第四話『マルタの迷宮②』
中に入った瞬間、まるで異世界の中の異世界に来たような……そんな奇妙な感覚がした後に、修也は迷宮の中を歩き始めた。
「…………」
この迷宮の中は、アカゲラの村にあった物と同じく、遺跡のような感じがした。歩いていると、一部の壁には壁画があり、石の柱には妙な紋様が刻まれている。
修也の足音が周囲に響いている。それは、ここに居るモンスター達にとっては、獲物の存在を教えているようなものだった。
「……おっと」
奥から、直立しているトカゲが――リザードマンが迫ってくる。装備しているのは剣と盾、それに上半身を覆う軽鎧。修也も見習いたいほどガチガチの装備だ。
「ッ!」
リザードマンは、目にも止まらぬ速さでこちらに剣を振り下ろしてくる。それを危なげもなく避けると、今度は振り上げてくる。そんな攻防を数回繰り返した後、修也は背中に背負っている剣を抜いた。
「ギァッ!」
初めてそんな鳴き声を上げたリザードマンは、また剣を振り上げてくる。
「ッ!」
修也は、錬剣でそれを弾くと、ガラ空きになった胴に剣を振り下ろした。その衝撃でリザードマンは吹き飛ばされ、地面を転がり周り――その姿を魔石に変えた。
「ふぅ」
剣を背中の鞘に戻して、修也は一息ついた。少しの間その場で立ち止まった後、歩き出してリザードマンの魔石を革袋の中に入れると、また歩き出す。
「…………」
ふと周りの壁を見渡してみると、篝火がそこら中にあった。あれが暗いマルタの迷宮の中を明るく照らしているのだ。アカゲラの村では光る苔が生えていたが、あれとはまた違う。
遠くでまた足音が聞こえる。何かが近づいてくる音。修也はまた錬剣を抜いて、再び歩き出す。
「……おお」
この世界に来た時に感じた、モンスターに対する僅かな恐怖は微塵も感じず、むしろ感心した。あれほどあからさまに敵意を持っているような振る舞いをするのは、やはりモンスターだけなのだと。
こちらに迫ってくるのは、二体はいるオークだった。それぞれ棍棒、槍を装備して、革の鎧を着ている。
「ヒゴッ!」
一体のオークがそんな声を上げて、手に持つ槍をこちらに突き出してくる。ヒュッ! という風切り音が、攻撃を避けた修也の耳に届いた。
剣を振り上げて槍の穂先を斬ったあと、その首を高速で切断する。人間なら血飛沫が舞ったのだろうが、その前にオークは魔石に変わった。
視界の端で、二体目のオークが棍棒を振り下ろしてくるのが見えた。振り下ろされる棍棒を、修也はガントレットで弾く。
「ッ!」
横に逸れたオークの腕を、錬剣で切断する。それに狼狽えたオークの隙をついて、修也はオークの喉笛に剣を突き刺した。そして、錬剣を抜く。
オークは、その体を魔石に変えた。
「……ペースが速いな」
錬剣のおかげて、ショートソードを使っていた時期よりもずっと敵を速く倒すことができるようになったのはいいものの、やはり迷宮のモンスターの出現頻度には慣れそうにない。
ドスンドスンと、どう考えても四足歩行でないと出せない音が迷宮内で――修也のすぐ近くで響いていた。しかも大きいモンスターと見える。
マルタの迷宮は遺跡のような所だ。聞いたところによると、どうやらこの入り組んだ道は第十層まで続いているそうで、マルタの迷宮以外の五大迷宮にある、最深部に続く扉の前にはそれぞれが色違いのドラゴンがいるそうだ。
迫ってくるあのトカゲは、最深部にいるドラゴンか?
「……なわけないか」
修也は、すっかり体に染み付いた構えをした。右手に持つ剣をダランと下げて、体制を前のめりにする。左足はすぐに踏み込めるように前に出して、右足は後ろに。
剣には魔力を込める。
「よし」
遂に目の前に来たトカゲに向かって、修也は剣を上げて、振り下ろした。すると、剣に込められた魔力は、トカゲのすぐ下の地面に流れて、衝撃波となって、トカゲに襲いかかった。
「ギァッ!」
先程のリザードマンと同じ鳴き声を上げた後、トカゲはその頭に衝撃波が当たったのか、止まって暴れまくった。マルタの迷宮の第一層全体が揺れているのではないか、と思ったほど大きな振動を起こしたトカゲは、修也を喰おうと、その口を大きく開けて、こちらに近づいてくる。
それを見ると、修也は再び剣に魔力を込めて、片手で持っていた錬剣を両手で持った。そして、錬剣を振り上げて青白い光の剣を出すと、その剣を振り下ろした。
少しの抵抗を見せた後、光の剣はトカゲの頭にめり込み始め、錬剣に更に力を込めると、何かが切れたような手応えがして、トカゲを真っ二つに斬り裂いた。目の前をトカゲの体が通り過ぎ、その断面が視界の端に流れていく。
ズン……と音を立てて、トカゲの死体が横たわり、その体を魔石に変えた。
「…………」
剣を背中の鞘に戻して、修也は一息ついた。その場から歩き出して、先程のオークの魔石とトカゲの魔石をそれぞれ革袋の中に入れると、修也は先に進んだ。
★★★
慢心は良くないと、誰かが言った。まあ、実際に良くない事が起きたのだが。
「ッ! くそっ!」
修也は今、オーガの群れに追いかけられていた。
「グルアァァァァァァッ!!」
まさか、一体のオーガを倒したら、十体のオーガに追いかけられるとは思わなかった。群れから離れていたオーガに奇襲をかけた形になるのだが、どうやら他のモンスターとは違って、オーガは仲間意識が強いらしい。
オーガの攻撃方法は至極単純、その拳で攻撃してくるのだ。今の修也でも倒すのに苦労する相手でもある。何とか一対一に持ち込めれば勝機はあるのだが……。
「うわっと!」
視界の端から拳が迫ってきたので、修也はそれを避けた。剣の重心を意識して、半回転をして腹を斬ると、オーガは地面に倒れて、その姿を魔石に変える。オーガはそれを見てますます猛る。
残り十体。さて、どうするか。
オーガたちと修也は、足を止めて向かい合っていた。お互いに相手の隙を伺っていて、ピリピリとした緊張感が彼らの間に走っている。その拳を、その剣先を、少しでも動かしただけでどちらも動くだろう。
――と、その時。
「は?」
後ろのオーガの首が、宙に舞った。続いて、その前のオーガの首も舞う。その際に大きな音を立てているので、オーガはその存在にすぐに気づき、後ろを向く。
オーガの背に邪魔をされて、後ろにいる誰かがよく見えない。修也が苦戦するような相手を一瞬で倒していくのは、一体誰なのか。
微かに見えたのは長い黒髪。高確率で女性だろう。そして、その横顔にはどこか見覚えがあった。なぜかアカゲラの村の迷宮を思い浮かべてしまう。
そう――誰かが、決闘を挑んできた事があったはずだ。二ヶ月前に、その剣技で修也を圧倒した、誰かが。
物思いにふけっていると、目の前のオーガの体が真っ二つに斬り裂かれる。その姿が魔石に変わる瞬間を、修也は見ることが出来なかった。
なんと、その女性は、修也にも斬りかかってきたのだ。
「ッ!」
重い一撃を、修也は受け止める。そして、その顔を正面から凝視した。
「――あれ、君は……」
目の前の女性は、そんなことを呟いて修也の顔を見つめる。二人の目があった瞬間、修也はこの女性が誰なのかを思いだした。
「ああ! 思いだした! ヘリヤ! ヘリヤ=エルルーン!」
「ハヤカワ=シュウヤ! なぜこんな所に……」
そう言って、女性は――ヘリヤは、修也がここにいる事に驚いていた。
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