第二十九話『屋敷襲撃①』
「何だあいつ、いきなり出てきたと思ったら、いきなり消えやがって……」
その後、修也は魔道具屋の青年の行動に苛つきながら、修也は橋を渡り、また道沿いに歩いていた。歩きながら、修也はまた頭を回す。
魔道具屋の青年の発言には、気になることがあった。『エドワード王子は失敗した』、と。これは一体どういう事なのか。
「…………」
魔道具屋の青年の言葉には、様々な事が掛けていた。『エドワード王子は失敗した』というのは、捉え方によっては色々考えされられる。
ようは、具体的に何を失敗したのかが欠けているのだ。
普通に考えれば、エドワードはエレノアを助けることができなかった。つまり、殺されたということになるが……本当にそうか?
領主の騎士たちを数秒も立たずに殺せるほどの実力を持っているエドワードは、本当に失敗したのか?修也にはそれが信じられなかった。
何かあったのは確かなんだろうが、具体的に何が起こった? エレノアを人質に取られた……訳じゃないだろう。そもそも、そうなる前にエドワードなら人質にとった奴の首をはねる。
ではやはり、領主の館には騎士以外にも強敵がいるのか。
「……はぁ」
考えても仕方ない。
――それから少し経って、日も落ちた頃、修也は領主の館の見える距離で野宿していた。
領主の館は、高い塀の中に広い庭、その広い庭の中にあった。領主の館は夜でも明るい光に包まれており、謎の高級感が全体を占めていた。
庭は高い塀がある為に、全体像がよく見えない。
「…………」
修也が今いるのは近くの丘の上。草原の中に丁度いい草むらがあったので、今はそこでじっと領主の館を観察している所だ。
今すぐにでも屋敷を破壊したい衝動に駆られるが、危うく踏みとどまる。夜襲をかけるのは良いが、失敗は許されない。行くなら明日。万全の体制で行ったほうが良い。
そう思って、修也は鞄を枕代わりに寝た。
★★★
「…………」
目を覚ますと、すっかり朝日が上っていた。
今日はいよいよ屋敷を襲撃する。エレノアを助け出すために。
修也は昨日外した装備を手早く着用する。着た後は鞄の中から携行食を取り出して、口にした。水筒の中の水を飲みながら朝食を手早く済ませると、修也は鞄を置いて、その場から歩き始めた。
草を踏みしめて、ただ真っ直ぐに領主の館を目指すと、エレノアとの日々が走馬灯のように頭を過ぎる。
初めて出会ったのが、この世界に来てから5日目のこと。迷宮に挑む為の装備を買いに道具屋を訪れた時のことだった。当時は金も無く、服を売ることで金を作ろうとした修也に、エレノアは驚いていた。
魔術契約書を書かされて、なんとか装備を手に入れた修也は、その後エレノアに言ったのだ。少しだけ仲良くしようと。その時のエレノアの顔は鮮明に覚えている。
その後は早かった。一日の半分の時間を使って迷宮の第一層を攻略して、モンスターから出た魔石を売るために魔道具屋に行った次の日、手に入れた金をエレノアに渡した。
そこで修也はエレノアに言われたのだ。仲良くするなら敬語は止めにしようと。その時、修也とエレノアとの距離が、少しだけ縮まったような気がした。
アルデス山脈から戻り、クルトに剣を作って貰っている最中、修也はエレノアと何度も会った。たまに重い荷物を持ち上げるのを手伝ったり、くだらない話しで盛り上がることも何度もあり、気づけば、エレノアとは友達になっていた。
「…………」
エレノアを連れ去った領主は、絶対に許さない。
人を殺した修也は、どこか別人のようになっていた。枷が外れたような奇妙な感覚がある。
だがまあ、領主の館の入口に来た時には、そんなことはどうでも良くなっていた。
修也は剣に魔力を込めて、青白い光の剣を出すと、領主の館の塀に向かって、その剣を振り下ろす。何度も、何度も。
切り刻まれた塀は、大きな音を立てて崩れ去る。領主の館の敷地に入ると、修也は叫んだ。
「出てこいウルゴーン! 殺してやる!!」
塀を壊したことで舞った土埃で敷地の中がよく見えなかったが、それでも修也は湧き上がる怒りを収めることはできなかった。
「……ん?」
と、ここであることに気づく。なんと言えばいいのか、まるで何かが腐っているような匂いがするのだ。数日前なら吐き気が込み上げたのだろうが、今は特に何も感じない。
視界が晴れて、修也は屋敷の敷地の全体を見た。
「…………」
屋敷の門の所から、庭の半分までを、騎士たちの死体が占めていた。そのどれもが驚いたような顔をしている。
昨日この大量の死体が見えなかったのは、夜だったのと、高い塀で屋敷の敷地の上半分しか見えなかったのが原因だろう。あの丘は、屋敷の門が正面に見える位置にあったのだ。
呆然と大量の死体と血溜まりを見ていると、屋敷の方から、まるで拡声器でも使っているのかと思うほど大きな声が聞こえた。
『誰だ! 貴様は!』
低い男性の声。おそらく領主の声だろう。修也が黙っていると、領主はまた言葉を紡ぐ。
『貴様の来た目的は分かっている! エレノア王女を私から奪うつもりだろう! 悪いが、私にはエレノア王女が必要なのだ! 警告する! 今すぐこの屋敷から出ていきたまえ! 繰り返す、今すぐこの屋敷から出ていきたまえ!』
なんだ、こいつは。
まるで、エレノアを自分の物みたいに……。
「ふざけんな! 何が奪うだ! 俺はエレノアを助けるためにここに来たんだよ! エレノアはどこにいる! 答えろ!!」
『あと数秒待ってやる! さっさと私の館から出ていけ!!』
修也は無言で、その場から歩き始めた。それで数秒立ったのか、領主は先ほどより低い声で、告げた。
『警告はしたぞ』
その瞬間、庭で異常が起こる。
庭の騎士たちの死体が、唐突にその形を崩した。その鎧も、武器も、何もかもの形が崩れて、庭全体に広がっていく。
「…………」
もはや、何も言うまい。
液化した騎士たちの体は渦を巻いて、だんだんと一つの石に集まっていく。よく見るとそれは、いつも見慣れている魔石だった。
『私は、少しだが魔法を嗜んでいてな、錬金術というものを、聞いたことはあるかね?』
領主の声は、明らかにこちらを見下していて――修也はその声音に、とてつもなく苛ついた。剣を握りしめる手が震える。
今起こっている事象を無視して先に進もうと思ったが、すぐに思い直す。ここで何かが起きて屋敷が壊れ、エレノアが死んでしまったら?そう考えると、何故か足が止まる。
修也はそのまま、騎士だった物がどうなっていくかを見続ける事にした。
赤と銀とが混ざりあった液体は、大きな魔石に集まり、だんだんと体が形成されていく。魔石を心臓部として、足、胴体、腕、そして顔が、順番に形成され、その体を銀色が覆った。
「…………」
そこには、鎧を着て剣を持ち、腐肉で構成された「何か」がいた。巨大な騎士と言った方がいいか。
「……は?」
その時、修也はたしかに見た。
巨大な騎士の頭上、そこに文字が浮かんでいたのだ。
『錬金人形 ワーリング=ナイト』、嘆きの騎士、と。
「オォォォォォォッ!!」
地を這うような恐ろしい声を上げた後、ワーリング=ナイトは、その手に持つ剣を修也に振り下ろしてきた。
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