第五話『遭遇』
第2の心臓を再び起動させた後、修也はもう使えなくなった松明を地面に転がして、川に沿って移動していた。
身体能力の上昇具合は、出発する前の実験で確認済みだ。
少し跳んだだけで、そこらの木よりも高い位置まで移動できたし、木を殴って倒せるようになった。
足の力、腕の力が上がり、体内に血液のように循環している魔力を目や耳に集中させると、視力や聴力も強化できる。異世界に来て、初めて良かったと思えた。
どうやら、修也の体内にある魔力は、修也のイメージによって操作できるらしい。
「…………」
体が軽い。
昨日までとは比べ物にならない程、移動速度が上昇している。腰に吊るしている剣の重さも、背負っている学生鞄の重さも感じない。体を動かす事に、一種の喜びすら感じる。
修也の背丈の何倍もある岩を軽々と飛び越え、パルクールの4点着地という技で着地する。
走る走る。躓くこともなく、息を切らすこともなく、修也は走る。
時には木の枝に飛び乗って、他の木の枝に飛び乗るなどの曲芸じみた事をしながら、修也は進む。
「…………」
時々、視界の端に生き物が映る。
その中には、異世界に来た時に出会った熊の姿もあったが、それを全てスルー。森の生き物達の目では、修也の姿を目で追わない限りは一、ニ秒程で視界から消えてしまうだろう。
そんな事を考えつつ、修也は進んでいく。
大きな岩があり、木々が生えているということは、ここはまだ川の上流。川の下流まで行くのが今の所の目標だが、まだまだ道のりは長くなりそうだ。
「ん?」
ふと、修也は足を止めた。何か聞こえたような気がしたからである。
聴力を強化して、よく耳を澄ませてみる。
川の水が流れる音、それ以外には何も聞こえない。やはり気のせいかと、耳に集めている魔力を全身に送ろうとした。だが。
――ガサッ。
「足音?」
今度ははっきりと聞こえた。鹿や熊のような生き物の足音ではなく、まるで人のような……。
周りを見渡してみる。
三日前とは違い、川の中流辺りまで来たのか、周りの自然が少ない。ここまで来るまでに木が倒れていたりしたので、まだまだ人里までの道のりは長いと思っていたのだが……。
――視界の端に、金色の髪の毛が写った途端、修也はそこまで走っていった。
川に配置されている石を足場にして、修也は川の向こう岸まで高速で移動した。
勢いが余って、向こう岸の木まで跳んでしまった。木の幹に着地し、何とか衝撃を吸収して、修也は音のした方向に走る。
「うわっ! 誰!?」
――異世界に来て3日目、遂に人と遭遇した。
★★★
「ああごめん、驚かせるつもりは無かったんだ」
修也はそう言いながら、その人にゆっくりと近づく。
「……君は誰だい? ここらへんじゃ見かけない顔だけど」
目の前の人は、ちゃんと修也にも分かる言語で話しかけてくる。
どうやらこの世界では、元いた世界と同じ言語が使われているらしい。
「俺の名前は早川修也っていうんだ。そっちは?」
「……僕の名前はクルト=ラレフ。やけにフランクに話しかけてくるけど、君は一体何者だい?」
フランク。今、目の前の男……クルトはそう言った。
なぜか分からないが、修也の言語とクルトの言語は似通った物があるようだ。クルトの言動に注目しつつも、修也は高速で自分の事情の設定を考える。
「あー……旅人だよ。遠くから来たんだ。ここらへんに来るのも初めてでさぁ」
「……旅人、ねぇ」
クルトは、見た感じ修也と同い年のようだった。中性的な顔立ちだが、腕を見る限り相当鍛えているらしい。
そのまま、修也はクルトの2メートル前まで近づいて、修也は作り笑いを浮かべながら話しかける。
「あの、さ。この辺に村とか街とかないかな」
普段なら絶対にしない喋り方、テンションで話しかけながら、修也はクルトの格好を注視した。
背中に背負っているのは、兎か何かだろうか。異世界に来た一日目に見た、緑色の体毛を持つ兎と同じ生き物を背負っている所を見ると、クルトが狩りをしていたことが分かる。
元いた世界とは違う材料で作られた服に、革か何かで作られた靴を履いている。もう片方の手に持っているのは、血がついているナイフ。あれには警戒したほうがいい。
「あるよ。この近くには、アカゲラの村っていう村がある。僕もそこに住んでるんだ。案内してあげるよ」
先程まで警戒している様子だったが、修也の態度に拍子抜けでもしたのか、やけにあっさりと案内を買って出た。
「そっか……ありがとな」
その言葉に安心して、修也は作り笑いをやめた。
すると、何故かクルトは驚いたような顔をした。
「君、さっきのが本来の性格じゃないんだ」
「ああ、人と話すことすら苦手なんだ。お前とはなんで話せたのか分からないけどな」
「へぇ……まあいっか。ほら、付いてきて」
「はーい」
その後、修也は森の中を歩きながらクルトと話していた。
「――シュウヤ、君はどこから来たの?」
「ん? まあ……言っても分からないんじゃないかな。遠くから来たんだ」
「ふーん」
修也の速さにクルトは付いてこられなかったので、クルトと歩調を合わせながら、修也とクルトは森の中を歩いていた。
「所で、さ」
「なんだい?」
「俺の言葉が分かるのか?」
これは、どうしても聞いておきたかった。
「当たり前だろ? 君の話している言葉は、大陸共通言語なんだから」
「あ、そうなんだ」
大陸共通言語。名前から察するに、全世界で使われている言語なのだろう。そしてそれは、何故か修也の元いた世界と同じ言語だ。
「なんで、そんなことを聞くんだい?」
「え? えーっと……特に意味はないさ」
「そっか」
ここで会話が途切れてしまっては、修也はしばらくクルトに話し掛けづらくなってしまう。なんとなくだがそんな確信を持った修也は、あれこれ考えて、次の質問をした。
「クルトは、普段どんな仕事をしてるんだ?」
「ああ、普段は鍛冶の仕事をしているんだ。この近くには迷宮もあるから、武器の需要もあるしね」
鍛冶屋、そして迷宮。そのワードに、思わずニヤニヤしてしまう。
そんな修也の様子にクルトは首を傾げたが、特に気に留めなかったようだ。
続けて、修也は質問する。
「クルトは、なんでこの森にいるんだ?」
「……生活のためだよ。なんせ、村に迷宮が出来たのは最近なんだ。それまで、村での鍛冶屋としての仕事は農具作りくらいだったんだけどさ、村に来る探索者の人はまだ少ないし、鍛冶屋にもほとんど人が来ないから、お金を稼げない。だから森で狩りをしてたんだよ」
「なるほど」
クルトの話を聞く限り、迷宮とは自然にできる物らしい。続けて質問しようとしたが――視界が、開けた。
「着いたよ」
修也は、目の前に広がる文字通りの村に呆然とするしかなかった。
村は修也の見た限りではとても広く、活気に溢れている。
その村の名は、確か――。
「ここが、アカゲラの村だ」
そう言って、クルトは何故か得意げに笑った。
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