第二十九話『カーナの迷宮⑤』
修也がデッド=ツリーに向かっていく様を、リリーは見ていた。彼は地面から繰り出される木の杭を、青みがかった黒い剣で斬っていく。
「……凄い」
修也の強さに、リリーは驚いていた。
マルタの迷宮で修也に助けられてから、リリーは修也の様子に注目していたが、まさかここまで強いとは。
リリーの目には見えない速度で放たれる木の杭を、修也は全て斬っていく。いや、斬るというより、壊していると言ったほうがいいか。
木の破片がカーナの迷宮の谷に落ちていき、そこに吹いている風が、木の破片を谷の入り口まで吹き飛ばした。
その様子を見て、リリーはヘリヤに話しかける。
「ヘリヤ、シュウヤって一体何者なの?」
その場で動けずにいるヘリヤは、リリーの言葉を聞いて一考した。突然こんなことを聞かれれば、困惑するかと思い、リリーは発言を取り消そうとした、だが、ヘリヤはリリーの質問に答えてくれた。
「私にも分かりません。出身地も、年も、過去に何があったのかも、何も分かりませんが……」
ヘリヤはそこで一度言葉を切り、そして言う。
「あいつは、ハヤカワ=シュウヤですよ。旅人でもあり、探索者でもあり、そして剣士でもあります」
「……そう、よね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
後で色々聞いてみようと思った直後、こちらに修也の壊した木の杭の破片が飛んでくる。身をかがめて避けようとしたが、その前にキサイがそれらを弾いてくれた。
「ありがとう、キサイ」
「いえ、お気になさらず」
何者か気になるのは、修也以外の全員にも言えることだ。
テラルは槍使いで、ふざけていることが多い印象だが、実はリーダーシップがあり、前にリリーたち三人で迷宮を探索していた時に出会った、テラルを含む四人とパーティを組む予定らしい、ということしか分からない。
そして、その四人の中でも更に気になるのは、キサイについてである。
キサイは、普段は気弱で内気な少女だが、いざ前線に立って剣を抜くと、戦神のような強さを見せる。この二面性が、リリーの好奇心を掻き立てていた。
そもそも、この六人は個性的すぎるのだ。それぞれが一流の探索者としての技量を持ちながら、これから行く迷宮についてを調べずに行こうとしたりなど、どこか抜けている面がある。
だが、自分を殺すことはないだろうと、リリーはこのパーティの雰囲気で判断していた。
「…………」
そろそろ、自分たち魔法使いの出番が来るであろう事が予想できる。最前線に立っている修也は、何かをしようとしていた。青白い光が剣から放たれているのを見ると、剣に魔力を込めているのが分かる。
「ふぅ……」
マルタの迷宮に一人で行った時とは違い、今の自分には仲間がいる。それを再確認して、リリーは脳内でイメージを固めて、魔力を魔法陣の形で出現させた。
この配列は、火の槍を放つ物だ。
リリーは、修也の戦いぶりを再度見物した。
★★★
修也は、息を切らさず、それでいて的確に、地面から放たれる木の杭を叩き壊していた。
「…………」
一見順調に見えているだろうが、そうではない。今のところ疲れてはいないが、それでも気を抜けば死ぬという状況は変わらないし、当初の目的である『デッド=ツリーの防御を崩す』という事は達成できていない。
それに、先程までと変わったことが一つある。
「グラァッ!」
それは、デッド=ツリーと修也以外に、戦闘に加わろうとするモンスターが現れ始めたという事。
しかも、ほとんどが恐竜型のモンスターだ。ティラノサウルスだったり、トリケラトプスだったり。中学生時代の知識では、これらの恐竜は全て白亜紀のものだった。謎だ。
デッド=ツリーの弱点は一目瞭然。その本体だ。本体の木は、木の幹に顔のような形に穴が空いている。
このモンスターは、本体から離れた所で木の杭による攻撃を仕掛けて、それを避けてきた外敵を蔓の鞭で撃退する、というシンプルな攻撃を仕掛けてくる。だが、シンプルが故に厄介だ。
力押しができない。
「ッ!」
いつの間にかデッド=ツリーの近くに来ていた為に、蔓の鞭で攻撃された。修也の強化された目では、その鞭の動きはかろうじて見えていて、蔓の鞭を剣で斬ると、修也はその場から離れた。
ほんの一瞬、一息の間だが、木の杭の猛攻が止まった。その間に、修也は錬剣に魔力を込めた。青白く錬剣が光る。
その瞬間、再びデッド=ツリーは木の杭をこちらに放ってきた。それらを斬り払い、修也は全方位から迫ってくる木の杭を退かす作業を始めた。
「…………」
視界の端から、木の杭がこちらに迫ってくる。その数は数え切れないほどで、僅かだが死を覚悟する程の物量だ。
「おおッ!」
修也は青白い光の剣を出した。両手で錬剣を持ち、修也はその場で回転する。それだけでバキバキッという音が響き渡り――木の杭が、一掃された。
「今だ! やれ!」
そう叫んだ修也は、地面を踏みしめて上に跳ぶ。その直後、火の槍が、風の刃が、巨大な岩が、デッド=ツリーに向かって放たれる。
轟音が周囲に響き渡って、デッド=ツリーはその姿を魔石に変えた。
その光景を見て、修也は安堵する。
「よっと」
修也は、地面に着地して一息ついた。そのまま錬剣を鞘に収めて、他のパーティメンバーがいる所に向かう。
「大丈夫!?」
そう話しかけてくるのはリリーだった。彼女はいつもとは違って少し動揺しているように見える。修也はリリーを見て返事をした。
「大丈夫ですよ。ただ、ちょっと疲れました」
修也はそう言うと、全員の顔を見た。心配そうに見つめられているのを感じて、少し安心する。このパーティなら、ロクターンの五大迷宮を攻略することができるだろうと、思った。
「おっと」
少しふらついた。左手を地面について倒れるのを防ぐと、また立ち上がる。
「行きましょうか。カーナの迷宮の奥に」
六人は、無言で頷いた後に、歩き始めた。
★★★
――一方その頃、カーナの迷宮の奥では、あるモンスターが目覚めていた。
そのモンスターの名前は『大風の竜 ストーム=スネイク』、暴風の蛇。彼女もまた、初代ロクターン公に、人間を素体として作られたモンスターである。
普段は決して目覚めることはなく、深層心理の中で、ロクターンの五大迷宮にいる昔の仲間と話しているが、二週間前に、一人が倒された。ユリアの記憶を人間に渡して。
「……来ましたか。レクスを倒した人間」
彼女の役目もまた同じ。自分を試練代わりにして戦い、その場にいる波長の合う者にユリアの記憶を渡すこと。
自分の役目を、果たす時が来たのだ。
そして、その役目を、これから来る人間たちに伝えなくてはならない。
「…………」
もう近くに奴らがいる。時間の感覚はどうなっているのだろうか。彼らがあのマルタの迷宮に入ってから、二週間の時間が流れているので、少し不安だ。
――早く、早く来い。
そんなことを念じた後に、ストーム=スネイクはじっと彼らが来るのを待ち構えた。
読んでくださって誠にありがとうございます。良ければ感想、ブックマーク、ポイント等を入れてくれると嬉しいです。作者のモチベーションになるので……




