第三十七話『その後②』
修也はエレノアを連れて、屋敷内を歩いていた。
二人は手を繋いでいて、手のひらからは微かな温もりが感じられる。エレノアは平然としているが、修也の心臓はバクバクと鳴っていた。
どうしてこんなことになってしまったのか。
牢の鉄格子を壊した後、エレノアはあっさりと出てきた。だがなぜか修也に言ったのだ。手を繋ぎたいと。本当に、訳が分からない。エレノアは、一体何がしたいのか。
「「…………」」
気まずい。なぜ一言も喋らないのか。視界の端には、エレノアの頬がほんのりと紅くなっているのが見えた。恥ずかしいなら、さっさと手を離せばいいのに、エレノアはなぜか手を離さない。
思わず、鞘を持つ手に力がこもる。
そんな時、エレノアが話しかけてきた。
「ご、ごめんね。なんか変なこと頼んじゃって……」
「……いや、大丈夫だ。これくらいなら頼まれなくたってやってやるさ」
修也は平静を装っているが、声の震えはどうしても隠しきれない。こちらが緊張していることに気づいたのか、エレノアの頬が先程よりも紅くなった。
――本当に、どうしてこんなことになってしまったのか。
★★★
屋敷の外に出ると、庭の光景が改めて目に飛び込んできた。赤色と銀色の液体が庭の隅にあって、そこからは悪臭が放たれている。
それを見て、エレノアは驚いていた。
「うわぁ……何あれ」
繋がっている手が強く握られる。その反応をしたエレノアを見て、修也はあれの正体を告げた。
「領主の私利私欲の為に使われた騎士たちの、成れの果てだ」
「……何したの? シュウヤとエドワードさ……兄さんって」
エドワードの呼び方に、エレノアはまだ慣れていないようだ。呼びなれた方の名で呼べばいいと思うのだが、あえてそれは言わないでおく。
エドワードがエレノアの兄であると、本格的に受け入れれば、兄さん呼びにも慣れることだろう。
そんなことを思いながら、修也とエレノアは真っ直ぐにクルトとエドワードのいる所を目指した。
彼らはマグナと一緒に小高い丘の上にいて、修也とエレノアの二人を見つめている。エドワードはとっくに起き上がっていた。
屋敷の敷地を出て、修也は彼らに呼びかける。
「おーい!」
手をふろうと思ったが、左手は鞘を持っているので使えないし、右手はエレノアと手を繋いでいるので使えない。やむを得ず、修也は右手――手を繋いでいる方の腕を持ち上げて、手を振った。
隣のエレノアも、修也に合わせて手を振っている。
改めてエレノアの存在を確認した後、修也は歩きながら叫んだ。
「エレノアを連れ出したぞ! エドワード!!」
その声に反応して、エドワードはこちらに駆け寄ってくる。釣られてエレノアは手を離して、向かってくるエドワードに向かっていった。
彼らは近づいていき、やがて向かい合う。互いに息を切らしていて、少し落ち着いた後に、彼らは話し始めた。
少し離れているが、こちらにも声が聞こえてくる。
「すまない、エレノア。私が不甲斐ないばかりに……」
「ううん、いいの。兄……さんが失敗しても、シュウヤが助けてくれるもの」
「ははっ、傷つくな。私はそんなに頼りにならないか」
「そんなことない。むしろ凄く頼りになるよ」
話している二人の横を通り過ぎて、修也はクルトとマグナの方に向かっていく。
修也が二人に近づくにつれて、奇妙な感慨が湧き上がってくる。自分は絶望的な状況からエレノアを救い出したのだ。まるで物語の登場人物にでもなったかのような冒険を、修也は乗り切った。
二人の前に辿り着くと、修也は二人に話しかけた。
「……疲れたな」
その声には、クルトが反応する。
「うん。僕は今回、修也の剣を作っただけだけど、何か精神的に疲れたよ」
「そりゃ、どうもお疲れ様。あの剣が無かったら、俺はエドワードに殺されてただろう。本当に、俺に剣を作ってくれて、ありがとう」
そう言って、修也は頭を下げる。修也の行動に、今度はマグナが反応した。
「シュウヤが頭を下げるなんて、珍しい事もあるもんだな」
「魔道具屋、お前は俺を何だと思ってんだ」
修也の中ですっかり定着した名前でマグナを呼ぶと、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。
「マグナでいい。俺も今回の件ではお前に感謝してんだ。それくらい許してやるよ」
「ほぅ……マグナ、お前これからどうするんだ?」
つい気になって、修也はそんなことを聞いてみた。少しは迷うかと思っていたが、実際にはそんな事はなく、あっさりと今後のことについて教えてくれた。
「そうだな……また旅に出ようと思ってる。この地域でする事は、もう何もないしな」
「領主の件はどうする」
修也は続けて質問する。
「こう見えて、俺は過去の功績で、王国に対して多少の無理を通すことができる。今回はまあ、俺が何とかもみ消すさ」
「……そうか、じゃあよろしく頼む」
「任せておけ。――じゃあな、シュウヤ」
マグマはそう言うと、光に包まれてそのままどこかに行ってしまった。マグマのいた所に、修也は手を伸ばすが空を切る。
これで、この場には四人しかいなくなった。
少しの間黙っていると、クルトが話しかけてきた。
「シュウヤ、ちょっとその剣を貸してくれ」
「ん? ああ」
左手に持っている錬剣を手渡すと、クルトはどこからともなく革のベルトを取り出した。それを素早く鞘に付けると、また手渡してくる。
普通に受け取ると、クルトは奇妙なことを言う。
「その錬剣クルシュは、背中に背負って持ち運ぶんだよ」
「え?」
取りあえず、革のベルトを胴体にかけてみる。左腕と首からベルトを通して、修也は剣を背中に背負った。試しに剣を抜いてみようと柄に手を当ててみると、なぜか抜けない。
「そうそう、正規の方法とは若干違うけど、そこから少ししゃがんでみてよ」
「お、おう」
一旦柄から手を離して、もう一度剣を抜こうとしてみる。右手で柄を掴み、そこからしゃがむと――あっさりと、抜けた。
「…………」
何かが違う。クルトが言った、正規の方法とは違うのと関係があるのかもしれない。
「で、どうだい? 錬剣クルシュの使い心地は」
「めっちゃ使いやすい。何なら、いつも使ってたショートソードよりも使いやすいかもしれない。すげぇよ、この剣」
「どうも。ただ一つ問題があるんだけどさ」
「ん?」
「錬剣クルシュは、アドミウムを使ってるからとにかく頑丈だし、手入れも必要ない。けど、剣が完成した直後に、変な呪いがついちゃって……いや、つけられた、かな」
「つけられた? 誰に」
「マグナ=ポートマン。なんか、持ち主から離れなくする呪いを付けたんだって。剣の名前を呼んだら、すぐに剣が飛んでくるらしいよ」
「……なんだそれ」
マグナの奇行は、もういい。
それよりも、だ。
修也は、まだ話しているエレノアとエドワードの二人、そしてクルトに言う。
「帰ろう――アカゲラの村に!」
それを聞いて、みんなは頷いた。
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