近寄って見る。
「……え」
ゾーンの肩に触れようと思って触れてみようとしても、なぜか触れられない。それはエンジュの方も同じだ。リリーがこれに気づいた時――カシャンと、ガラスの割れたような音が聞こえてきた。
「ああ、エンジュならとっくにこの部屋を出ていきましたよ」
先程までとは全く違うところにいたゾーンは、そう言って手に持つ本のページをめくった。リリーはゾーンに質問する。
「エンジュは、どこに行ったの?」
「さあ、ただエンジュは、誰かに呼ばれた気がすると言っていました」
「あなたがエンジュの事を言わなかったのは、なぜ?」
「言ったら、僕が後であいつに何をされるか、分かったものじゃ無いですから」
それっきり、ゾーンは黙ってしまった。ため息をついて、リリーは扉の所に向かう。
「私はエンジュを探しに行ってくる。ここにいなさいよ? ゾーン」
「了解しました」
リリーはそう言って、バタンと図書室の扉を閉めた、
★★★
――エンジュは、透明な姿になって城内を歩いていた。
この魔法は風の魔法。空気の膜で全身を覆い、光を屈折させることで姿を見えなくしているのだ。ちなみに、持続時間は短い。
エンジュが城内を歩いているのには理由があった。何者かに呼ばれた気がしたのだ。そして今も、声が聞こえる。
『こっちに来て』
声の主は少女だと推測できるほど高い声だ。エンジュと同じ十六歳くらいだろう。この声に導かれて、エンジュは城内を歩く。
途中、何度か召使いと出会ったが、エンジュは今透明になっているり。咎められることが無い。だが魔法の持続時間は短いので、少し早歩きになった。
「……あら?」
だんだんと声が大きくなっていく中、エンジュはある壁の前で足を止めた。声の発生源が近いのだ。不審に思い、エンジュはこの壁を押す。
ガコンと音が鳴り、壁が下に沈んでいった。それを見た後に、エンジュは先に進む。なんだか冒険でもしている気分だ。
壁の向こうには暗い階段があった。エンジュはそれを見ると風の魔法を解いて、代わりに火の魔法を使う。明かりが周りを照らしていて、階段がよく見える。
コツコツコツと、足音を立ててエンジュは階段を降りていく。それにつれて聞こえる声も大きくなっていった。
『こっちに来て』
そんな声が聞こえたと同時に、エンジュは開けた所に出る。
「……なにあれ」
この空間の奥にあったのは――少女がクリスタルの中に入っている、光景だった。
分かりますよ? 展開が急すぎるって。けどまあ、こちらにも事情がありまして……
毎日投稿が辛すぎるんですよ。
だから、できるだけ早く物語を畳みたく、数話は使う予定だった所を一話に縮めました。
プロットからめっちゃ外れたよ! もうなんか、辛い……




