第五話『マルタの迷宮③』
――それから少しして、修也とヘリヤは歩きながら話していた。
先程聞いたことなのだが、ヘリヤは武者修行的なことをしながら旅をしているらしい。このマルタの迷宮に来たのも、その一環なのだとか。
「アカゲラの村で君と決闘したのも、その一環だな」
「あ、そうなんですか」
だが、なんともまあ、はた迷惑な話だ。ヘリヤは各地で武術の修行にかけくれているらしいが、その成果を試すためにそこにいる人に決闘を申し込むのはどうかと思う。
それを言うのは憚れるので言わないが、修也は思わずヘリヤのことをジト目で見た。修也にそう見られているのは分かっているようで、ヘリヤは苦笑いをしている。
ヘリヤは、前にアカゲラの村で会ったときとは違ってとても軽装だ。重そうだった鎧を来ておらず、見た感じ修也と同じく鎖帷子を着ているだけのように見える。後は鞄を背負っていて、ショートソードを腰にぶら下げているだけだ。
なぜこれほど軽装なのか。久々に会ったということもあり、少し軽めに聞いて見る。
「ヘリヤさん、何でそんなに軽装何ですか? 前に着てた鎧とかは?」
「奇遇だな。私も今、君に全く同じことを聞こうとしていたところだ」
ヘリヤにそう言われて、修也は自分の格好を見てみる。前まで着ていた軽鎧は着ておらず、上半身の防御は、クルトに作ってもらった鎖帷子を着ているだけだ。
後はほとんど前と変わらない。革製のブーツを履いて、錬剣を背中に装備している。そうして自分を客観視した後、修也はヘリヤの質問に答えた。
「前に色々あって、鎧を着ても着なくてもそこまで変わらない事に気づいたんです。モンスターを攻撃で、一体何度凹ませたことやら……」
「ああなるほど。防御よりも素早さを優先したわけか……因みに私は、鎧が壊れてしまったから、これほど軽装なんだ」
修也は、それを聞いて驚いた。ヘリヤほどの実力者の鎧を壊す相手。誰かは知らないが、その相手はよほど強いのだろう。気になって、その相手について聞いてみる。
「誰に壊されたんですか?」
「『誰に』、ではなく『何に』壊されたのかだが――この迷宮のボスモンスターだよ」
「はい?」
ボスモンスター、今ヘリヤはそう言った。ヘリヤの言うボスモンスターとは、インフェルノ=レプターやワーリング=ナイトなどの、戦闘が始まる前、頭の上に名前が一瞬だけ表示されるモンスターの事だろうか。
修也は、未だにボスモンスターについてよく分かっていない。今まで戦った、戦闘が始まる前に一瞬だけ文字が表示されるモンスターがボスモンスターであるということも、特に何の確証も持っていないのだ。
「えっと……ボスモンスターって?」
「ん? 見たことがないか? この世の条理から逸脱した存在――例えば、多くの人間によって作られた外法の人造モンスターだったり、単純に通常のモンスターとは一線を期す強さを持つモンスターの事を、ボスモンスターと言うんだ」
「他に、何か特徴はありませんか? 現れた時に、ボスモンスターの頭上に文字が表示される、とか」
「ああ。それもボスモンスターの特徴だ。なんだ、あったことがあるんじゃないか」
今のヘリヤの話を聞いて確信した。やはりあれらは全てボスモンスターだったのだ。三ヶ月間の疑問が解消されて、修也は少しスッキリした。
またヘリヤに話しかけようとした、その時、奥から足音が聞こえた。その数は多い。
「ヘリヤさん」
「ああ」
呼びかけただけで、ヘリヤは腰からショートソードを抜いた。そしてそのまま柄を両手に持って、中段に構える。修也も背中の鞘から剣を抜き、見に染み付いた構えをする。
右手に持つ剣をダランと下げて、体制を前のめりにする。左足はすぐに踏み込めるように前に出して、右足は後ろに。そのまま、前を見て突進に備えた。
迷宮のモンスターはバリエーションが多い。そこにいたのはイノシシ型のモンスターだった。その数は四体。真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる。
「シュウヤ、二体頼めるか?」
「はい」
肯定すると、ヘリヤは笑い――次の瞬間、イノシシは二人に突進した。
二人はそれを上に跳んで避ける。四体のイノシシが下を高速で通り過ぎていった。そのまま着地してイノシシを見ると、方向転換して、またこちらに突っ込んでくる。
修也はそれを見て、剣に魔力を込めた。
「ッ!」
足に力を込めて、前方に跳躍。剣を逆手に持って、イノシシとイノシシの間を通り過ぎ、すれ違いざまに一体のイノシシを真っ二つに切断する。
着地して、まだ剣に魔力が込められている内に攻撃を仕掛ける。青白い光の剣を出現させ、一体のイノシシに光の剣を袈裟がけに振り下ろす。修也はあっさりとイノシシを斬って、その姿を魔石に変える瞬間は見ずに、ヘリヤの戦いを見た。
「……おお」
いつの間にか、ヘリヤの方に行っていたイノシシはあっさりと倒されていた。戦闘を見る暇もない。そのまま剣を鞘に戻している所を見て、修也も剣を背中の鞘に収める。
ヘリヤに声をかけようとしたが、その前に修也はモンスターの足音が聞こえて、ため息を吐きつつ、再び剣を抜いた。
「ヘリヤさん」
「ん? なんだ?」
「モンスターの足音が聞こえるんで、剣構えてください」
「いや、足音なんて聞こえないが……」
「え?」
「ん?」
二人の間を沈黙が走る。
先程聞こえた音は気のせいかと、修也は剣を鞘に収めようと――。
「ッ!」
次の瞬間、修也は反射的に剣を構えた。横からの衝撃、まともに喰らったらポーションを一個消費する羽目になっているであろう一撃。剣で防御して良かった。
「シュウヤ!」
「ヘリヤさん! ここに何かいます!」
修也はそう言って再び剣を構える。今の衝撃から考えて、相当な難敵だろう。しかも透明な敵と見える。油断なく周囲を見ていると、ヘリヤは言った。
「多分、ここにいるのはインビジブルストーカーだ。透明で、その尻尾で攻撃してくるぞ! よく目を凝らせば見えるはずだ!」
「そう言われても……」
どこだ。どこにいる。修也は壁や地面に目を凝らして、そのインビジブルストーカーとやらを見つけようとした。ヘリヤが『目を凝らせば見えるはずだ』と言う発言から考えて、周囲の景色と体色を似せる能力を持っているのだろうが……。
「ちょっとこれ難易度高くないですかね! 高くないですかね!」
「そんなもの、気合でなんとかしろ!」
「無茶苦茶だよこの人!――って……」
見つけた。たまたま視界の端にその姿が写った。その姿はカメレオンを連想させる。驚いたことに、気合でそのモンスターを見つけてしまった。
インビジブルストーカーを目で追っていると、それは、突然こちらに向かって走り出した。その勢いに、修也はたじろぐ。
「待て待て待て!」
修也がインビジブルストーカーに剣を振りおろそうとした瞬間、ヘリヤはその存在に気づいたようで、
「なんだ、そこにいたのか」
そう言って、ヘリヤは向かってくるインビジブルストーカーを、目にも止まらぬ速さで斬った。修也は剣を振りおろそうとするのを止めて、剣を振り下ろした姿勢で固まっているヘリヤに向かって一言呟く。
「えぇ……」
ヘリヤは剣を鞘に収めると、修也に向かって笑顔で言った。
「ほら、行くぞ!」
ため息をついて、修也は歩き始めたヘリヤに追従した。
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