第二十四話『説得』
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修也は、道具屋の方に戻り、呆然としているエドワードに話しかけた。
「おい、エドワード」
「……なんだ」
「本当に、これで良いと思ってるのか?」
「……ああ」
駄目だ。エドワードもこの状況に流されようとしている。エレノアを助け出すには、エドワードの協力が不可欠だ。やる気を出させようと、修也はある事を口にする。
「――お前の妹なんだろ?」
エドワードの瞳に、ほんの僅かな意志が芽生えた。やはり妹の話題になると、エドワードは弱い。修也はそのまま言葉を紡いだ。
「なぜ、それを知っている」
「一ヶ月前に、魔道具屋で聞き耳を立てた」
「……そうか」
エドワードは今、無力感に苛まれている。自分の妹が騎士たちに連れて行かれようとしているのを見て、何もしないほどに。こいつのやる気を出させるには、やはりエレノアの話題を出すしかない。
「いいか、お前の妹が連れて行かれようとしてるんだぞ。何の理由もなくだ。助けようとは思わないのか」
「……理由なら、ある」
「え?」
「魔道具屋で聞いたんじゃないのか? 私はエステル王国の王子で、エレノアはエステル王国の王女だ。ここの領主は、エレノアを人質にとって身代金を要求するつもりなんだよ」
そういえば、そんな話をしていた。大事なことなのに、なぜ忘れてしまっていたのか。だが、まあいい。エレノアが狙われている理由は、身代金を要求するためと。
なら、なおさら騎士たちにエレノアを連れて行かせるわけにはいかない。どうにかして助け出さなければ。やはりエドワードの協力は不可欠だ。
「……なあ、お前がわざわざこんな辺境に来たのは、エレノアを連れて帰るためじゃなかったのか? その目的を果たせずに、お前はただ静観するだけか? それが、本当に正しいと思ってんのかよ」
「……ああ」
「嘘付け! そんなわけがあるか! お前は、エレノアが身代金目的で連れて行かれるって知ってたんだろうが! ここにいる村人たちはそれを知らない。けどお前は知ってるんだろ!? だったら行けよ、助けに行け! 王子として、兄としてあいつを救え!!」
「……もう良いんだよ。ほっといてくれ」
「てめぇ!」
修也はエドワードの胸ぐらを掴んだ。そのまま何かエドワードを納得させるような事を言おうと思ったが、何故だろうか、言葉が思いつかない。
息を荒くして、エドワードを睨めつける事くらいしか出来なかった。
――突然、エドワードが口を開く。
「お前に……」
エドワードは、修也の胸ぐらを掴んで、叫んだ。
「お前に何が分かるんだよ! ああ、助けたいよ、助けたいさ! でも、エレノアを助けても、あいつは私が兄だと知らない、覚えてない! お前ならともかく、俺はなんだよ。この一ヶ月、お前たちを見てきた。お前たちは友達なんだろう!? じゃあ俺はなんだ!見ず知らずの相手に助けられて、それで……ッ!」
「お前が兄だと分からない? そんなこと、関係ねぇだろうが! あいつは明らかに、今の状況を嫌がってる。助けられたいと、そう思ってるに決まってる!」
「だから……だからなんだ! 俺はまだ、エレノアに俺の素性を明かしていない。お前は、俺が突然お前の兄だと言われたら嫌だろう。俺の妹が……エレノアが、俺の事を嫌いになってしまったら?そうなったら、俺は……」
「今更そんなことを気にしたって、どうにもならねぇだろうが! 今の、この状況を打開するには、お前の力が必要なんだよ! 妹を連れ去られそうになってて、それを助けない兄貴があるか!」
「まだ言うか貴様! どうでも良いと言っているだろう! 今更助けた所で、ここの領主が、また妹を連れ去ろうとする。そうしたら、また俺が助けるのか? 俺が兄だと知らないエレノアは、俺に助けられて、どんな気持ちになるんだ? 嫌われたくないんだよ、俺は!」
「自分勝手な奴だな…………。いいかよく聞け。あいつは、お前が兄だと知って、喜ぶに決まってる! 嫌がるなんてことはしない!」
「いいや嫌がる! あいつは嫌がるに決まってる! そうじゃないとおかしいんだ!」
「俺が保証する。あいつはお前が兄貴だと知っても、絶対に嫌がらない! 絶対にだ!」
なんてことだ。
エドワードはよりにもよって、『自分が兄だとしったエレノアに嫌われるのが怖い』から、この状況を静観しようとしている。
なんて自分勝手で、なんてどうしようもない。こいつは本当に王子なのか。
エドワードにはエドワードなりの思いがあるんだろう。それは分かる。でも、だからといって、それが妹を助けない理由にはならない。
いつの間にか、周りの村人たちに見られていることにも気づかずに、エドワードと修也は話し続けた。
「そもそも、お前は論点がズレてるんだよエドワード。妹に嫌われたくない? それがエレノアを助けない理由になると思ってんのかよ!」
「ッ!それは……」
「エレノアが身代金を要求する為だけに連れて行かれて、それで兄貴のお前が助けに行かないでどうするよ。今お前が助けに行かなくて、エレノアに嫌われなくても、後悔するぞ」
「…………」
「それでいいのか?」
「……良いわけが、ない」
「後悔はしたくない。けど嫌われたくもない。だったら、嫌われないことを祈るしかねぇじゃねぇかよ。あいつを助けて、自分の素性を知られて、嫌われても、後悔はしないはずだ」
「…………」
「行くぞ、エドワード。今にもエレノアが連れて行かれそうだ。このままじゃ間に合わなくなる」
「……分かった」
修也とエドワードは、お互いの胸ぐらから手を離した。
★★★
お互いに剣を抜き、その場から走り始める。幸い騎士たちはまだ村から出ていない。二人は家の屋根を足場にして距離を稼ぐ。
遠目でも分かった。エレノアはすでに涙目だ。何をされるか分からないまま連れて行かれることに恐怖していることには間違いない。
「……ッ!」
道具屋でエレノアを引き止められなかったことに、ものすごい後悔を感じた。友達を名乗っておいてなんてザマだ。修也は思わず下唇を噛み切った。
――だんだんと、騎士たちに近づいていくと、エドワードが話しかけてきた。
「……先程はすまなかった。取り乱して、危うく後悔するところだった」
先ほどとは違い、すっかり落ち着きを取り戻しているようだった。妹に嫌われたくない一心であの場を動かなかったとは、また皮肉な話だ。
「気にするな。こっちだって、お前の力が必要だったし」
前を向いたまま、修也はそう答えた。
「……もう少しで騎士たちの前に出る。覚悟を決めろよ、シュウヤ」
「分かってるよ」
何気に初めて修也の名前を読んだエドワードは、屋根を踏みしめて、高く跳んだ。修也も足に魔力を込めて、その場から跳ぶ。元いた世界で、これ程高く跳んだことはなかったと思ったのもつかの間。
――騎士たちの前に、着地した。
「……何者だ!」
そう言って、一人の騎士がその腰に吊るした鞘から剣を抜き、こちらに突きつけてくる。
「邪魔をするつもりなら容赦はしないぞ! そこをどけ!」
ふと、元いた世界でのことを思い出した。
こちらが抵抗しないのをいいことに、複数人で囲んでリンチされた時のことだ。目を閉じて、その光景を思い出す。怒りを湧き上がらせるために。
『キモいんだよ早川!』
『学校来んなよ、陰キャ!』
『死ね!』
歯をギリッと鳴らして、修也は目を開けた。目の前には剣を突きつけてくる騎士たちがいる。何故か、兜の中の顔が、自分をいじめたアイツらの顔と同じものだと、錯覚する。
こいつらのような人種はいつもそうだ。自分勝手で、何をしても許されると思っている。謝れば済む問題では、無いというのに。
「……うるせぇな」
剣に魔力を込めて、斬撃の威力を上げると、修也は目の前の騎士の兜を、思い切り叩き割った。騎士は持っている剣を落として、その場に倒れる。
「ッ! 貴様!」
全員が、修也とエドワードの元に向かってくる。
そんな中で、修也は獰猛に笑った。元来、修也には殺人衝動があったのかもしれない。あれほど抵抗のあった人殺しをしても、今は何も感じなかった。
「エレノアを……返してもらうぞ!」
そんな声を上げた後、修也とエドワードは向かってくる騎士たちに立ち向かった。
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