第二十二話『赤い龍③』
ファイアリー=リザードは、最初の時と比べると、随分様子が違っていた。
体中に裂傷があり、息も絶え絶えになっているような気がする。こういう時に、人数と魔法の存在がありがたくなった。今の修也たちは運がいい。
「お前ら! あと少しだ! 気合入れろよ!」
テラルの声を聞くと、六人はそれぞれ返事をする。
「おう!」
「分かってるわよ!」
「ああ!」
「う、うん!」
「ええ!」
「了解!」
ロクターンの五大迷宮が、今まで攻略されなかったのは、道中のモンスターを避けることができずに全滅した奴らが多かったからだろう。
だが、ここには探知魔法を使えるリリーがいる。所々にいたボスモンスターは、ここにいる実力者七人で倒すことができた。
きっと、ファイアリー=リザードだって倒すことができるだろう。
「おおッ!」
そんな事を思いつつ、修也は魔力を込めた剣を振り下ろす。翼の付け根を狙った斬撃は、ファイアリー=リザードの千切れかけていた翼を千切れさせた。ズンッと音を立てて、ファイアリー=リザードの翼が落ちる。
ファイアリー=リザードは、尻尾を振り回して修也を攻撃してきたので、後方に跳んで避ける。だが、尻尾を振り回した時の風圧で、修也は壁際にまで吹き飛ばされた。
足で壁に着地して地面に降りると、リリーとゾーンが魔法を使ってファイアリー=リザードを攻撃していた。風の刃と落石がファイアリー=リザードを正面から攻撃して、顔に裂傷ができている。
「グルァッ!」
ファイアリー=リザードがそう叫んだ直後、口から火が放たれた。地面を抉りながら、その火は七人を襲う。全方位にその猛威を撒き散らした後、ファイアリー=リザードは火を吹くのを止めた。
そして、再び息を吸う。
「避けろ!」
ゾーンがそう言った時、ファイアリー=リザードは火を放とうとするのを止めて、体から蒸気を噴き出した。白い蒸気が第九層の全体を覆い、仲間の姿、ファイアリー=リザードの姿が、修也の視界から消えた。
何をするのかと思えば、前の方で悲鳴が聞こえた。誰の悲鳴なのかはすぐに分かる。
「キサイ!」
何をされているのだ、彼女は。
そう思った直後、蒸気の中から巨大な足がこちらを踏みつけようと、その足を下ろしてきた。視界からの攻撃。何とか対応して避けたものの、次避けられる保証はない。
ここに来て、ファイアリー=リザードの狙いが分かった。蒸気という名の煙幕に紛れて修也たちを全滅させる気だ。この蒸気のせいで、本当に何も見えない上に、蒸気が晴れることがない。
ファイアリー=リザードの攻撃に備えていると、突然、蒸気が晴れた。
「え?」
見ると、エンジュが風の魔法を使って蒸気を晴らしていた。エンジュの周辺からどんどん蒸気が晴れていく。ファイアリー=リザードの姿が、見えた。
そこに真っ先に駆け出したのはテラルだった。魔力を込めているのか、槍の穂先から青白い光が放たれている。
「おおっ!」
そんな気合を上げて、テラルは槍を何度もファイアリー=リザードに突き刺した。胴体に何箇所も穴が空き、一瞬手を止めた後に、派手な音を立てて槍を胴体に突き刺した。
「グオオッ!」
ファイアリー=リザードはそんな声を上げて仰け反る。倒れかけたがすぐに持ち直して、テラルに向かって火を放った。慌てた様子で、彼はそれを避ける。
テラルに気を取られている所に、リリーの魔法がファイアリー=リザードに襲いかかる。風の刃が緑色の魔法陣から何発も放たれて、胴体に無数の裂傷ができた。
ファイアリー=リザードは、弾かれたようにリリーの方を向いて、自分の尻尾をリリーに向かって薙ぎ払った。だが彼女に当たる寸前、
「ハァッ!」
気合を上げて、ヘリヤがそれを弾く。その衝撃がこちらにまで届いてきて、修也は顔を腕で覆った。尻尾を弾かれたファイアリー=リザードは、テラルの方からリリーとヘリヤに方向転換して、口から火を放った。
それを見ると、ヘリヤは剣を鞘に収めてリリーを抱きかかえ、全力で走ってそれを避ける。熱気が修也のいる所にまで届いてきた。それを感じながら、修也は走る。
今、ファイアリー=リザードはこちらを向いていない。斬りかかろうとしているのは修也だけだ。それを確認して、修也は剣に魔力を込めた。
ファイアリー=リザードは、ようやく修也の存在に気づき、こちらに火を放つ。走りながらそれを避けつつ、青白い光の剣を出した修也は、足に魔力を集めて、放出する。
高く跳び上がり、修也は剣を振りかぶった。
「おおおおおおッ!!」
気合を上げて、修也は錬剣を振り下ろす。光の剣がファイアリー=リザードの放っている火とぶつかり、押し返されそうなるが、錬剣を両手で持って更に力を込めると、だんだんとファイアリー=リザードの放つ火を押しのけ始める。
ファイアリー=リザードに近づいていくと、視界の端でリリーが大きな岩を魔法陣から出しているのが見えた。その岩は、ファイアリー=リザードの胴体に直撃して、火の勢いが弱まっていく。
その隙をついて、修也は――ファイアリー=リザードの胴体に、光の剣を振り下ろした。
刃の半分以上がファイアリー=リザードの背にめり込んでいる。そこで修也は、光の剣を生成している魔力の操作が限界に達した。魔力が、爆発する。
「うおっ!」
かろうじて錬剣は手放さなかったものの、修也は天井付近まで吹き飛ばされた。その後、ファイアリー=リザードの背に着地すると、足を滑らせて地面に落ちた。
「痛っ……」
その場から立ち上がると、背中の鞘に錬剣を収めて、修也は一息つく。
「大丈夫?」
いつの間にか近くに来ていたリリーは、そう言って修也を見た。
「大丈夫だけど……傷が痛む」
そう返事をして、集まっている六人の方に行こうと歩き始めた――その時。
「ん?」
瀕死のファイアリー=リザードから、赤い光が飛んできた。その光は集まっている六人の方に行った。
「なんだ? これ」
「わ、分からないよ」
その光は、六人の体をすり抜けていく。最後に修也の方に来て、光は修也の体をすり抜ける――。
「ッ!」
頭の中で、声が聞こえた。
『すまんな、この場で波長が合うのはお前だけだ』
それは、目の前のファイアリー=リザードの声。あの赤い光は、目の前のファイアリー=リザードの魂のような物なのだろう。
ファイアリー=リザードの声が、また聞こえてきた。
『大事な事を言う、よく聞いておけ。この場で私と波長が合った以上、他の五大迷宮のボスモンスターとも波長が合うだろう。貴様はもう五大迷宮を攻略せざるを得なくなった』
元からそのつもりだと、言い返そうとしたが、どうやって言い返せばいいのか分からない。ファイアリー=リザードの声がまた聞こえる。
『今から貴様に、ある少女の記憶の一部を渡す。拒否権は無いぞ』
目眩が、した。
耳鳴りが酷くなり、修也は体をふらっとさせて、地面に座り込んだ。
『いいか、他の五大迷宮のボスモンスターからも、この少女の記憶を貰え。そして、ロクターン公国のどこかにいる、この記憶の持ち主に記憶を返すのだ』
その声が聞こえた途端、目の前のファイアリー=リザードが、最後の言葉を口にする。
「あの子を……助けてやってくれ……」
その瞬間、ファイアリー=リザードはその姿を魔石に変えた。そして、修也の意識が――暗転する。
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