第二十八話『領主の館までの道のり』
修也が道具屋の扉を開けると、チリンチリンと、道具屋の扉に付けられた鈴が鳴った。
「いらっしゃいま……って、お前確か、エドワードに背負われてた……」
一人の店員が修也に挨拶していくる。エレノアの姿は、無い。
「……早川修也です。ちょっと領主の館に乗り込むので、色々と必要な物を買いに来ました」
「いや、もうエドワードが領主の館に行ってるんだよ。別にお前が行く必要は……」
店員がそう言っても、修也は店員を見続けた。修也の目には強い意志があり、その雰囲気に気圧されたように、店員は後退った。
「……ポーションと携行食、剣の手入れ用の道具をください」
言外に持って来いと指示すると、店員は観念したようにテキパキと修也の指示した道具を持ってきた。
「ほら、全部で7500ゴルドだ」
修也は袋の中から7500ゴルドを取り出して、背負っているバッグの中にそれらを入れると、軽く会釈をして道具屋を出ようとしする。
だが出る直前になって、店員は修也に言う。
「頼むぞ!」
バタン、と、修也の後ろで道具屋の扉が閉まった。
★★★
村を出る直前になって、修也は領主の館への行き方を確認する。といっても、この村から北に進み、途中の川に架かっている橋を渡り、そのまま道沿いに進むだけだ。
足を強化して全力疾走すれば、半日で着きそうな距離に領主の館があるのは、非常に安心した。すぐにでも走ろうと思ったが思い直す。万全の体制で行ったほうがいい気がするので、そのまま修也は歩き始めた。
剣の手入れはした。鞄の中にはポーションに携行食が入っている。領主の館には三日前のような騎士たちが大勢いるかもしれないからだ。
今の装備は、ショートソード、鉄の軽鎧、服の下にアドミウム製の鎖帷子を着て、革のブーツを穿いている。あの領主の騎士にも十分に対抗できる上に、アドミウム製の鎖帷子が修也の防御力を更に上げている。
修也が今いる所は、村から出てすぐにある草原だ。村の南側には修也が転移してきた森がある。東も南も同じく森だ。
領主の館は、ここからでは見えない。
「…………」
日は既に真上に上がっている。異世界の時間は日を基準にしているので、今は昼だということになるが、昼飯はクルトの前でとっくに食べてしまっている。
こんな時に誰かいたら、いい話し相手になったのだろうが、生憎と領主の館に乗り込む仲間は誰もいない。
いや、一人いた、か。
「……エドワード」
そういえば、エドワードは村にいなかった。修也の推測では、とっくに領主の館に乗り込んでいると思ったが、ここで少し疑問がある。
なぜエドワードは村に帰ってきていないのか。
アカゲラの村から領主の館までは、約一日の道のりだ。領主の館に行くまでには特に難所もなく、ただ道沿いに行けば着くらしい。
――普通に考えて、エドワードは領主の館に行って、今日まで戻ってきていないことになる。
「……エドワードは、一体何処に行ったんだ?」
そんな疑問が頭を持ち上げて、修也は自然と早歩きになった。
エレノアは、どうなった?
エドワードの手によって、とっくに助け出されたのか、何かイレギュラーな事があり、殺されて、しまったのか。
「何かあったのか? あいつが何も言わずに国に帰ったなんて信じたくないし、王子なら最低限の礼儀は弁えてるはずだ。エレノアを助け出した後は、アカゲラの村に帰ってこないとおかしい」
何があった、何が起きた。
そもそも、修也は領主の事を何も知らない。知っているのは名前だけだ。後は何処に住んでいるのか、くらいか。領主の館には、大勢の騎士がいるはずで、エドワードならその騎士たちを無傷で倒せるはずだ。
なら、なぜエドワードはアカゲラの村に戻ってきていないのだ。
領主の館には、騎士たちしかいない。そもそも、この認識を改めた方が良いのかもしれない。館ということなのだから、使用人がいてもおかしくないし、修也が知らないだけで、騎士以外にも護衛的な何かがいるかもしれない。
そう、例えば、魔法使いとか。
「…………」
魔法使いといえば、思い出されるのはあの時――エレノアが魔道具屋の青年に連れ去られた時の事。
光に包まれて、魔道具屋の青年とエレノアは消えていった。修也の予想では、あれは転移、もしくは姿を消す魔法だろう。この世界に魔法使いがいることは知っていたが、本当に魔法を見たのはあれが初めてだった。
ここの領主と魔道具屋の青年が、エレノアを連れてくる代わりに報酬を寄越すという取引をしていたのは知っている。協力関係になっているのは確かなことだ。
エドワードは、魔道具屋の青年にやられたのか?
「……考えても意味はない、か」
何にせよ、事の真偽を確かめなければ始まらない。
そう思った後、修也は何も考えずに、ひたすら道沿いに歩き続けた。
★★★
「……お」
しばらく歩いていると、向こう側に橋が見えた。
橋の下には川が流れていて、水には透明感がある。川を汚す人もいないのが原因だろう。元いた世界とはえらい違いだ。
そのまま歩き続けて、橋を渡ろうとした――その時。
橋の上に人影を見つけた。
「誰だ?」
その人影には、どこか見覚えがあり……。
正体に気づいた瞬間、修也は走り出していた。
ここで会うのも、何かの運命なのだろうか。そんな事を無意識に考えた直後、修也は走りながら剣を抜く。
「ッ!」
修也がその男に斬りかかった時、妙な手応えが修也を襲う。男の首を狙った斬撃は、幾何学模様に押し留められていた。いくら力を込めても、その結界は破れそうにない。
「よう、待ってたぜ。ハヤカワ=シュウヤ」
「魔道具屋ァッ!!」
橋に立っていたのは――魔道具屋の青年だった。
「まあ落ち着けよシュウヤ。俺はお前と話し合うために来たんだ」
魔道具屋の青年の声で、少し冷静になる。修也は剣に力を込めるのを止めて、その場から跳んで離れた。
息を整えて、修也は魔道具屋の青年に尋ねる。
「俺がお前との話し合いに応じると思うのか?」
「いや? だから勝手に聞いてもらう。俺の話が終わるまで、お前を通さねぇ」
悔しいが、魔道具屋の青年の話し合いに応じるしかない。結界が厄介だし、そもそも魔道具屋の青年は、修也に攻撃する素振りを見せなかった。
修也は多少苛つきながら、無言で続きを促した。
「……さて、お前には、俺の目的を教えてやるよ――あのクソ領主を、シュウヤとエドワード王子の二人で、殺してもらう事だ」
「…………」
「そんな怪訝そうな顔をするなよ、事実だぜ?あの領主の依頼を受けたのは、エドワード王子にウルゴーンの野郎をぶっ殺してもらう為だったんだが……エレノア王女と仲良くしてる、シュウヤの存在を知ってからは、計画が少し変わった」
「……なに?」
「お前は、エドワード王子が失敗した時に、代わりにウルゴーンの野郎を殺す。元からそういう運命だったのさ」
その後、魔道具屋の青年は、衝撃的な事を告げた。
「よく聞け、エドワード王子は失敗した。お前が動かなければ、エレノア王女は取引に利用されるぜ」
そう言った直後、魔道具屋の青年は光に包まれて、その場から姿を消した。
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