第二十話『赤い龍①』
――その後は早かった。
第七層、第八層を抜けて、第九層に入る。リリーの探知魔法があれば、一度も接敵することなく進むことが可能だからこそできた芸当だ。
二層共に、遺跡のような所だった。壁に描かれている壁画は更に鮮明になり、装飾も豪華になっていて、いよいよ最後なのだと実感する。
第九層は、他の層とは違って光源の光が弱く、薄暗かった。壁の壁画は無くなり、代わりに線のような模様が壁に刻まれている。これを見ると、迷宮というものは人工的に作られたのではないかと思わざるを得ない。
コツコツコツと、七人の足音だけが第九層に響いている。一応リリーは探知魔法を使っているようだが、なぜかモンスターの足音が聞こえてこないのだ。その事を疑問に思い、修也は辺りを見回した。
第九層に続く階段を降りてきてから、七人は一本道を歩いている。常に目を強化しているので、一応遠くまで見えるのだが、それでも曲がり角は無く、奥の方には暗闇しかない。
足音が妙に響いている。元いた世界で、トンネルを歩いているような感覚だった。光源の光も弱いので、ますますそんな感じがする。
この階層に若干の不気味さを感じていた時、リリーが声を上げた。
「この先、なんだか広い所があるわ。中央に何か大きなモンスターがいる」
リリーの声を聞くと、六人の間に緊張が走る。それから、テラルがリリーに話しかける。
「ボスモンスターか?」
「分からない。けど、そのモンスターの奥に、大きな扉があるから、多分ボスモンスターだと思う」
「一応、見るだけ見ておこう。行くぞ、皆」
テラルがそう言うと、六人は無言で頷いた。
――そして、広間に出た時、七人はそれを見る。
ドラゴンだった。赤い鱗を纏っていて、その目は金色。息を履くだけで口から炎が出ている。何よりも、その体が大きすぎた。
「な……なに、あれ」
エンジュはそう言って後退する。修也だってそうしたいが、生憎とそうする訳にはいかないのだ。おそらく、あれがこの迷宮の最後のボスモンスター。魔の力とやらは、きっと奥の扉の先にある。
「テラル、どうする。戦うか?」
この臨時パーティ内で唯一の男性の魔法使い、ゾーンがテラルにそう言った。心なしか彼の声は震えていて、あのドラゴンに怯えているであろうということは想像がつく。
テラルは少し考えた後、
「戦おう。各自、戦闘準備だ」
そう言って、槍を強く握りしめた。
六人は無言で頷き、それぞれが武器を抜いた。ポーションなどが入っている袋はここに置いていくことにする。戦闘中に邪魔になることは想像がつく。
ドラゴンの方を見てみると、まだこちらに気づいていないのか、虚空を見つめているようだった。
ヘリヤが、話しかけてくる。
「シュウヤ、あの扉の先が、最深部だと思うか?」
「はい。ドラゴンってのは、宝を守るためにいるんです。黄金の林檎だったり、聖なる泉だったり、僕の住んでいた所では、そういう役割がありましたから。あの扉の先は、迷宮の最深部ですよ、きっと」
「……なるほど」
そう言いつつ、ヘリヤはドラゴンを見た。
その姿に驚いているようで、目を見開いている。修也がいるのは、ドラゴンに近い所だからだろう。巨体が更に大きく見えているのは間違いない。
しかし、参った。ドラゴンを倒す方法なんて思いつかない。広間は広いというよりも高いのだ。すなわち、飛んで攻撃してくることだって有り得る。
やるなら一撃必殺。最大の攻撃を叩き込んで、一瞬で絶命させなければ勝機はない。
と、ここまで考えた所で、テラルが声を上げた。
「よし、みんな準備できたな? それじゃあ」
テラルが何かを言う前に、
「――誰だ」
そんな低い声が聞こえて、七人は固まった。
「え? み、みんな何か言った?」
いち早く言葉を発したのはキサイだった。辺りをキョロキョロと見回しているが、この場で修也だけが、低い声の発生源に気づいている。
「いや、何も言ってないわよ、誰も」
エンジュはそう言っているものの、全員の顔を見回している。そんなエンジュに、修也は話しかけた。
「いや、今のは――」
その時、再び低い声が聞こえてくる。
「ここだ、目の前にいるだろう」
全員の体に緊張が走った。修也以外の全員が周りを見回しているが、声の発生源は分からないようだ。ため息をついて、修也は声の発生源に向かって言う。
「俺の名前は早川修也だ――ドラゴンさんよ」
修也がそう言うと、全員がドラゴンを見た。その瞳をこちらに向けているのが見えて、声の発生源を全員が理解したようだった。
目の前のドラゴンは、人の言葉を話せるようだ。
リリーは、ドラゴンに向かって言う。
「あなた、人の言葉を話せるの?」
まだ半信半疑といったところか。リリーがドラゴンに話しかけている姿から、そんなことが察せられた。このままドラゴンが話さなければ恥ずかしい思いをしたんだろうが、目の前のドラゴンは声を出した。
「うむ、一応、ファイアリー=リザードという名前も授かっている」
ファイアリー=リザード、焔の蜥蜴。それが目の前のドラゴンの名前だった。ファイアリー=リザードは瞬きをした後に、口の端から炎をチラつかせる。
「名前を授かっている? 誰にだ」
修也はそう言って、一歩前に出た。
ファイアリー=リザードは、修也の質問に答える。
「初代ロクターン公だ」
「…………」
言葉を、失った。
初代ロクターン公、目の前のファイアリー=リザードはそう言った。モンスターに名前をつけた初代ロクターン公とは、一体何者なのだろうか。
とにかく、このファイアリー=リザードは、ロクターン公国について何か知っていることは確かだ。そんな事を思いつつ、修也はファイアリー=リザードに質問する。
「答えろ、ファイアリー=リザード。この先に何がある」
「五つに分かれた、大いなる力の内の一つがある。貴様らは力を求めてここまで来たのか」
ファイアリー=リザードがそう言うと、リリーは言った。
「そ、そうよ。私たちはその力を手にするためにここまで来た! 分かったら道を譲りなさい!」
「それはできんな。初代ロクターン公の命令で、私は試練を与えなければならん」
そう言うと、ファイアリー=リザードは、こちらに近づき始める。四足歩行で歩きながら、このドラゴンは言う。
「私を倒し、力を示せ。そうすれば、魔の力の一部をやろう」
それを聞くと、七人は武器を構えた。武器を構えた後、テラルは叫ぶ。
「いくぞ! お前ら!」
テラルの声と共に、マルタの迷宮の探索の最終幕が幕を上げた。
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