第三十八話『エピローグ』
――この日の夜、四人は村に戻った。
一日はかかる距離を歩いたのに、なぜかこの日の夜に村に着いたのだから、きっとマグナが何かしたのだろう。
アカゲラの村を見ると、修也は奇妙な感慨に襲われる。まさか帰って来れるとは思わなかったからだ。それはクルト以外の二人も一緒のようで、エレノアに至っては涙を流している。
四人が村の入り口に入った瞬間、向こうから道具屋の店員たちがやってくる。全員がエレノアを見て、走ってここまで来るのだから、若干の恐怖を感じた。
「エレノア! あんた生きてたのかい!?」
そう言って近づいてくるのは大柄な女性。中年のおばさんだ。口に出すのは憚れるので黙っておく。エレノアは、彼女が近づくにつれて、修也の方に体を寄せてくる。
修也の目の前に女性が来た途端、エレノアは修也の背に隠れた。
「ちょっとあんた! そこどいて!」
「ああ、はいはい」
修也はその場から退こうとした。だが、エレノアは背中にしがみついてくる。退こうとしても退くことが出来ない。修也は小声でエレノアに話しかける。
「エレノア。何でしがみついてくるんだ」
「シュウヤ、私あの人苦手だから、壁になって」
「おーい、ちょっと? エレノア?」
完全無視を決め込んだエレノアは、修也の背にしがみついたまま黙っている。それを見て女性は何かを察したのか、少しニヤニヤしながら離れていった。
次に、一人の男性が近寄ってくる。男性はエレノアにではなく、修也に話しかけてきた。
「……エレノアを助け出してくれて、ありがとう」
そう言って、その男性は頭を下げてくる。
「いえ、僕もやりたくてやったんで、気にしないでください」
「それでも、俺はお前に感謝してる。本当に、ありがとう」
修也に向かってもう一度頭を下げた後、男性は離れていった。修也がため息をついた途端、隣のエドワードが修也の背にしがみついているエレノアに話しかけた。
「エレノア、いつまでシュウヤにしがみついているつもりだ。そろそろ離れなさい」
口調が若干違う。修也はそれを聞いて少し笑った。話しかけられたエレノアは首を振っている。一言、近くにいた修也にしか聞こえないような音量で、「や」と呟いた。
「シュウヤ、いつまでエレノアに抱きつかれているつもりだ」
「いや、そう言われても……」
エドワードの目には、エレノアが修也に抱きついているように見えるらしい。流石に離れてもらおうと、修也は背のエレノアに話しかけた。
「エレノア。少し離れてくれない?」
「そんなこと言わないでよ。友達でしょ? そのまま壁になって!」
「……クルト、この我儘なお嬢様をどうにかしてくれ」
クルトに助けを求めると、エレノアは更にしがみついてくる。それを見て、クルトは修也から距離をとった。
「じゃ、僕は鍛冶屋に戻る。後でこっちに来てくれよ。鎖帷子の手入れの仕方を教えるから」
「おい、嘘だろ? ちょっ! おい、クルト!?」
クルトは、その場から走って鍛冶屋のある方向に行ってしまった。それを見て、エレノアはなぜか離れていく。ちらっとエレノアを見ると、何事もなかったような表情をしていた。
「エレノア、お前なぁ……」
「……シュウヤは、これからどうするの?」
いつの間にかエドワードの隣に移動していたエレノアは、そんなことを聞いてくる。周りからは道具屋の人たちに、アカゲラの村の人たちの視線を感じる。
注目を集めながら、修也は今後のことについて話した。
「俺はさ、魔法ってのに興味があるんだ。密かに憧れてる。だから、隣にあるロクターン公国に行こうと思うんだ。魔法の国なんて言われてるしな。明日には、この村を出ていこうと思う」
「……そう。じゃあお別れだね」
エレノアはそう言った後、今後のことについて話してくれた。どうやら、エドワードとエレノアは、これからエステル王国に帰るらしい。
エレノアの顔は、どこか晴れ晴れとしていた。
「そういうわけだから、これでお別れ。寂しくなるなぁ……」
「エレノア……」
突然、エドワードが話しかけてくる。
「シュウヤ、改めて礼を言う。よくエレノアを助けてくれた。私一人では、決して助けられなかっただろう」
「礼なんて言わなくていい。俺が勝手にしたことだしな」
「……そうか、じゃあせめて礼をさせてくれ。エステル王国に来た時には、最大の饗しをさせてもらう」
「ああ。楽しみにさせてもらうよ」
その会話を最後に、エドワードとエレノアは、どこかに行ってしまった。
だが、寂しくはない。二人は、去る前に言ってくれたのだ。「また、どこかで」と。
「…………」
修也はしばらくその場で立ち尽くした後、ゆっくりとクルトがいる鍛冶屋に向かった。
★★★
――そして、次の日の朝。
修也とクルトは、村の入り口で向かい合っていた。
「……寂しくなるね」
「そうだな」
修也の格好は、昨日とはまた違ったものになっていた。
ショートソードの入った鞘をクルトに渡して、代わりに錬剣クルシュの入った鞘を背中に背負っている。軽鎧は着ておらず、服の下にアドミウム製の鎖帷子を着ているだけ。後はガントレットを両腕に付け、色々入っている革袋を持っているだけだ。
なぜこれほど軽装なのかというと、領主の館での戦いで、軽鎧があってもなくてもそこまで変わらないと気づいた為である。
「ちゃんと道は覚えてるのかい?」
「ああ。大丈夫。ちゃんと頭の中に入ってるよ」
そう言って、修也は頭を人差し指でトントンと突く。クルトはそれを呆れたような目で見ていた。
「はぁ――じゃあ、気をつけてな、シュウヤ」
「ああ。またどこかで」
二人は、お互いに背を向ける。
一人は新しい冒険を求めて、一人はいつも通りの生活に戻るため。
お互いに前を向いて、歩き始めた。
★★★
修也は歩きながら、革袋の中に入っている紙の束を取り出した。それらは紐でくくられていて、一ヶ月前に道具屋で買ったものだ。
「…………」
この一ヶ月は、非常に濃厚な日々だった。異世界に来て、様々な冒険をして、非常に充実した日々だったと、胸を張って言える。
さて、なぜこの紙束を買ったのかだが――日記を書くためだ。
この世界での、一ヶ月の冒険は、とっくに日記に記してある。自分が異世界に転移してきたことは書いていない。この世界の文字で日記を書いているため、見られたら不味いからである。
一応、自分の名前と、この紙束が何個目かを記してあるが、いつ無くすか分からないので、持ち運びには気をつけなければならないだろう。
「……色々あったな」
歩きながら紙束を一枚一枚捲り、今までの軌跡を思い出す。
そこで思ったのは――もう、元いた世界に戻る気はない、ということ。親には会いたくないし、迷宮に潜ったり、狩りをして動物を食べたりするのは、結構楽しいのだ。
日記を見ていると、いい事を思いついた。この日記に名前を付けようと思ったのだ。
「そうだな、これに日記以外の名前をつけるとしたら……」
――旅人剣士の異世界冒険記。
読んでくださって誠にありがとうございます。良ければ感想、ブックマーク、ポイント等を入れてくれると嬉しいです。作者のモチベーションになるので……




