第三十二話『ストーム=スネイク③』
ストーム=スネイクは、今までに無い挙動をした。
空中でとぐろを巻いたと思うと、その場で回転し始めたのだ。それによって、風がストーム=スネイクの周りを渦のように吹き始める。
だんだんと回転の速度が増していく姿を、修也は見ていた。
「ヘリヤさん! あれちょっと不味くないですか!?」
少し離れた所にいるヘリヤにそう言った修也はどこか焦っているヘリヤの顔が見えた事で狼狽えた。ヘリヤもまた思っているのだ。この状況が不味いということを。
「どうしようもないな! リリーさん、何かあれをどうにかする案はありますか!?」
ヘリヤはそう言って、リリーに向かって声を上げた。ストーム=スネイクの様子を見ていたリリーは、ヘリヤの言葉に反応して、返事をする。
「無理よ、あれは! 見たこと無いけど、あれって竜巻っていうんでしょう!? ストーム=スネイクが止まるまで待つしかないわ!」
竜巻、竜巻か。あれはそう言った方がしっくりくるかもしれない。空気が渦巻き、遂に周囲の物まで巻き込め始めたあれは竜巻だ。
修也が元いた世界で、テレビの向こうの光景として見たことのある竜巻のような物は、だんだんとその勢いと大きさを膨らませていく。
その光景を呆然と見ていると、少し離れた所にいるテラルが、他の六人に向かって指示をした。
「おいみんな! ちょっとこっち来い! ゾーンが何か思いついたぞ!」
全員がそれに従い、修也たちはテラルの元に向かう。そこにはゾーンがいて、全員が集まった事を確認したゾーンは、主にキサイに視線を向けて言う。
「今から、僕の考えた作戦を言う。各自それに従ってくれ」
その言葉の後に、ゾーンは話し始めた。
★★★
――ストーム=スネイクは、その体を回転させながら、集まっていく七人の人間の姿を眺めていた。
モンスターの体になったが故に、ストーム=スネイクは凄まじい力を得た。風を操る力を筆頭に、空を飛ぶこともできる。回転しながら人間の彼らを見ることも、また容易い。
もう、本気を出した自分に勝つことはできないだろう。あの人間たちは、ここで竜巻に巻き込まれて死ぬ。そんな事を思ったストーム=スネイクは、思考がモンスターの物に染まってきている自分に失望した。
人間だった頃、ストーム=スネイクは周りから心優しいと評される人物だった。怪我をした動物を助けたり、いじめられている人を助けたこともある。
――許しませんよ、ロクターン公。私をこんな姿にして。
そんな事を思い、ストーム=スネイクは胸中でそれを否定した。自分がモンスターになったのは、役目があるからだ。自分はその役目を果たすのを、ロクターン公に確約した。
約束は果たさねばならない。それに、モンスターになったのはやむを得ない事情があるからだ。事情があった、はずなのに……。
「…………」
思い出せない。今の自分は本気を出したことで、よりモンスターになってきているからだ。人間だった時の記憶は思い出せず、かわりに役目を果たすということだけを、ずっと考えている。
回転しても、目が回らない。自分がモンスターになってしまったから。
だんだんと、思考できなくなっていく。理性ではなく、モンスターの野性が頭の中をグルグルと、グルグルと、回って回って……。
ストーム=スネイクの目の光が、消えた。
考える事ができなくなった代わりに、本能であの人間たちに攻撃を仕掛ける。自らの体を人間たちに近づけていき、遂に一人の人間を竜巻に巻き込ませる。
それを見て、ストーム=スネイクは静かに笑った。
★★★
「大丈夫なんだろうな? ゾーン」
「ああ、大丈夫さ」
竜巻に巻き込まれたキサイを見たテラルとゾーンは、そんな会話をした後に、キサイの行方を見守った。
ゾーンの考えた作戦の第一段階、キサイを竜巻に巻き込ませた六人は、その後各自の持ち場につく。結果、竜巻の影響が比較的少ない所に六人は移動する。
修也の目では、キサイは竜巻によって巻き上げられた岩や石を剣で弾き、斬りながら速度を落として、確実にストーム=スネイクの方に向かっていた。
なぜ竜巻の中心にキサイが向かえているのかというと、それは竜巻を作っているストーム=スネイクに原因があった。あのモンスターは、風を操る能力と自身の体の動きで竜巻を作っているように見える。
だが、ストーム=スネイクはまず最初に風を自身の周りに纏わせるという工程を踏ませなければ風を操ることができないというだ。ゾーンが。
ゾーン曰く、ストーム=スネイクが風のレーザーを放っている時の空気の流れでそれに気づいたようだ。あの時ゾーンは魔法使いなのに、ストーム=スネイクの近くにいたから分かったんだろう。
ストーム=スネイクが回転して竜巻を作っているように見えるが、あれは自分の周りに風を纏い、回転しながら放出させているだけだと、ゾーンは言った。だから今のストーム=スネイクは無防備で、竜巻の中の障害物をどうにかすれば、勝手に近づけるとのこと。その理由は、ストーム=スネイクが風を纏わせる工程で、空気を自身に集めるからである。
これに一瞬で気づくあたり、ゾーンの観察力の高さが伺える。単純に強いのだ、ゾーンは。
と、そんな事を考えていると、キサイはその小柄な体をストーム=スネイクに近づけさせていた。もっと早く近づくと思っていたが、障害物が予想外に多かったので、時間がかかっていたんだろう。
ストーム=スネイクが発生させた竜巻の中を進むキサイを見ていた修也は、その体が突然引き寄せられるようにストーム=スネイクに近づくのを見ていた。
キサイは両手で持った剣を振り上げて、振り下ろす。回転しているストーム=スネイクの胴体に剣をめり込んませ、そして切り裂く。
「……うわ、凄っ」
修也なら絶対にできない芸当を見せられて、素直に凄いと思った。上には上がいると言うことを、改めて実感する。
轟音を立てて、竜巻が霧散する。風がここまで届いてきて――ついでにキサイも、こちらに飛ばされてきた。
修也はそれを見ると、左手をキサイの肩に置いた後、全身をこちらに引き寄せた。キサイが着ている軽鎧が修也の全身を直撃したが、耐えきる。
後ずさりをして、右手に持っている錬剣を逆手に持ち、地面に突き立てると、修也とキサイは止まった。
「す、すいませ」
「謝るな、あと敬語を使うな。そういうのは目上の人にやれ」
呆れたような口調で修也は言う。その後、修也はキサイに向かって言葉を紡ぐ。
「ありがとう。お前のおかげで、俺たちみんなが助かりそうだ」
「い、いえ、あれくらいのこと、私以外でもできましたし……」
「はぁ……それでも、やったのはお前だろ? 褒め言葉は素直に受け取っとけ」
そう言って、修也はキサイから離れ、地面に刺した錬剣を抜く。右手に持った錬剣を軽く振った後に、修也はキサイに言う。
「よく頑張ってくれた。後は俺たちに任せろ」
「う、うん!」
その声を聞いた後、修也はストーム=スネイクに向かって走った。すると、修也の横にヘリヤとテラルが並ぶ。
「これで最後だ! 気合入れろよ!」
テラルがそう言うと、修也とヘリヤは返事をする。
「ああ!」
「承知した!」
ストーム=スネイクは、再び風の防壁を纏っているようだった。また吹き飛ばされるのかと身構えた直後、誰かが放った魔法が風の防壁に激突した。
火の玉が風の防壁にぶつかり、ストーム=スネイクが風の防壁で弾き飛ばそうとした直前に爆発した。黒煙がストーム=スネイクを覆ったのも束の間、黒煙が晴れる。
風の防壁を解いたのだ。その事を確認する暇もなく、三人それぞれの武器に魔力を込めて、《魔力物質化》を使った。
――爆発が起きて、ストーム=スネイクの胴体が千切れる。
それは、この戦いの勝利を意味していた。
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