第三十六話『その後①』
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血飛沫が舞う。
それは、目の前のウルゴーンから大量に吹き出ていて、修也は思わず顔をしかめた。
「……終わった」
修也はウルゴーンから剣を抜いて、そんな事を呟く。一ヶ月前なら思わず目を背けるような状態の領主の死体を見ても、特に何も感じなかった。
「どうだ! やったか!?」
マグナがそんな事を言って近づいてくる。土の腕だった物が邪魔をして、こちら側の惨状が良く見えないのだろう。そう推測した後、修也は大声で返事をした。
「……ああ! 殺したよ!」
「そうか! じゃあこっちに来い!」
マグナはそう言って手招きしてくる。修也は錬剣で土の腕だった物を退かして、真っすぐにマグナのいる所に向かう。そこを見ると、なぜか外からしか開けられないはずの扉が開かれていた。マグナが何かしたのか、領主が死んだことで魔法が解けたのか。
「いや、良くやってくれたな。俺だけじゃ、絶対にあいつを倒せなかった。ありがとよ」
マグナの声音は、前よりも明るくなっていた。どうやら、相当領主が憎かったようだ。
「なあ、そんなにあの領主の事が憎たらしかったのかよ」
「ああ。昔色々あってな……あいつのことは、もうすっかり忘れかけてたけどよ、俺たち商人に重い税をかけてることを知ってからは、また憎くなった」
「……そうかよ」
もう何も言うまい。修也は地面に落とした鞘を拾うと、錬剣を鞘に収めた。その後、剣を持って出口の扉から出ると、屋敷の中を歩き始める。
「…………」
ここに来た目的は、エレノアを助け出すこと。それを忘れてはいけない。決して領主を殺すためではないのだ。そんな事を思いながら、修也は屋敷の中を歩いていた。
屋敷の中は、まるでアニメの中の世界に入り込んだような感じがした。廊下にはたくさんの窓があり、日の光を屋敷の中に入れている。廊下は赤い絨毯が敷いてあり、壁には絵画が飾られて、何とも言えない奇妙な感覚を残す。
エレノアの居場所には、大体の検討がついている。ウルゴーンはエレノアのいる牢屋の前で、エドワードを操り人形にしたと言っていた。
その牢屋が何処にあるのかは知らないが、まあ歩き回っていればそのうち着くだろ。
「…………」
先に屋敷から出たクルトとエドワードは、窓からはっきりと見えた。クルトの息が荒くなっているのは遠目でも分かる。屋敷に入る際に庭を通らなければならないため、騎士たちの死体が視界に入る。気分が悪くなるのも当然だろう。
修也は屋敷の扉を順番に開けながら進んでいるが、エレノアがいるであろう牢屋は、未だに見つからない。隠し通路でもあったら苦労するだろうが、エドワードがエレノアの牢屋の前にいたというのだからそれはない。
廊下は、小学校や中学校などを思い浮かべるほど広く、長かった。先が見えないというわけではないが、部屋の数が多いのと無駄に内装が豪華なのが、修也を若干苛立たせる。
「……お」
見落としていたが、廊下の突き当りに地下に続くであろう階段が見えた。そこには蝋燭が何本も立ててあり、少しだけ不気味さを感じる。この先にエレノアがいるかもしれないと思うと、どうしても気分が悪くなった。
歩き続けて僅か数十秒、廊下の突き当りに着くと、修也はその階段を降り始めた。周りには日の光がなく、蝋燭の光だけが辺りを照らしている。
コツコツコツと、修也の足音だけが辺りに響き渡っていた。蝋燭の光で、修也の影が壁に写る。地下に続く階段は、螺旋状になっているようだった。
「――なんで……どうして……」
階段を降りていくにつれて、だんだんとエレノアの声が聞こえてくる。その声音はどこか寂しそうで、悲しそうで、悲壮感に満ちていた。
階段の最下段を降りると――そこには暗い牢屋があった。
そこにある一本の蝋燭が、金色の髪を照らしている。それは、こんな状況でも美しく、また場違いな物だった。
修也は牢屋の前に立つと、彼女の名前を呼ぶ。
「……エレノア」
「……シュウヤ」
そこには――涙を流して、目に隈を作った、エレノアの姿があった。
★★★
「どうやって、ここに来たの?」
エレノアは、先程とは打って変わった明るい声音で話しかけてくる。修也は無表情でその問いに応じた。
「そりゃあ、強行突破だ。決まってんだろ?」
「あははっ、シュウヤらしいね……」
いくら声音が明るくても、その声には力が無かった。とりあえずエレノアを連れ出そうと、修也はエレノアに話しかける。
「ここを出よう。牢なら俺が壊してやる」
「……それは、嫌だな。あの領主様に、色々聞いちゃったし、今はあの人……エドワードさんに、兄さんに、会いたくない」
「…………」
エドワードの事情は、とっくに知っているらしい。だったら尚更、あいつに会わせなければならないだろう。それは生き別れの兄妹の再会であり、エドワードはそれを望んでいる。
「なあ、エレノア」
「……なに?」
「あいつは……エドワードは、お前にずっと会いたがってた。それこそ、エステル王国から、はるばるここに来るほどにな。エドワードが兄貴なのが、そんなに嫌なのか?」
「……違うの、違うんだよ、シュウヤ。私には家族がいないと思ってたから、まだ気持ちの整理がついてないっていうか……お父さん、お母さん、そして兄さん、私には家族がいた。それが、信じられなくて……」
「別にそれ自体はいい事じゃないのか? 親の存在を知らなかったお前にとって、エドワードはまさに希望の光って奴じゃないのかよ。家族の温もりを得るのが、そんなに嫌か」
「嫌じゃない。むしろ嬉しい。けどね、それと同時に思ったんだ――なんで、私を早く見つけてくれなかったの? 内乱で生き別れたったいうのも聞いたし、事情は理解してるんだけど、それとこれとは話が別じゃない。何で、今まで私を貧民街に放置したの? 何で、私を見つけてくれなかったの? ねぇ、何で? ってさ。そう思っちゃうんだよ」
修也はエレノアの独白を聞いて、その気持ちを痛いほどに理解できた。
ああ、そうだ。事情が分かっていても、納得出来ないよな。
エレノアをいち早く牢から出すには、彼女を納得させなければならない。それは、メッキで取り繕った言葉では駄目だ。そんなものはすぐに剥がされる。
ならば、その中身を、その気持ちをぶつけるしかない。
「エレノア。今から話すことを黙って聞いてくれ」
「…………」
「俺さ、お前の事情を知って、羨ましいと思ったんだ」
「…………」
「だって、お前をここまで探しに来てくれる兄貴がいて、身分の高い父親と母親がいて……俺にないものを、お前は持ってるんだよ」
「…………」
「俺にはそんな家族はいない。十五の時まで、俺は親から虐待を受けてたんだ」
「…………え?」
修也の独白に、エレノアは驚いたような声を上げる。暗がりでエレノアの顔がよく見えないが、それでも修也は言葉を紡ぐ。
「鍋の蓋を投げつけられたり、暴言を浴びせられたり、色々された。それが収まったのは、俺の友達のおかげなんだけど、それはまあ置いておいて……」
「…………」
「俺が言いたいのはさ――お前は、家族に愛されてんだよ。たとえ事情があって、お前を探しにいけなくても、今になって、エドワードが探しに来てくれている」
「シュウヤ……」
「だから、さ。お前は家族の元に帰って、親御さんを安心させてやれよ。お前が家族をどう思っていても、お前の家族は、お前を愛してるんだから」
「……ッ」
「な?」
「……そう、なのかな」
「ああ、そうさ。そうに決まってる」
「うん……うん……!」
エレノアが納得したと確信すると、修也は左手に持つ鞘から錬剣を抜いて、牢の鉄格子を人が通れる程に切断した。
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