第三話『次の日の朝』
――目が覚めると、何故か朝日が登っていた。
「…………」
これにはものすごく困惑したものの、すぐに事の真相にたどり着く。休憩と評して寝たのが、そのまま寝過ごして朝になってしまったのだ。
疲れが溜まっていたのかと、自分の中でそう結論付けて、ゆっくりと起き上がる。
腰と首がパキッと鳴った。硬い地面で寝たことで、修也の体は固まってしまったらしい。
伸びをして、決して良くない目覚めの中、修也の異世界生活、2日目が幕を開けた。
川沿いに進んでいけば人の住む街に行き着くだろうという安直な考えで、修也は険しい道を歩いていた。
その手に昨日起こした火を持って、だが。
「どうなってんだよ、これ……すげぇな異世界」
昨日の昼頃だろうか。修也は元いた世界の知識を使って火を起こした。だが、昨日起こしたはずの火が今日もついていたのだ。
通常、火は燃やすものが無いと付かない。要は時間が経てば自然と消えるものだ。
今修也が持っているのは松明。昨日の焚火から一つだけ持ってきた物だ。昨日修也が持ってきた太い枝などがほとんど燃えずに残っていたからこそ、昨日の火を松明として持ってこれた。
今後この火は重宝する事になるだろうと、修也は松明をぐっと握りしめる。
ちょうどいい形をした松明は、自然に持てるほど細く、これが人の手で作られなかったというのだから驚きだ。しかも、歩き初めてからだいぶ経っているのに、火が木の全体に行き渡らず、先のほうでメラメラと燃えている。
松明として使う前に、軽く降ったり小雨程度の水を断続的にかけるなどの検証を行ったが、火が消えることはなかった。修也が気を使えば相当長く使えるのでは無いだろうか。
――と、そんな事を考えていると、昨日の熊の姿が頭をよぎる。
「……あ」
あの熊は、修也がいた場所を縄張りとしているのだろう。
今はだいぶ離れたが、今ではなく昨日、何故自分は熊が来るかもしれないのに寝ることができたのか。
下手をしたら襲われていたのかもしれないのに。
「そう考えると、今俺が生きてるのって軽く奇跡なんだな……」
自分の豪胆さと運の良さには驚きだ。
ブルーベリー(仮称)を見つけられたのも、熊から逃げ果せることができたのも――ひょっとしたら、異世界に来たのも、何かの運命なのかもしれない。
閑話休題。
「よっ……と」
大きめの岩を登り、更にそこから飛び降りる。そこそこの高さがあったが、以前YouTubeで見たパルクールの動画での動きをトレースした動きをすると、うまく着地出来た。
なんと言ったか、確か4点着地とかいう技だ。
修也は再び歩き出す。親指だけで持っていた松明は、先を多少地面で擦っても無事だった。
修也が今いるのは川の上流だろう。大きな岩があるのはそこくらいだ。先は長いが、僅かでも人がいる可能性を信じて修也は歩く。
少し先に、先程と同じような大きな岩がある。そこまでは平坦な道なので、修也はあの岩から飛び降りる時のイメージをする。
そもそも先程のパルクールの技術も、成功したのが奇跡なのだ。練習すれば成功確率は上がるだろうが、練習中に大怪我でもしたら元も子もない。
川の流れも、少し前のところよりも広くなっていた。このまま行けば、いずれ川の中流に着くだろう。
「おっと」
段差に躓いて、修也は地面に手をついた。考え事をしていた為か、周囲への注意が散漫になっていた。
ここで、躓いた物を見てみると――。
「うわっ!」
驚きのあまり、思わず尻もちをついてしまった。だが、尻に感じる痛みを無視して、修也はそれをじっと見た。
――人骨だった。
よく分からない素材で作られた、灰色を基調とした服を着て、所々に骨の白い部分が見えている。修也が躓いたのはこの人骨に足を引っ掛けたからだとはっきり分かった。
骨に握られているのは、一本の剣。所々に刃毀れがあり、目の前の人骨が何かと戦っていたのだと分かる。
それよりも重要なのは、この人骨があるという事は、人がいるということに他ならない。この人骨は、異世界に人がいることの証明でもあるのだ。
「……どなたかは存じませんが、お疲れ様でした」
修也はそう言うと、そっとお辞儀をした。
その後、修也は人骨の服を脱がせた。ついでに握っていた剣も回収する。
墓荒らしをするようで忍びないが、この世界で修也は異物だ。なんとかこの世界の人の中に紛れるためには、人骨の服はどうしても必要だった。剣は護身用に取っておく。
人骨の服を丁寧に畳んで学生鞄の中に入れた。ブルーベリー(仮称)は朝に食べたので、容量は十分にある。
服を入れると、人骨の腰に付いていた鞘を手に取り、右手に持つ剣を左手に持つ鞘に入れた後、鞘を腰に吊るした。
「…………」
修也はもう一度人骨にお辞儀をすると、再び歩き出した。
「おっ……と」
修也は、再び大きめの岩から飛び降りた。
今度はロールというパルクールの技を使って降りたが、これもまた上手く行った。本当に安全な環境に巡り会えたら、パルクールの技の練習をしてみるのも良いかもしれない。
すぐに立ち上がり、修也は歩き出す。
今の動きで腰に吊るした鞘から剣が出ないのは何故かと少し考えるが、すぐに考えるのをやめた。異世界なのだ。何が起きてもおかしくない。
小さいが、柱がそびえ立っているような感じで石が配置されていた。
修也は石の柱の上を飛び移りながら進む。鞄に入っているブルーベリー(仮称)と、人骨の服に剣が重しとして修也に負担をかけるが、それは微々たるもので、修也の動きに支障はない。
最後の石の柱を飛び降りた所で、修也は立ち止まって息を整える。休憩を終えると、その後すぐに歩き出した。
何だか冒険でもしている気分だ。
「…………」
周囲には川の流れる音と、鞘に収まった剣がカチャカチャと鳴る音に、修也の息遣いだけが響いていた。生き物の気配は感じられず、先が長い事を如実に伝えてくる。
しかしまあ、人に会ったらどうしようか。
こちらの言語が伝わる可能性は0に等しい。コミュニケーションが取れないのは致命的だ。ひょっとしたら、文字を教えてもらう事も、言葉を教えてもらうことできないかもしれない。
この先の不安は他にもある。もしも働く事が出来なければ、野垂れ死ぬかもしれないし、街に入ろうとしても入れてもらえずに殺されるかもしれない。
――様々な可能性が頭を巡る。
「…………」
歩いていると、不必要なことをつい考えてしまう。先ほどとは違って下にを気を使って歩いているので石などで躓くことはないが、こうも不安になるのはなぜのか。
いっそのこと、森で自給自足の生活を送るのも悪くないが、それでは一人になってしまう。それは嫌だ。
とまあ、こんなふうに考えながら歩くこと1時間、特に何も起こらずに、修也は川沿いにあるき続けた。
そのまま一日中歩き続けて、誰とも会うこともなく、修也はまた学生鞄を枕代わりに、昨日よりも柔らかい地面に寝転がって、目を閉じた。
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