第六話『アカゲラの村』
――修也は、クルトに連れられて、アカゲラの村の中を歩いていた。
日は真上に登っている。もう昼になったのだろう。
村の中は活気づいていて、村の人達はよそ者の修也にも挨拶をしてくれるほど人柄がいい。
驚いたのは、皆修也にも理解できる言葉を話したこと。大陸共通言語とやらが、クルトだけしか使えないということが無くて安心した。
村の中は、木で作られた家に畑。家畜のいる小屋などがある、文字通りの村だった。それぞれがそれぞれの役割を持って暮らしている。
村の中には、一つだけ高い建物があった。その見た目はまるで遺跡のようで、きっとあれが迷宮なのだろう。
すると、
「着いたよ」
修也とクルトは一つだけある、石で作られた建物の前で足を止めた。
「ここが、僕の仕事場で、僕の家だ」
「おお……」
石で作られた建物――鍛冶屋の中は、修也が見ても良くわからない物で溢れていた。かろうじて分かるのは金床とハンマーくらいだ。
クルトは鍛冶屋の奥にある扉を開けて、その中に入っていった。修也も慌てて付いていく。
持っている兎を逆さ吊りにして、ナイフを机の上に置いたクルトは、部屋にある棚の方に向かっていった。修也に背を向けながら、クルトは言う。
「そこに椅子があるだろ? 座って待っていてくれ。飲み物を出すから」
「おう、悪いな」
修也はクルトにそう言いながら、部屋の中を見渡してみる。
机が1つ、椅子が3つ、棚が1つ、そして、ベッドが一つ。この部屋にあるのはそれくらいだ。この部屋を見ると、今までずっと一人で暮らしてきたのだと分かる。
クルトは棚からコップを2つ出して、外に向かっていったが、その後すぐに戻ってきたので、修也はクルトに話しかけた。
「なあクルト」
「なんだい?」
「その……親は、どうしたんだ?」
「……死んだよ。流行病で、僕が10歳の時に死んだ」
「…………ごめん」
「いいよ。もう5年も前の事だし」
そう言うと、クルトは椅子に座って、コップに注いである水を飲んだ。釣られて修也も水を飲む。
水はとても冷えていて、井戸か何かから汲んできたのだと分かる。
ゴトッ、と音を立ててコップを机に置くと、クルトは修也に話しかけた。
「シュウヤ、君はいつまでこの村にいるつもりだい?」
「そうだな……この村にあるとかいう迷宮を見て、しばらくしたら、かな」
「そっか」
一拍置いて、クルトは言った。
「良かったら、この村にいる間は、この家に滞在しないかい?」
「いいのか?」
「見たところ、君は安全そうだし、住むところも無いんだろう? それに……」
クルトは、修也の腰に吊るしてある剣を見て、こう言った。
「その剣が気になるしね」
クルトにそう言われて、修也はまじまじとクルトの顔を見た。
修也の持っている剣は、人骨から取ったものだ。その剣はボロボロで、とても使えそうにない。クルトはそれを見ただけで分かったのか。
修也が考えを巡らせていると、クルトは再び話しかける。
「ちょっと、その剣を見せてもらってもいいかな」
「ああ」
修也はガチャリと音を立てて、腰に吊るしてある剣を鞘ごと取った。そのままクルトに手渡すと、クルトはすぐに剣を抜いて、その状態を見た。
「酷いな。いい剣のはずなのに、手入れの後が見えない。錆びついてるし、この剣は使えないな……これ、君のなんだろ?」
「いや、旅先で拾ったんだ。その剣は、護身用に吊るしてただけだよ」
「ふーん……ねぇ、この剣、僕に修復させてくれないか?」
「……本当に?」
「ああ、多分この剣は名剣だよ。インゴットに戻して、新しく作り直したら、きっといい剣になる」
正直に言って、有り難かった。
異世界で生活する上で必ず使うであろう武器は、今の修也に必要だった。
クルトのその言葉に、修也は思わず頭を下げる。
「ありがとう」
「別に良いよ。迷宮は出来たばかりで、武器の修復の依頼もそんなにこないしね。暇つぶしには丁度いい」
クルトの瞳には、情熱の光があった。人とあまり話さない修也でも分かるほどのキラキラとした目。信用しても大丈夫だろう。
その際、クルトに色々質問してしまおう。
「所で……迷宮について、詳しく教えてくれないかな」
★★★
クルトの説明は回り諄かったので、要点だけをまとめてみることにした。
曰く、迷宮とは世界中にある物で、それらは自然に作られるものである。
曰く、迷宮にはモンスターという化け物がいて、そのモンスターは体内に魔石と言う物をもっているものである。
曰く、魔石は魔道具という道具の動力源となるものであり、迷宮を探索している者たち、通称探索者は、その魔石を魔道具を売っている店で換金することで、日々の生活を送っている。
曰く、迷宮とは国にとっては資源の宝庫であり、最深部まで探索された迷宮は、その機能を停止させるものである。
曰く、迷宮は時が経つごとにその階層数を増やし、長年放置された迷宮は、誰の手にも負えないものになるものである。
曰く、迷宮の正体は誰にも分からず、ただ漠然とそこにあるものである。
「と、迷宮についてはこのくらいかな」
修也はそう呟いて、ゆっくりと息を吐いた。
修也は今、村にあるという迷宮を見に行く所だった。クルトともう少し話をしようと思ったのだが、その前に彼は壁に掛けてある兎を解体すると言って外に行ってしまった。
昼食はブルーベリー(仮称)だ。
「……しかしまあ、こんなに人が居たんだな。この村って」
ここまで歩いて来るまでに、修也はたくさんの人に話しかけられた。出身地や旅をしている理由などを聞かれたが、修也はそれをのらりくらりと交わして、迷宮の近くまで来ていた。
途中、迷宮から出てきたと思われる一団がいたので、話を聞いてみる。
「すいません、ちょっといいですか?」
「……んだよ、疲れてるから話しかけるな」
そう言って、一団の中の一人、背に大剣を背負った男性は修也の元を去って行く。思わず手を伸ばしかけるが、呆気なく空を切る。
「ごめんね、彼、今ちょっとピリピリしてるんだ。聞きたいことがあるんでしょ?彼の代わりに私が聞くよ」
話しかけてきたのは、一団の中の一人の女性。杖を持っている。魔法でも使うのだろう。
「その、迷宮に入ろうと思ってるんですけど、中の様子ってどんな感じですか?」
「……見た感じ、何も持ってないように見えるけど」
「これから準備する所なんですよ」
「ふーん……中は洞窟みたいな所だよ。私達は、第一層を見ただけで、第二層からはよく分からないけどね」
「なるほど。ありがとうございます」
修也が女性にお礼を言った直後、すぐに一団の方を向き、
「じゃあ、私はこれで」
そう言って、去っていった。
「…………」
なぜだか知らないが、コミュ症なはずなのに、スラスラと言葉が出てきた。
もしかしたら、自分はコミュ症ではなかったのかもしれない。
そんなことを考えつつ、修也は迷宮に入るための準備を始めようと、先程からチラチラと視界の中に入る道具屋らしき建物のの中へと足を踏み入れた。
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