第十話『初歩的な魔法の使い方』
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初歩的な魔法の使い方。
そんなタイトルの本のページを開いた後、目次を見ずに次のページに行った。
途端に目に飛び込んでくるのは、図解で分かりやすく書かれた魔法の使い方。修也はそれらを目で追って、頭の中で言葉にする。
手順一、魔力を指に集める。
書かれている通りにすると、人差し指が青白く発光した。それと同時に、ムズムズとした感覚が人差し指に現れた。さて、次はどうすればいい。
手順ニ、魔法文字を空中に描く。
「は?」
図解には、元いた世界でのプログラミング言語のような――C言語という、ゲームのプログラムに使う用語のような文字の配列が書かれている。
なんだ? Hello worldとか書けばいいのか?
そう思ったが、どうやら違うらしい。C言語、もとい魔法文字は、描くことで始めて効果を発揮する、と書かれている。修也の知るC言語とは、根本的にその用途も、使い方も違う。
取りあえず、《魔力物質化》の容量で、空中にこれらの文字が刻まれていることをイメージしながら、空中に指先をなぞる。すると、ぎこちないが、少しづつ空中に文字が刻まれた。
英語ではなく、この世界の文字が少しつづ刻まれていき、本に書いてある通りの配列で、魔法文字を書き終えた。これらの文字をC言語と解釈したのは、文字の配列と、この世界の文字の形が似通っていたからである。
取りあえず書き終えたので、次のステップに進みたいと思う。
手順三、風が吹くイメージを持つ。
これも、《魔力物質化》の容量でやれば大丈夫だろう。昨日、マルタの迷宮に行った時に歩いた道に吹いた風を思い出した――その時、魔法文字が緑色に光る。
「おっ……と」
魔法文字のある所から風が吹いて、本のページをパラパラと開いた。それは数十ページにも及び、修也が文字を描くのに使った魔力が無くなるまで、その風が止むことはなかった。
「これが魔法ねぇ……」
なんというか、本当に魔法だ。文字を描いただけでこれなら、案外簡単に魔法を極めることだってできるかも知れない。そんなことを思いながら、開かれたページを見ると、その自身は一瞬で崩れ去る。
なんと、文字を描くだけだった手順が、見事に複雑化されているのだ。円形に文字列を配置して魔法陣を作る物や、イメージだけで魔法文字を円形に配置する技法だとか……。
うん、無理だ。《魔力物質化》を用いた技だけでも脳の許容量は限界だし、本職の魔法使いのように魔法を使うことは絶対に無理。
この国に来た目的である、魔法について詳しく知るという事は、入り口ですでに心が折れそうになっていた。
意気消沈しながらも、修也は魔法文字の一覧が書いてあるページを開く。
そこに書かれていたのは、全て意味が分かる魔法文字だった。この世界の大陸共通文字とは違うのにも関わらずだ。アカゲラの村の魔道具屋で触った水晶の事を何故か思い出した。
これを全て覚えておくことに損は無いだろう。要は文字の配列とイメージができれば魔法が使えるという事なのだから、いつか何かのやつに立つかもしれない。
そんなことを思い、修也はこの本を持って広い机のある方に行った。そこにあった椅子に腰掛け、本を机の上に置いた後、持っていた革袋の中から筆記用具と紙束を取り出して、紙束の中から一枚の紙を取り、そこに魔法文字を書き始めた。
これを書いていると、なぜか向こうの世界で英単語の練習をしたことを思い出した。だが、頭をふって、すぐにそれを忘れる。
というか、魔法文字の意味を見ていると、どうも英単語感がある。向こうの世界では今後一生使うことがないと思っていたあの英単語だ。英検なんて三級までしか取っていないし……。
ここまで考えた所で、修也は着ている鎖帷子が鬱陶しくなってきた。そこで、一度上の服を脱いで、更に鎖帷子を脱いだ後、それを革袋の上に置いた。ついでに錬剣クルシュも椅子に立てかける。
そうしたら、一気に体が軽くなった。軽く伸びをした後に再び机に向かって魔法文字の暗記を始める。この配列ならこの魔法が発動するとか、そんなことを長々と続けていると、だんだん集中して、周りの音が聞こえなくなった。
「…………」
周りの人たちは、修也の行動をチラチラと見始めていた。修也の努力家な面がなんとなく伝わってきているのだろう。周りの視線を感じながらも、修也は魔法文字を紙に書き続ける。
初歩的な魔法の使い方という本をチラッとみて、また魔法文字を書き始める。まだだめだ。やめるわけには行かない。魔法は今の修也に使う予定はないが、覚えておいて損はないと思って始めたこの暗記。やっているとだんだん楽しくなってきた。
カリカリと、紙に魔法文字を書き続けていると、自分に触れられていることにも気づかないものだ。周りの視線を集めているのは、魔法文字を暗記しようとしている修也に驚いている訳ではない。
その人物は、修也に無視され続けられていることに腹をたてたのか――。
「だーれだ?」
掌で修也の目を覆った。突然視界を塞がれたので、修也は反射的に椅子から飛び上がりそうになるが、なんとか堪える。その声には聞き覚えがあった。
「ナタリーさん?」
「当たり。名前を覚えていてくれて嬉しいねぇ」
掌が、修也の目からどかされる。後ろを向いてみると、昨日魔道具屋の前であった時とは違い、ラフな格好だった。女性の魅力が引き立っていて、修也は一瞬その姿に目を奪われた。
所で、なぜナタリーがここにいるのだろうか。魔道具屋の店長とか言っていたような気がするが、魔道具屋の経営、その他色々は大丈夫なのか?
そんな修也の疑問に、ナタリーは答えた。
「あなた、私がなんでここにいるのかって思ったでしょう?」
「まあ、そうですね。理由をお伺いしても?」
「店長って言っても、魔道具屋の店長だからね。雇ってる店員だけでも、十分経営は回していけるし……それに、私まだ十六歳だから、分からないことはむしろ店員たちに聞いてるんだ」
「え? 同い年か?」
「へ?」
「いや、俺も十六歳」
同い年だと分かった瞬間、修也は目の前の人物に敬語を使う気が失せた。驚きを隠せない。なぜ同い年のナタリーは、魔道具屋の経営なんて事をしているのか。
そんなことを思いながら、ナタリーと修也は向かい合ってしばらく黙っていた。周りの人たちは、そんな二人の様子を興味津々で見ている。
ようやく、ナタリーは口を開いた。
「えぇ!? 意外!」
「何が」
「私、あなたの事、もう少し年上だと思ってた!」
「俺もお前のこと、年上だと思ってたよ。だから敬語使ってたんだけど……」
「えぇー水臭いなぁ。あ、そうそう、あなたの名前教えてよ」
理由を聞くのも野暮というものだ。修也はあっさりと答えた。
「早川修也。それが俺の名前だ」
「ハヤカワ=シュウヤ……うん、覚えた。それは置いといて、シュウヤは何してるの?」
「魔法文字の暗記。それと、魔法文字の配列の暗記」
「努力家だねぇ。それ、小さい時に私もやったよ」
「……ナタリーは、何しに来たんだ?」
「本を読みに来たの。もっと話したいけど……まあいっか。じゃあね」
そう言って、ナタリーは手を降った後にどこかに行ってしまった。
嵐が去ったかのような気分になるのはなぜだろうか?
「……まあ、いっか」
修也は、再び机に向かって魔法文字の暗記を始めた。
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