第二十三話『エレノア王女の正体』
何か、不味いことが起きている。それだけは確かなことだ。修也には、その肝心の何かが分からない。
エレノアという人物を探していると、あの騎士は言った。ウルゴーン領主様がそう命令したのだと。エレノアという名前を聞いて、修也は一ヶ月前のことを思い出す。
あの日、修也はわざわざ魔道具屋の裏にある路地のような所にまで行き、中の会話を聞いた。エドワードの妹が、エレノアという名前だということも、エドワードがエステル王国の王子だということも、聞いてしまった。
不味い。状況は最悪だ。このままでは、エレノアを探しに来たエドワードの努力が無駄になってしまう。それだけは、なんとしても阻止しなければならない。
「くそっ……どうする」
領主とやらを殺して、エレノアを攫う理由を無くしてしまうか。いや、それはだめだ。人殺しをしてしまえば、それはもう、今までの修也とは全くの別人になってしまう。
一番手っ取り早いのは、この村からエレノアを見つけて、エドワードに国に連れ帰ってもらうことだが……。修也には、エレノアが誰なのか分からない。
色々と考えながら道具屋の前を歩いていると、
バンッ!
「え?」
扉が激しく叩かれた。バンッ! バンッ! と、何度も何度も何者かが叩いている。まるで外に出たがっているような感じだった。
中から声が聞こえてくる。
「―――ちなさい! 今でて行ったら殺されるわよ!」
「みんな助かるなら、私が連れて行かれたほうがマシだよ!」
反論している方の声には、聞き覚えがあった。初めて迷宮に挑んだ時、道具屋で修也に武具などを勧めてくれた長い金髪の少女の声だ。しかしまあ、会話の内容が物騒だな。
あれからも時々道具屋で会い、数時間ほどくだらない話で盛り上がる程の仲になったが、修也は未だに少女の名前を聞いていない。
「まあ、少しだけ仲良くしようとは言ったし、これはその一環ということで」
中であの少女に何かあったのなら、修也としては助けたいと思っている。なんだかんだと理由を付けて、この世界での数少ない友達を助けるべく、修也は施錠されている扉を無理やり開けた。
「へ?」
あの少女の、そんな間の抜けた声が聞こえてきた。
道具屋の中を覗いてみると、数人掛かりで押さえつけられている金髪の少女がいた。何をやらかしたのかは知らないが、とりあえず何があったのかを聞いてみる。
「お前ら……俺の友達に何してんだよ!」
思ってもみなかった発言が、修也の口から出てきた。自分でも驚いている。どうやら、この光景は修也にとっては許せないものであったらしい。
衝動的に剣を抜きかけるが、危うく踏みとどまる。何をしているのだ自分は。ここはなるべく穏便に済ませるべきだろう。そんな事を思っていても、本能は剣を抜けと叫んでいる。
本能と理性がせめぎ合った結果、剣の柄に手を添えて前のめりになるという、変な体制になってしまった。
「シュウヤ! もういいから! 一旦落ち着いて!」
少女の声で我に返る。
だが、衝動はまだ残っていた。少女に近づきたいのを堪えて、修也は言葉を紡ぐ。
「……で、お前は何をやらかしたんだ」
「いや、少なくともシュウヤは私の事情を知って……」
少女の言葉が不自然に途切れる。押さえつけられながら俯いて、少女は何かを思い出しているようだった。ブツブツと何事かを呟いている。
様子を見ていると、少女は突然顔を上げてこう言った。
「そういえば、さ。シュウヤには、まだ私の名前を言ってなかったね」
すると、一拍置いて、
「――私の名前、エレノアって言うんだ」
この状況が、思っている以上に最悪であることを、知らされた。
★★★
「ねぇ、シュウヤ。私があの騎士たちに連れて行かれたらさ、村のみんな、助かるかな」
上目遣いで、そんな事を聞いてくるエレノアを見て、修也は何も言えなくなっていた。
「助かるだろうけど、それは駄目よ! あんたが居なくなったらこの店の店員全員で、領主の館に直談判してやるんだから!」
エレノアを押さえつけている従業員の一人がそう言うと、エレノアは悲しそうに呟く。
「もういい……だから、やめてくださいよ、先輩……」
「良いわけがあるか! お前は、この店の店員なんだぞ! 訳も分からないまま、言われるがままにして、それでお前は悔しくないのかよ!」
店員の人がそう言っているのを見ると、他の店員の人もそうだと言うように頷いている。エレノアは、よほどここの店員に慕われているらしい。
――というか、少し疑問に思うのだが、
「なんでエレノアが連れて行かれないと、みんな殺されるんだ?あの騎士たちは、誰も殺すとは言ってないのに」
修也の疑問には、店員の一人が答えてくれた。
「ここの領主の噂を聞いたことがないのか! あいつはなぁ、自分に逆らった奴らを皆殺しにしてるんだぞ!」
「……ええ?」
商人には税を掛けて、自分の統治している所の住民は、逆らったら殺す。それはもう、悪徳領主と言ってもいいのではないか。
こんな横暴をしている領主が統治しているのには、妙な違和感がある。なぜ誰も反抗しない。そもそも、ここはどこの国に属しているのか。分らないことだらけだ。
この際色々聞いてしまおうと口を開きかけた――その時。
「貴様らッ! その娘に何をしている!」
そんな声が聞こえたのと同時に、背中に衝撃が走った。修也は商品の置いてある棚を倒しながら、吹き飛ばされる。エレノアを拘束している人達も、皆別々の方向に飛ばされた。
「ガハッ!」
「シュウヤ!」
エレノアが、吹き飛ばされた修也に駆け寄ってくる。その様子を見て、エドワードはエレノアの手を引いた。
「すまないが、あなたの名前を教えてほしい」
エドワードがそう言った直後、エレノアはエドワードの手を跳ね除けた。そのまま修也に駆け寄ってくると思ったが、エレノアはそのまま扉に向かい、
「ごめんなさい!」
そう言って、道具屋から出ていった。
「君、少し待ちたま」
「――馬鹿野郎! あれがエレノアだ!」
エドワードに怒鳴って、修也はエレノアを追いかける。人混みに紛れて、あの金髪が見えた。そこに向って、修也は走る。
エレノアの行き先は分かっている。あの騎士達の所だろう。自らを犠牲にして、この村を救うつもりだ。道具屋の人達はこうなる事を危惧してエレノアを押さえつけていたのだろうが、エドワードのせいで、その徒労が完全に無駄に終わった。
「くっそ! おい、行くな!」
修也はそう叫んだ後も足を止めなかった。ザワザワとして、修也の叫び声がかき消された。エレノアは、真っ直ぐに騎士達の所に向っている。
エレノアの体格は小さく、人と人との間をスルスルと抜けられるが、修也の身長は170センチだ。どうしてもエレノアより時間がかかる。エレノアと修也との距離が、離れていく。
「エレノアァァァァァァッ!!」
――間に合わなかった。
「騎士様! 私がエレノアです!!」
その声が聞こえた瞬間、村に静寂が訪れる。
だが、一部の村人たちは、口々に言っていた。良かった、助かったと。一人の少女を差し出して、自分達は助かるのか。本当に、それで良いのか。
「協力感謝する! 村人の諸君!……ではエレノア、同行してもらうぞ」
「……はい」
エレノアは、ただ流れに任せて、この場を収めようとしている。自分を犠牲にして、この村の住民を助けようとしている。
ああ、何ということだろう。修也はエレノアの行為に、何の不満を抱けない。むしろ安心さえしている。連れて行かれても、もう知ったことかと言わんばかりに、修也は広場を去りかけた。
己の中で、声が聞こえる。本当にこれでいいのかと。納得出来るのか、と。
「…………」
こうやって、遠くで見つめているだけか。元の世界と同じように、ただ流されるだけなのか。
「…………違うだろ」
納得なんて、出来るものか。
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