第十八話『エドワードの事情』
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時は少し遡る――。
日が落ちて、夜の帳が下り始めた頃、エドワードは魔道具屋を訪れていた。今日の迷宮探索で手に入れた魔石を換金するためである。
鍛錬によって磨き上げた技術を持ってすれば、発生したばかりの迷宮など、たやすく攻略出来る。今日は迷宮の第四層まで行くことができた。
魔石も大量にある。大小様々な物があるが、そのどれもが美しい輝きを放っていた。あの醜悪なモンスター達から、なぜこんなものが出るのか。
そんなことを思いながら、エドワードは魔道具屋の扉に手をかける。
ガチャッという音を立てて、エドワードは魔道具屋の扉を開けた。中に人は殆どいない。エドワードは奥のカウンターにいる青髪の青年に話しかけた。
「これを換金してほしい」
「あいよ」
青髪の青年は気怠げにそう答えて、差し出された袋を受け取った。中身をカウンターにばら撒いて、魔石を一個ずつ鑑定していく。
エドワードはその様子をただ眺めていた。
ぼんやりと、ここに来た目的を思いだす。
迷宮の探索の為にこの村に来たわけではないのだ。この村にいるある人物に会いに来た。ただそれだけ。
――そこで、エドワードは青髪の青年の呟きを聞き逃さなかった。
「さすが、エステル王国の王子なだけはある。用心深いな」
「ッ! 貴様ッ! 何故それを知っている!」
自分の素性を知られていたことで、エドワードは激昂して、青髪の青年に詰め寄った。
――そう、彼の本名はエドワード=エステル。遠く離れたエステル王国の王子である。
エドワードの素性を知っているのは、同じエステル王国の国民だけだ。何故こんな辺境の村の住人がエドワードの事を知っているのか。
謎はすぐに解ける。
「俺もエステル王国出身なんだよ。だから知ってるんだ」
呆れたような声音で、青髪の青年は言う。
その言葉にエドワードは安心した。それと同時に些細な疑問が頭を持ち上げる。この青髪の青年は、エステル王国から遠く離れたこの地で、一体何をしているのか。
エドワードの疑問を察したのか、青髪の青年はその疑問に答えた。
「ここに店を構えたのは、ある人物の事を追いかけてきたからだ」
「……追いかけてきた?誰をだ」
「その前に、まずはあんたの事情を聞きたいなぁ、エドワード様。あんた、王子なんだろ。なんでアカゲラの村なんかにいるんだ」
エドワードは言葉を詰まらせた。事情を言うか、言わないか。胸中で少しだけ迷う。口を開きかけたその時、青髪の青年は突きつけるように、言った。
「――妹の場所を、知りたいか」
再び、言葉が詰まった。
エドワードは、この村で探しているのだ。かつてのエステル王国の内乱で生き別れた妹、エレノア=エステルを。
まだ幼かったエレノアをあの内乱から救い出して、育てたと言う人物からの情報を元に、エドワードはアカゲラの村を訪れていた。
どこにいるのかは、分からない。
だが、今目の前の男はなんと言ったのか。妹の場所を知っていると、そう言った。
「……知って、いるのか」
「ああ、知っているとも。そもそもこの村まで追いかけてきた人物が、エレノア王女なんだよ」
エレノアの場所を知っていて、しかもこの村まで追いかけてきたという、この男は一体何者だ。
エドワードは剣の柄に手を添える。
「何故追いかけてきた」
「ここら一帯を統治している領主に依頼されたんだよ。何でも、内乱で死んだと思われているエレノア王女を人質にすれば、多額の身代金をいただけるとか言ってよ」
「…………そうか」
一瞬の静寂。
次の瞬間、エドワードは鞘から剣を抜いた。
妹を追いかけてきたという、その目的は明らかだ。エレノアを誘拐して、ここの領主にその身柄を渡すつもりだろう。
エレノアに手を出すのなら、自分はそれをなんとしても阻止しなければならない。そんな覚悟を剣に込めて、エドワードは青髪の青年に斬りかかった。
だが―――突如出現した結界に、剣が阻まれる。
「何ッ! 結界だと!?」
「俺は魔法使いだ。魔道具屋の店員としてここにいるんだから、それくらい察しておくべきだったな」
青髪の青年は、落ち着いた様子でそう言った。
「エレノアに手を触れてみろ、貴様がどうなっても知らんぞ!」
憤怒の形相でエドワードは言う。
この男は、ここで殺さなければならないと、親の敵でも見つけたような気分になっていると、男は冷静に言った。
「まあ落ち着けよ、王子様。俺はあの領主が気に食わねぇんだ。前金は貰ったけどな、依頼を達成する気なんてない」
あくまでもひょうひょうとした、掴みどころの無い態度で、青髪の青年は言った。
「信じられるか! 貴様はここで殺してやる!」
「本当だ、信じてくれよ。その証拠に、俺は今日までエレノア王女を攫ってないぜ?」
エドワードは、その言葉で冷静になった。
一瞬この男の言葉を信じかけるが、すぐに思い直す。魔法使いと言うのは信用出来ない。
青髪の青年は、エドワードが冷静になったのを察したのか、その後も言葉を紡ぐ。
「最近来たお前さんは知らないだろうが、ここの領主は、俺達商人に重い税を課してやがる。村には何もしない代わりにな。商人が稼いだ金を、奴は自分の金として使ってるんだよ。はっきり言って、俺はあの領主の事が嫌いだね。依頼なんて本気で受けるものかよ」
ケッ、と吐き捨てるように言った青髪の青年の声音に、嘘の気配は感じられない。紛れもない本心を言っているのだと、エドワードは察した。
今の言葉を聞いて、エドワードは剣を鞘に収める。その様子を見て安心したのか、青髪の青年は結界を解いた。はぁっ、と息を吐いて、青髪の青年は椅子に座る。
ふと、エドワードは先ほどの青年の言葉を思い出す。
「……一つ問う」
「なんだい、エドワード王子」
「妹は……エレノアはどこにいる」
「ああ、エレノア王女ならこの村で働いてるぜ。だが、会いに行こうってならオススメしねぇな」
「……なぜだ」
「エレノア王女は、エドワード王子のことなんざ覚えちゃいねぇよ。エステル王国で内乱が起きて、エレノア王女と生き別れたのはいつだ?」
そう言われて納得した。
相手の立場になって想像してみよう。
ある日、いつものように仕事をしていると、そこに自分の親族と名乗る人物が現れる。しかもその人の身分は王子で、自分は彼の妹なのだと。
考えただけでもゾッとする。これでは自分はただの不信者ではないか。
「…………」
そういえば、先程からなぜ他の客が来ないのか。自分の後ろにはまだまだ探索者達がいたはずだ。もしや、外に自分達の会話が聞こえているのではないか。
「……それでは、私はこれで失礼する。魔石の換金は、もう済んだんだろう?」
「ああ、50000ゴルドだ。あと、さっき外の札を魔法で『閉店』にしちまったから、札を表にして、『開店』にしといてくれ」
「分かった」
エドワードは、50000ゴルドの入った袋を持って、魔道具屋を後にした。
★★★
――と、そんな話を聞いてしまった修也は、路地で呆然と立ち尽くしていた。
胸中を支配するのは、単純な驚きのみ。
「いやいやいや……え?」
エドワードの正体に、魔道具屋の青年の意外な実力。今の短い時間で起こった様々な事象を聞いて、修也は動揺していた。
「エドワードが王子で……あいつが魔法使いで……いやいや、皆なんかの主人公かよ。強キャラ感がすげぇな。怖っ」
そんなことを呟きながら、修也は路地から出た。そのままクルトの家に帰って、今日のことは忘れてしまおう。
修也はもう一度眠るために、クルトの家に向かった。
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