第四話『身に起こる異常』
異世界生活、3日目。
この日、何故か修也の体調が悪かったことで、一日野営した所に留まらなければならなくなった。
熱は無い。
ただ体を動かす度に全身の関節が痛むし、吐き気が凄まじいのだ。
学生鞄を枕代わりに、修也は必死に体の痛みと吐き気に耐えていた。
「お……えっ」
何かが口から出そうになったが、修也はそれを飲み込んだ。
ブルーベリー(仮称)を食べずとも、何故か腹は満たされている。もう訳が分からない。
それに、遂に体の感覚がおかしくなったのか、周囲に《何か》があるような気がするのだ。それが修也の周りに渦巻いて、体の中に入っていくのが分かる。
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!何なんだよさっきから!」
ついそう叫んでしまい、胃の中身が修也の口から吐かれた。朝は何も食べていないので、出てくるのは胃液だけだった。
吐いたことで吐き気は多少マシになったものの、吐いた時に体を動かした為に、全身の関節が痛んだ。
全身の力を抜いて、ようやく痛みが収まったと思ったら、また吐き気か込み上げてきた。
相変わらず、周囲にある《何か》が修也の体の周りを渦巻いて、それが修也の中に入ってくる。
異世界に来てから一度もこんな物が周囲に渦巻くことはなかった。もう本当に、死にそうだ。
「何なんだよ……おえっ」
幸い周囲に生き物の気配は感じられないが、今熊などに襲われたら、無抵抗で殺されるしかない。一矢報いる事もできないだろう。
喉が乾いてきたので、関節が痛むのを承知の上で、下に枕代わりに置いてある学生鞄からブルーベリー(仮称)を乱雑に掴み取り、口に放り込む。
歯で果汁を出来るだけ出して、すこしでも喉を潤そうとするが、その些細な行為ですら、顎の骨が痛んだ。
その後も、体を動かす度に関節が痛むが、修也はブルーベリー(仮称)を食べ続けた。何故か腹は満たされているのでその行為に意味はないが、朝飯も食べずに一日を過ごすのはどうかと思うので、必死に食べ続けた。
――が、その行為に耐えきれなくなり、修也は遂に手を止めた。
「痛い痛い。あーくっそ……」
ただ食べるだけなのに、修也は息を切らせていた。手の関節が凄まじく痛んで、しばらくは動かせそうにない。
「はぁ……」
ため息を吐いた直後、修也は異変に気づく。
関節の痛みと吐き気が収まった代わりに、修也の中の《何か》が許容量を超えて、体中から溢れ出ようとしているのだ。
先ほどまでは、大量の水を飲んだ後のような感じだったが、今は全身を何かが這いずり回るような、そんな奇妙な感じがする。先程より気持ち悪い。
「ぐっ……ぎっ……」
耳鳴りが酷い。
体の中から何かが出ようとしているのが分かる。
それが、たまらなく不快で、どうしようもないくらい、気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。
修也の手が空を切る。いつの間にか、修也は学生鞄から離れ、地面を這っていた。
川に入れば、少しは体調が良くなるかもしれないと、藁にも縋る気持ちでの行動だ。最も、修也にそんな悠長な事は考えていられない。無意識での行動だった。
修也は、視界の端で自分の手から周囲にある《何か》と同じ物が、陽炎のような形をとって出ているのが見えた。体調不良の原因がこれなのだと今更分かるが、もう遅かった。
――周囲にある《何か》と同じ物が、全身の毛穴から出て行くのを、修也は無意識に感じとった。
それは、周囲の物質を押しのけて、爆発的に修也の体から溢れ出す。
轟音、そして爆発。
川の水を消滅させ、周りにある石、地面も消滅させた《何か》は、修也の体から大量に溢れ出して、周りの物を消滅させてちょっとしたクレータが出来上がった。
意識が、暗転する。
★★★
「何なんだよ、この展開は……」
それから少し経った後、自分が作ったと思われるクレータの中で、修也は目覚めた。
「朝から体調悪かったと思えば、クレータ作って、しかも体調が良くなるとか、マジでどうなってんだよ異世界!」
こう叫びたくなるのも無理はないと、自分でそう思う。
朝起きたら、いきなり大量が悪くなり。体調が良くなったと思ったら周囲にある《何か》の存在を察知できるようになった。
本当に、なんだこの展開は。
「うわっ、また入ってきたよ……もう嫌だ!」
周囲にある《何か》は、再び修也の周りを渦巻き、修也の中に入っていく。元の世界では無かったものだ。本当に訳がわからない。これは一体何なのか。
ただ今は、周りにある《何か》を自分の中に入れたくなかった。何とか勝手に集まる《何か》をどうにかせねばと、必死に頭を回す。
「……あれ」
ふと、自分の中に入ってくる《何か》が、自分の中の何かに入っていく事にようやく気づいた。
胸に手を当てなくても、それが規則正しく振動しているのが分かる。第ニの心臓と言うべきか。周囲にある何かは血液だ。
これが周囲にある《何か》が勝手に集まってくる原因だと分かると、修也はこれを操作する方法を考える。
「ええっと……心臓は血液の循環を担うポンプみたいな物、だったっけ? 血液は血管の中を流れてて……」
心臓の知識を言葉にした瞬間、修也の体は自然に反応していた。
修也の体の中の第ニの心臓は、鼓動を止めて周りにある《何か》を取り込むのを止めた。何事かと思った途端、すでに修也の中に取り込んだ《何か》は、修也の体の中を循環し始めた。
何かはまるで血液のように修也の中を循環していき、全身に周ると、第ニの心臓は再び鼓動を始める。
「…………」
自分に起こる異常に、修也はもうついていけなくなった。
「何なんだよ……もう」
ため息を吐いて、修也は立ち上がる。
修也の作ったクレータは、修也の全身が埋まるほどに大きかった。登るのも一苦労だ。そう思いながら、修也はジャンプしてクレータの端に手を掛けようとした。
「――うおっ!」
と、ここで想定外の出来事が起こる。
なんと、修也がジャンプした途端に、クレータから出てしまったのだ。
元いた世界では考えられない飛距離だった。その後、修也の体はクレータから出て、更に上まで行った後に川に落ちた。いや、着地したと言うべきか。
足には着地時の衝撃は殆ど来なかった。
「…………」
自分自身の変化に、もうついていけなかった。
相変わらず第ニの心臓は、《何か》を修也の全身に行き渡らせている。
「……止まれよ、止まれ、止まれ」
胸に手を当ててそう呟くと、すぐに変化が起きた。
ドクン、ドクンとなっていた第ニの心臓は、その鼓動をだんだんと止めていき、先程とは比べるまでもない程ゆっくりとした鼓動になった。
第ニの心臓の鼓動がゆっくりとなると、少し前と同じように、周りにある《何か》が修也の周りに集まり始める。
どうやら、《何か》を体の中で循環させないと、周りにある《何か》が修也の体内に入る仕組みらしい。
「…………」
動け、と心の中で呟く。
第ニの心臓は修也の言葉、というかイメージで動き、止まるようだ。《何か》は第ニの心臓が動くと修也の中を血液のように循環する、と。
「それと、身体能力の強化か」
深いクレータから一度跳んだだけて出られる程、修也の身体能力は強化されている。おそらくこれも《何か》の影響だろう。
「《何か》は、体に取り込むと身体能力を上げ、取り込みすぎると様々な体調不良を起こす、と」
使えば様々な恩恵を齎し、使いすぎると害を及ぼす。
まさしく魔の力だ。
「よし」
―――今からこれを、魔力と呼ぼう。
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