第三話『マルタの迷宮①』
――次の日の朝。
「…………」
修也は目の前のむさ苦しいオッサンを見て、
「ああああああッ!!」
思いっきり叫んだ。
修也が今いるのは、たくさんの人が倒れている宿の中。初見の人は何があったのかと見を惹かざるを得ないだろう。それくらいの人数が、この宿屋の中にいた。
昨日のことが頭を過る。容赦なく酒を勧めてくる男衆。少数だが女性もいた気がする。そう思って辺りを見回してみると、確かに女性がいた。貞操観念とか、色々と大丈夫なんだろうか。
そんな事を思いながら、修也は立ち上がる。そして、すぐに自分の部屋に続く階段を登った。この宿は二階建ての建物なのだ。
バンッ! と自分の部屋の扉を開いて、修也はすぐに鎖帷子を下着の上から着て、革袋を持ち、そのまま廊下に出た。若干吐き気が込み上げるが、それは無視する。
一階に降りて、カウンターの方に行くと、昨日修也の接客をした女性がいた。しかも寝ている。それを見て苛ついたものの、暴力には走らずに、修也は日記代わりの紙束を取り出した。
その中の一枚を破いた後、インクで「朝食はいらないぞ」と紙に書いて、カウンターにバンッと音を立てた置くと、そのまま宿屋を出た。
宿屋の入り口の扉を開けて、修也は走る。今はできるだけ宿屋から離れたかった。今日一日は戻りたくない。
「はぁ……はぁ……」
足を止めて、自分の体調を確認する。
頭は痛くない。その代わりに吐き気が少しあるものの、体の動きに支障はなかった。その他二日酔いによくあるという症状を確認していくが、特にそういうものは見受けられなかった。
「…………」
今の修也の年齢は十六歳。もちろん、未成年である。昨日大量に酒を飲まされて、脳やら何やらに影響が出ると考えるだけで、悪い気分が更に悪くなる。
「……まあ、いっか」
楽観的に考えよう。考えて見れば、将来の夢の為の知識――物理学や数学、それと向こうの世界の都市伝説についての事が、脳内で即座に再生できなくなっただけだ。
そんな事を考えながら、修也は朝のロクターン公国を歩いていた。
「…………」
さて、今日やることを確認しよう。
修也はこれから、五大迷宮の内の一つ、マルタに行く。それはこの国に来る前から決めていた事で、今更意思を曲げる気はない。
マルタの迷宮は、ここから東に歩いていくとあるらしいのだが、五大迷宮は、今までに誰も最深部に行ったことがないらしいのだ。
この時に思った、この国でやりたいことが、魔法について知る以外に、もう一つ増えたのだ。この五大迷宮を全て攻略してやろうと。
そのためには、多くの時間が必要と準備が必要だ。
まずは――。
「飯、食いに行くか」
朝にまだやっている飲食店を探すことにする。
――僅か数十秒後、あっさりと飲食店が見つかり、そこで朝食を取った後、修也はロクターン公国の道具屋に立ち寄っていた。ポーションや携行食、鎖帷子の手入れ用の道具を買うためである。
ちなみに錬剣クルシュは、アドミウムと素材不明の金属で構成されている為に頑丈で、手入れをしなくてもいい。
ともかく、修也は道具屋の扉を開けた。扉につけてある鈴がチリンチリンと音を立てる。店内には、朝だからか人が少ない。店員が数人いるだけだ。
「いらっしゃいませ」
カウンターの男性店員が、機械的にそう言った。修也はその声を無視して備え付けてある木製の籠を取り、テキパキと迷宮探索に必要な物をそれに入れていく。
必要な物をすべて入れると、修也はカウンターに向かった。無言で木製の籠を置くと、その男性店員はこれまた機械的に籠の中を一瞥する。
すると、カウンターの下から、この道具屋に売っている物の値段が書かれている紙束を取り出した。そして、修也にも見えるように、その紙束を見ている。小声でブツブツと何事かを呟いているのは、値段を確認するためか。
やがて、確認し終えたのか、その男性店員は修也に言う。
「7350ゴルドになります」
そう言われて、修也はゴルドの入っている革袋を取り出して、7350ゴルド出した。男性店員はそれを受け取ると、ちゃんとあるかどうかを確認した。これはすぐに終わったようで、カウンターにある革袋に7350ゴルドを入れると、
「ありがとうございました」
そう言って、お辞儀をしてきた。
修也はそれを見ると、無言で今買ったものを革袋の中に入れて、その場から去った。この世界の道具屋の店員は、レジ袋のような物を出さないのだ。
入り口の扉を開けると、チリンチリンと鈴が鳴った。
★★★
その後、修也はマルタの迷宮に行くために、ロクターン公国を出た。道順ははっきりと覚えているので、修也は軽い気持ちで草原を歩く。
今、修也が歩いているのはロクターン平原という所だ。何百年も前、ここは草木も生えていない不毛地帯だったそうで、原因は不明だが、突如としてこれほどの草が生えてきたのだという。
そんな平原を歩いていると、強めの風が吹いて、修也の髪を揺らした。
「…………」
ここからマルタの迷宮までは約数時間の道のりだ。その間はずっと歩いている訳だが、ここで一つ思う、仲間が欲しいと。
単純に話し相手がいないと暇だし、一人で迷宮探索を――冒険をしても面白くない。同年代で、修也と同じくらいの実力で、安心して話せる相手、なんて都合のいい相手がいないだろうか。
「まあ、いないだろうな」
異世界に来てからもう三ヶ月が経過したわけだが、修也はある癖がついていた。というのも、歩いている間はどうしても暇になるわけで、自然と色々な事を考えてしまう。
今のように、仲間が欲しいだとか、帰ったら何をするかとか、元いた世界でのことだとか。過去の回想や、未来への考えだったりと、考えてしまうのだ。
そして、改めて思う。仲間が欲しいと。
「……そういえば、一人いたな」
ここで思い出したのは、エドワード=エステルの事だった。彼ならば、先程の都合のいい仲間の条件と合致している……のか?
だが、エドワードは今この場にいない。彼はエレノアと一緒にエステル王国に帰ってしまった。今の考え方は、まさしく無いものねだりというやつだ。
「……はぁ」
修也の目に映るのは、遠くまで広がる草原。後ろを振り返ってみると、ロクターン公国にある城が見えた。昨日宿屋で話しかけられたオッサン曰く、あの城は天にも届くと評されるほど高いらしい。
だが、見た限りではそれほど高く見えない。天まで届くほどの高さなら、頂上辺りに雲があってもおかしくない。むしろそうあるべきで、あのオッサンが修也に嘘をついた可能性だってある。
「…………」
考えても仕方ない、が口癖になりそうなので、喉まで出かかった言葉を、修也は飲み込んだ。最近元いた世界よりも色々な事を考えてしまうので、いつこれが口癖なってしまうのかと、自分の中で結構心配している。
――そして、数時間後。
修也は、マルタの迷宮の入り口の前に立っていた。
昼飯はもう食った。ここから数時間、修也は迷宮に挑むのだ。そのことに恐怖は感じられない。
「……行くか」
修也は、マルタの迷宮の中に足を踏み入れた。
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