第九話『迷宮探索開始②』
スケルトンと戦ってから、修也は一度もモンスターと出会うことはなかった。
迷宮の景色は未だに変わらず、魔術師の女性が言っていた第二層に続く階段もまだ見つかっていない。
「ふぅ……」
ため息を吐きながら、修也は歩く。
ここまで来るまで、特に罠などは無かった。ただ起伏の激しい道が続いているだけ。
途中、何箇所か幅の広い穴があったが、修也の強化された身体能力を持ってすれば、飛び越えるのは容易だった。これは罠と呼べるのか。
迷宮といっても、第一層ならこの程度かと、油断していた――その時。
風切り音が、修也の耳を捉えた。
「ッ!」
途端、咄嗟に修也は右のガントレットを首筋に当てた。キンッ! という音を立てて、矢が地面に転がる。
奇跡的に命を繋いだ修也は、矢の飛んできた方向を向いた。
そこにいたのは、緑色の小鬼と表現するべき見た目をしたモンスターがいた。
「ゴブリンかよ、ひょっとして」
鞘から剣を抜き、下にだらんと下げる。そのまま辺りを見渡すと、いつの間にか自分が広間に来ていたのだと気づいた。
向こう側には、壁に穴が開いているのが見えた。そこには弓を構えたゴブリンがいた。
前衛に後衛と、なんともまあ、まるで人間の戦い方だ。
「奥に1体、目の前に2体、と」
口に出してゴブリンの数を数えると、修也はゴブリンに向かって走り出した。
ゴブリンも、修也の動きに反応して走り出す。だがその速度は修也よりも遅い。いや、遅く見えるのか。目を強化するというだけだが、これだけでもだいぶ違うのは、前のスケルトンで実証済みだ。
1体のゴブリンが、ナイフを修也に突き出してくる。修也はそれを剣を右から斬り上げて受けると、剣をゴブリンに振り下ろした。
まず1体。
視界の端に、他のゴブリンとはサイズが違うゴブリンが、手に持つ棍棒を振り下ろしてくるのが見えた。
左から剣を斬り上げてそれを受ける。思った以上の衝撃が修也を襲い、剣を持つ右手がビリビリと痺れた。
棍棒を持つゴブリンに斬りかかろうとしたその時、壁の穴の中にいる弓を持つゴブリンが矢を放つ。
無防備な左腕に矢が刺さる。鋭い痛みが修也を襲い、ゴブリンに斬りかかるのをやめた。
剣を左手に持ち替え、右手で左腕に刺さった矢を抜く。返しがついていたのか、矢は少しの抵抗を見せて修也の左腕から引き抜かれた。
ゴブリンから第2射が放たれる。修也はそれを切り飛ばした。すると、棍棒を持つゴブリンが修也に棍棒を振り下ろしてくる。
「ッ!」
修也は、棍棒を持つゴブリンの手に、右手に持つ矢を思い切り突き刺した。
「グキャッ!」
そんな声を上げて、ゴブリンは棍棒を落とす。
棍棒をゴブリンが落とした途端、修也はゴブリンの首を斬り落とした。血飛沫を上げてゴブリンが倒れる。
上にいるゴブリンが矢を放つ。剣を右手に持ち替えて、修也は飛んでくる矢を斬り落とした。
修也はその後、穴の中にいるゴブリンを見ながら、先程倒したナイフを持つゴブリンのもとへ行き、地面からナイフを拾い上げた。
「ふっ!」
気合を上げて、修也は拾い上げたナイフを、穴の中にいるゴブリンに向かって投げた。
目は強化している。狙いを外すことはないだろう。
弓に矢を携えていたゴブリンは、縦に回転しながら迫るナイフを避けることができずに、ナイフはゴブリンの胸に刺さった。
苦し紛れに放った矢は、何処かに飛んでいった。
ナイフがゴブリンの胸に刺さった事で、ゴブリンが上から落ちてくる。ドサッと音を立てて落ちたゴブリンは、そのまま微細な光の粒となって消えた。
「……ふぅ」
剣を鞘に収め、一息つく。
武器とはなんと厄介な物なのだと、そんな事を、思いながら、修也は周りに落ちている魔石を拾いに行こうとした。
「ん?」
すると、円形の広間の奥にある通路から足音が聞こえる。
「またかよ……」
修也は奥から来る何かを待った。するど、奥から現れたのは、二足歩行で走る、赤い毛皮を持った犬だった。
多分、コボルトだろう。
コボルト達は修也の姿を見つけると、真っ直ぐコチラに向かってきた。
その数、10体。
数が多く、しかも1体1体が武器を持っている。
「引き離して、1体ずつ戦うか」
方針を決めた修也は、円形の広間の奥に逃げ込んだ。その後を追って、コボルト達は広間に入った。
コボルト達は、円形の広間に沿うように広がった。右に5体、左に5体。囲まれたらアウトだ。修也は左のコボルト達を狙って走る。
コボルト達の前に行くと、コボルト達は一斉に修也に飛びかかって来る。視界がコボルト達の赤で満たされた。
「ッ!」
咄嗟に左に避けると、修也は空中にいるコボルト達の内、2体の胴体を続けざまに斬った。
3体目も斬ろうとした所で、コボルト達の内の1体が方向転換して、修也に斬りかかる。
修也には、そのコボルトの動きが見えていた。強化された動体視力と反応速度で、振ってくるナイフを避けつつ、ナイフを持つ腕を斬り落とし、その流れで首も斬り落とした。
3体のコボルトが光の粒となって消えていくのを視界の端に捉えつつ、修也は足を止めた2体のコボルトに剣を振り下ろした。
1体目は成す術もなく斜めに斬られ、2体目は下から振りあげられる剣を避けたが、振り下ろされた剣を避けることができずに斬られた。
「よし」
半分は減らせた。あと5体。
そう思い、コボルト達を見たが、何故か足を止めている。
あっさり5体のコボルトを倒したことに驚いているのか。モンスターの思考はわからないが、その瞬間を好機と捉え、修也はコボルト達に向かって走る。
動きを止めているコボルト達の内1体に目掛けて剣を振り下ろした。斜めに切り裂かれたコボルトは光の粒となって消えた。
そのまま2体目を斬り上げた剣で倒すと、コボルト達はようやく動き出した。
その内の1体がナイフで斬りかかってくるが、修也はそのコボルトの首を斬った。
2体目は跳んでそのナイフを振り下ろす。だが、姿勢を低くして避けると、そのコボルトに剣を振り上げ、斜めに切り裂いた。
3体目は逃げようとしたので、ショートソードを投げてコボルトに刺すと、それによって動きを止めたコボルトの背に刺さっているショートソードを引き抜き、首を斬り落とした。
――広間にいたコボルトは全て倒した。
「さて……拾うか」
鞘にショートソードをを収め、修也は広間にある魔石を拾いに行った。
★★★
「……お」
広間にある魔石を拾い、それからまた道を進んでいると、第二層に続くであろう階段を見つけた。
一瞬行こうか迷ったが、踏みとどまる。今回持ってきた革袋は、もう魔石でいっぱいだったからである。
最初の蟻の群れが不味かった。革袋の大部分を圧迫して、水筒も携行食も、取るのに苦労した。
「戻るか」
そう呟いて、アカゲラの村に戻ろうとした、その時――階段を登ってきた、黒い軍服を着た金髪の男と、目があった。
「……誰だ、君は」
そう問いかけてくる金髪の男の目は、何故か冷え切っていた。
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