第十一話『近くの迷宮の噂』
次の日。
クルトが用意してくれた朝食を食べていると、クルトが何やら真剣な面持ちで話しかけてきた。
「ねぇシュウヤ」
「ん?」
やや硬めのパンを噛みちぎりながら、修也は返事をした。
「今、僕は君の剣を作ってるじゃない?」
それは、昨日のクルトの作業風景を見たから知っている。代金を払えと言外に言っているのか。
「まあそうだな。言っとくけど、金はちゃんと払うからな」
「ああ、ありがとう……いやそうじゃなくて!」
クルトはそうツッコミを入れた後に、ゴホンと咳払いをした。違うのなら一体何なのか。
「なんだよ」
「剣を作るのにさ、せっかくだから、特別な金属を使いたいと思うんだ」
その後、クルトは面白い話を聞かせてくれた。
どうやらこの近くには、アルデス山脈という山脈があるらしい。そこにはかつて大規模な採掘場があったのだが、数十年前に突如出現した迷宮によって、採掘場が飲み込まれたのだとか。
その採掘所で主に採掘されていたのがアドミウムという金属で、その金属で作った物は高い耐久性を誇るらしい。
だが、今はその採掘所は迷宮に飲み込まれているため、山脈の全域にモンスターが出現するらしい。それによって、ろくに採掘ができないのだとか。
「でも、シュウヤは昨日迷宮に行ってきたんだろう?」
「ああ」
「だったら、迷宮に取り込まれた採掘場に行くことも、アドミウムを採掘することも出来るんじゃない?」
今のクルトの発言には、2つほど問題点がある。
「……そうか? そのアルデス山脈にいるモンスターの強さも分からないし、そもそも俺、採掘なんてしたことないよ?」
「そう言うと思って、僕は昨日いいことを思いついたんだ」
クルトは一拍置いて、
「君には、《魔力物質化》の基本を身に着けてもらう」
そう言って、クルトは真剣な表情で、修也を見た。
それから少し経って……。
分かったことがある。
クルトはどうやら、自分で作った武器を試すために迷宮に行くことがあるらしい。
その過程で、《魔力物質化》という物を習得したらしい……のだが、
「クルトって戦えたのか」
「なんだい、その意外そうな表情は」
クルトはジト目でこちらを見てくる。その視線に居心地が悪かったので、修也は話の催促をする。
「ほら、んでなんだよ、その《魔力物質化》って」
「……まあ、その名前の通り、体内の魔力を物理的な現象に昇華させる技法だよ。例えば……」
そう言うと、クルトは台所に行き、包丁を持った。
何をするのかとその様子をじっと見ていると―――包丁が青白く光り始めた。
「それって……」
クルトが青白く光る包丁を振ると、包丁から光の刃が放たれた。その刃は、壁に鋭い傷跡を残して、消えた。
「僕も詳しい事は分からないんだけどね。体内にある魔力を剣に留めて、それから身体能力の強化と同じように、剣に留めた魔力を操作するんだ」
包丁を元の場所に戻して、クルトは真剣な面持ちでそう言った。
そして、クルトの言葉には聞き覚えがある。迷宮で会った金髪の男もまた同じことを言っていた。
「ほら、シュウヤもやってみると良い」
「えぇ……」
クルトに言われるがままに、修也は隅に置いてあるショートソードを手に取った。
「剣に魔力を込めるって、どうやるんだ?」
「イメージするんだよ。体内の魔力が心臓部から腕に、腕から手に、手から剣に流れる様を。大丈夫、僕にもできるんだから、シュウヤにもできるさ」
修也はそれを聞いて、どうにも納得できなかったものの、クルトの言う通りの情景をイメージする。
起きてからは、まだ2時間ほどしか経っていないからだろう。正直イメージするのが少し難しい……。
「すぅ……」
深呼吸をして、精神を統一する。
今度は無心でイメージする。第2の心臓から腕に、腕から手に、そして手から剣に魔力を流す……。
バチッ、という音が聞こえた―――途端、ショートソードが青白い光を放った。
成功、か?
「クルト、これは……」
「うん、成功だね。魔力を纏わせる事ができただけでも上出来だよ」
そう言って、クルトは肩をポンポンと叩いてくる。
剣に込めた魔力はまるで粘土のように形を変えられる。クルトのように斬撃を飛ばすことはできないが、何か他のことができる気がする。
「クルト、ちょっと離れてろ」
「え?」
イメージは光の剣。
修也のイメージの中の剣は、異世界で初めて襲われた熊を一撃で斬れるほど切れ味が良く、また長かった。
修也は右手に持つ剣を構えて、イメージを強固な物にする。
修也の右腕に電流のような物が走った――その瞬間。
「えっ!」
クルトが驚いたような声を上げる。
ショートソードから突如出現したのは、青白い光の剣。振り下ろしてクルトの家の壁を切断するまで、その姿を消さなかった。
パッと、光の剣が消えたのと同時に、修也の身に奇妙な倦怠感が残った。どうやら、体内の魔力が失われたらしい。
第2の心臓の鼓動を止めて、周囲の魔力を取り込む。
「その光の剣、凄いな」
クルトが驚いたような声を上げる。壁の事は一旦忘れることにしたようだ。
「いや、今のは込める魔力が少なかった。もっと多かったらあの光の剣をもっと長く出せたはずなんだ」
今の反省を述べると、クルトは興味津々な顔をしていたが、その後すぐに表情を引き締めた。
「でもさ、今のだけでも、十分他のモンスターに対抗出来るよ。これで雪山に行く気になったかい?」
確認するように、クルトは言った。
「ああ。準備したらすぐに行くよ」
修也もまたそれに答えて、その後クルトの家を出た。
★★★
また新しい迷宮に行くということで、修也はまた道具屋を訪れていた。
準備のこともあるが、ここにはそれ以外にも用事がある。
「あ、シュウヤさんこんにちは」
昨日会った少女が話しかけてきた。その長い金色の髪はとても印象的だ。
用があるのはこの少女だ。
「今日は借金を返しに来たんだ」
そう言って、修也は革袋の中から20000ゴルドの入った袋を取り出した。それを見て少女は驚いている。
「たった一日でこんなに……分かりました。代金15000ゴルド、有り難く受け取ります」
1礼をして、少女は革袋の中から15000ゴルド分の金貨と銀貨を取り出すした。その金貨と銀貨を革袋の中に入れると、少女はカウンターの方に行った。
少しして少女が戻ってくる。すると、また修也に話しかけてきた。
「それで、今日はどんな御用でここへ?」
「ああ、実は―――」
説明をするのに、少し時間がかかった。
「なるほど。そういう事でしたら、少し荷物は多い方がいいかもしれませんね」
修也の説明を聞いて、少女は修也の事情を理解したようだ。
「そういう訳で、アルデス山脈に行かなくちゃいけないんですよ。今残ってる5000ゴルドで、必要だと思う物を見繕ってください」
「分かりました。少々お待ちください」
そう言って、少女は店の中を歩いていった。
――それから少しして、少女は戻ってきた。
またあの台車を引きずっていた。台車の上にはバックパックと携行食、フラスコに入れられたポーションが置かれている。
「鞄、ポーション、携行食、合わせてちょうど5000ゴルドです」
「ありがとうございます」
代金の5000ゴルドを入れた革袋を少女に差し出した。すると、少女は革袋の中の5000ゴルドを新しい革袋の中に移した。
「ありがとうございました……所でシュウヤさん、1つ頼み事をしてもよろしいでしょうか」
「……はい、どうぞ」
そう言うと少女は修也に近づいて来た。他の客にも聞こえないような小さな声で、そのまま少女は言葉を紡ぐ。
「お互い、敬語はやめませんか?ほら、少しだけ仲良くしようと言ったのはあなたじゃないですか」
少女の提案は、修也にとっては少しハードルが高い。いきなり馴れ馴れしくするのは、同性なら簡単だか、異性となるとまた難しいのだ。
だがまあ、こちらも頑張ってみよう。
「――そう、だな。そうしよう」
修也が敬語をやめると、少女は途端に笑顔になり、
「うん。ありがとう」
そう、お礼を言った。
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