俺の彼女はクールだけど優しいクラスメイトです
「…………好きよ……、あなたが私以外をパートナーにすると思ったら泣いちゃうくらいには」
俺のクラスメイトの大友七海。いつもクールな感じで、クラスの騒ぎを一歩後ろで見ているイメージのあるちょっと目立たない少女。
いつも友人とバカをやっている俺こと根津孝雄とは対極な存在、そんな彼女と俺の縁はお互いの共通の友人がいることで始まった。
「おはよう! 今日もバカやってるね、委員長の癖に」
「委員長がバカやっていけないルールはない。そもそも俺は立候補じゃない」
この学校では男女それぞれでクラス委員をやる。俺達2年3組では女子は明るいムードメーカーである中条靖子が選ばれたが、男子は誰もやりたがらず、俺がくじびきで選ばれた。
中条さんはちょっと活発系だが、男子と誰でも話すという子ではない。俺は同中だったので、お互い面識もあり、委員長の縁もあって、こうして普通に話せる。それを羨ましがられることも割りとある。
「相変わらず仲がよさそうね……。でもほどほどにしといたほうがいいわよ」
そんな絡みに中条さんと逆に低いテンションと声で絡んでくるのは、大友菜々美。俺はクラスメイトになるまで知らなかったが、高校に入ってからの大親友で、大友さんは中条さんのことをすごく大事にしているらしい。バカやってる俺に、中条さんが一緒にいるのが、あまりいい顔をしておらず、俺の評価は低い。割とつめたい目で見られることも多い。
「なんで? 別に委員長同士仲が悪くないことはいいことじゃない?」
「でも2人がつきあってるんじゃないかって噂は普通に流れてるわ」
「え! なんで?」
「なんでって、あなた元気っ子の割りに男子へのガードが固いんだから、仲のいい男子がいたらそう思われるのは自然じゃない。…………、まさか本当につきあってるわけじゃ?」
「へっ? ああああああるわけなじゃない! 何言ってるの!?」
活発タイプの癖に、恋愛間に初心な中条さん。事実そんなことはないのだが、ごまかしが下手すぎて何か見ようによっては……。
「ねぇ根津くん、本当に無いわよね」
このように無駄に大友さんに誤解を与える結果になる。
「ないよ。大体中条さんと俺は普通に中学から知り合いだから話すだけの話でしかない」
「…………、でもあまり2人でいると誤解を与えることには間違いないわ。靖子は他の男子とあなたを見る目は明らかに違うわ。どうも警戒心がないというか、安心しているみたいだから」
「褒められてるのか?」
「褒めてないこともないけど、あなたはどうもちゃらんぽらんだもの。つりあってないわ」
「えらいストレートに言うね」
「事実だもの」
「まぁいいけどさ」
「怒らないの? けっこう失礼なこと言ったつもりだけど?」
「別に。それだけ中条さんのことが心配なだけでしょ。それに俺みたいなタイプを大友さんがいいように思うはずもないし。むしろ話してくれるだけありがたいと思う」
俺は自慢ではないが、女子の友人は中条さんしかいない。こうして話してくれるだけでもありがたいものである。ちなみに、今日までそこそこ絡みはあったが、こうしてちゃんと話してくれたのは今日が初めてだ。
「……変な人ね、あなたって」
「よく言われなくもない」
「そんなお人よしな考え方じゃきっと貧乏くじを引くみたいな損する生き方をしていくことになるわ」
「別にいいんじゃないか? 俺はそこまで細かく考えて人生を生きてない。損得なんて気にしない」
「…………だからこそ、靖子のことが心配だわ」
「は?」
前後の脈絡がない会話に俺はどうも理解ができない。というか、俺の頭が多分悪い。
「あなたみたいな、よくもわるくも裏表の無い本音と建前がほぼイコールな人は絶対に靖子に嫌われることがないわ」
「こんどはけなされてる?」
「ええ、これはけなしてるわ」
「おっ、なんか機嫌がいいね。七海」
俺が大友さんに明らかに悪く言われているのに、中条さんいわく彼女は機嫌がいいらしい。
「何? その満足げな顔は?」
「別に、なんでもないよー」
中条さんの満面笑顔フェイスに、大友さんがちょっとむくれながらつっこんでいた。
「大友さん、いつもありがと」
クラス委員になってから、クラス長としての仕事も割と多くあったが、中条さんと2人きりになることは少なかった。なぜかいつも大友さんが付き合ってくれるからだ。
「…………別に。靖子も忙しいし」
中条さんは部活動もやっているので、少し忙しい。もちろん、クラス長としての仕事を彼女がサボることは無いが、どうしても時間が合わないときは俺が1人でやることもある、そういうときも大友さんは手伝ってくれるのだ。
「ほんとに大友さんには憧れるよ」
「何で? 多分私不機嫌だし、靖子と比べても可愛くないし、肉体労働はあなたに押し付けて頭脳労働ばかりだし」
「そこは適材適所でしょ。俺は頭脳労働じゃ役に立たないし、別に不機嫌に見えないし、大友さんは普通に可愛いし、頭がいい人って俺あこがれなんだ」
「……ぷいっ」
思い切り顔を逸らされた。不機嫌にしちゃったかな。
「…………そんなに信用した笑顔向けないでよ。靖子と2人きりにあなたをしたくないから、わざわざ靖子の仕事をとって監視してるのに、悪いことをしてるみたい」
「何か言ってる?」
「何でもないわ。口より手を動かして頂戴」
やっぱり不機嫌にしか見えなかった。
「あれ? 大友さん?」
さほど当てもなく夜の時間に外を出歩いて、ゲーセンやら本屋やらに行こうと思っていたら、駅前の辺りで大友さんに出会った。
「あら? 根津君、こんな時間に何をしてるの?」
顔が完全にいぶかしい。一応知り合いなのに、不審者みたいな感じだ。
「別に何の予定もないんだけど……、ふらふらっとしてただけ」
「根津君の家はこっちじゃないわよね……、私のことをつけまわすようなことをしてたわけじゃないわよね」
「俺そんなことしそうに思われてたのか」
「冗談よ、そんな面倒なことはしそうにないわね」
「理由を俺の人格じゃなくて、性格にするのはやめてください」
ため息をつきながら言われる、相変わらず手厳しい。
「こんな時間といえば、大友さんは何してるの?」
「私は習い事よ。部活には入ってないから、今日はバイオリンの習い事、他の日は茶道に華道に英会話もやってるわ」
「こんな時間まで?」
「高校生になってから、学校が終わるのも遅くなったから時間を変えてもらったの」
「へー、でもこの時間だと確かバスは終わってるだろ」
時刻は既に22時。この辺りのバスは21時で終わってしまう。確か大友さんの家もこの辺りではないはずだ。普段はバス通学をしているはず。
「ええ、だから歩いて帰ってるわ」
「大丈夫なのか?」
「ええ、一駅分だけ歩けば、電車はまだ動いてるから」
「でも、電車の本数少ないでしょ」
「ええ、電車も1駅乗るだけだから、歩いたほうが早いけど、お母さんが心配するから……」
この辺りはまだ人が多いが、この駅を離れると急激に人通りが少なくなる。正直女子の1人歩きは問題がある。
「歩ける距離なら俺がついてってあげようか? やることもないし。待ってる時間ももったいないし、どうせ時間余るし」
「…………」
はい、わかってました、すごく怪訝な表情を浮かべてきた。それなら電車を待つというだろうな。俺のほうが不審者より信用ないって言われる。
「やっぱ警戒してる?」
「夜道を男子と2人で歩いて、警戒しないほうがどうかしてるわ」
「ごもっともな意見です」
「はぁ、あなたにメリットないのに……。断るのも何か私が小さいみたいだし。いいわ、送って頂戴」
「え? いいの?」
「あなたが提案したのよ。何? 何かよからぬ考えでもあるのかしら?」
「いや、ないけど、断られると思ってた」
「あなたが何もしないくらいということが分からないほど、私はあなたからバカに見えているのかしら?」
「いいえ、ではお送りさせていただきます」
というわけで、夜にちょっとした大友さんと2人の時間となった。
「…………」
「…………」
会話が無い。しまった、俺と彼女の会話って、彼女側からの手厳しい言葉がほとんどで、世間話も中条さんが絡んでいるから、切り出し方が分からない。
「俺は何て無力なんだ」
「今さら何を言ってるの? 知ってるわ」
「い、いや、そういうことじゃなくて、俺から送る提案をしたのに、何にも会話ができなくて……」
「もともと私と根津君はそんなに楽しく会話をする関係じゃないわ」
「そうだね……」
そしてまた沈黙になる。
「ねぇ、また改めて聞くけど、靖子とは付き合ってるわけじゃないのよね」
「何度も聞かなくてもないって」
「うん、見た感じないとは思うけど、そんなにおびえながらおたおたされると、不安になるじゃない」
「だって、大友さんって、中条さんのことすごく大事にしてるじゃん。何か俺がやらかしたんじゃないかって思うし。俺が側にいるのも駄目なくらいなのに、余計に何かしてたら……」
「別にあなたは思ったより悪い人じゃないわ。もし靖子が本当に納得した男子がいるとして、それがあなたなら、別に怒らないわ」
「どういう心情の変化? 俺バカなままだぞ」
「それは知ってるわ。一緒にいてよりあなたが抜けてるのは分かった。テストの成績とか正直引いたわ。でも、悪い人じゃないならいい」
「言ってなかったけど……、私はもうあなたを結構信用してるから」
いつもポーカーフェイスな彼女のほんのわずかに口角画緩んだのを見て、ちょっと胸がどきっとした。
「あなたは無害よ。そういうの私は悪くないと思う……、じゃなくて……、えーと、靖子のことね。靖子はいい人に弱いところはあるの。きっとあなたにある程度心を許すのは、あなたがいい人だから」
「いい人って言われて悪くは無いけど」
「もし靖子に何もないなら、あまり下手な動きはしないで。傷つけてはほしくないから。そう、これを言いたくて、今日は一緒に帰宅しても言いかと思ったの」
「あー、なるほど。道理で最近やたらと大友さんからの目線を受けると思った」
「?」
あれ? 何で大友さんが首をかしげる?
「え、俺と中条さんの関係がどういうものか気になって、最近俺をやたら見てたんじゃなかったの?」
「見てた……?」
「あれ、俺勘違い?」
「い、いいえ、あってるわ」
表情はポーカーフェイスだが、ちょっと驚いた感じなのは分かる。
「でも確かに中条さんは憧れだよな。優しいし、美人だし、しっかりしてるし、俺のことを好きだなんてことがあったら、すごく嬉しいかも」
「……何かいらっとしたんだけど。どうでもいいけど、女の子を泣かせる男は最低よ」
「女の子を泣かせることなんてないって、俺に優しいのは、中条さんか大友さんだけだ」
「は? 私?」
「ああ、すごく親切じゃん」
中条さんが忙しいときの手伝いはもちろん、赤点回避や宿題忘れのときも手を貸してもらった。彼女はクールな感じに反して優しい。
「え……、確かにしてる……、でも……、靖子にあなたを近寄らせたくないから……、義務でやってただけ……、でも確かに、普通よりいろいろしていたような?」
「大丈夫?」
「私ちょっと気に入らないみたいだわ」
「何が?」
「あなたをちゃんと見張ってないと、靖子に勘違いさせる可能性はやっぱり高いわ」
「そんなことしなくても俺は大丈夫だって」
「だからあなたは大丈夫でも、靖子が勘違いするわ。あの子男の子への耐性ないから」
「え、えーと、大友さん」
「はぁ、何でなのかしら……、どうして私があなたを……。でもそうね、この気持ちはそうだわ。あなたが靖子のことを好きだとか、靖子があなたを好きだとか考えるだけでもやもやするもの」
「はぁ……」
何を言いたいのかよく分からない。
「あなたのまともに話す女子が靖子だけ、靖子のまともに話す男子があなただけ、だから勘違いが起こるの。だから、あなたは私をその分見てればいいと思わない?」
「えーと、つまり?」
「はぁ……自分でも信じられないけど、あなたのことが好きみたいだわ。何と言うか、放っておけないし、それに、あなたの隣にいるのがそんなに悪くない。この隣のポジションが違う人になると思うと、なぜか心が痛いの。だから……好きよ」
「え、えーと。俺も好きだ。いつも親切な君が好き」
こうして俺は彼女ができることになった。
ちなみに、中条さんは笑顔で応援してくれた。
「おはよう……起きて、孝雄」
俺がまどろんでいると、可愛らしい声が聞こえてくる、1人暮らしの俺には普段聞こえない声。まだ夢の中?
「おきたくないです」
「何で? 朝だから起きないと」
「こうしてたら、ずっと枕元に七海がいてくれるんだろ」
「おバカなこと言ってないで、着替えて降りてきてね。ご飯も作ってあるから」
付き合い始めてから時々七海は朝俺の家に来てくれる。その日は決まっているので、毎回こうして甘えてしまう。
今も起きずに布団に包まったままになる。
「……ちゅっ」
そしてこうしていると、キスをしてくれる。これでやっと俺は目を覚ます。
俺と彼女は、孝雄、七海と呼び合うようになったの以上に、彼女がものすごく俺を甘やかしてくれる彼女だった。それに俺はつい甘えてしまっていた。
たとえば、朝はときどきだが、昼は絶対に作ってくれて、一緒に食べる。
「根津君、口元にマヨネーズついたままよ」
たとえば、お昼を食べていると、口元の汚れをティッシュで拭いてくれる。教室のど真ん中で、小恥ずかしいが、されるがままである。ちなみに、2人きり以外のときは、苗字呼びである。
「ありがと」
「子供じゃないんだから、しっかりしてね」
「…………七海って駄目な男の子の面倒を見るのが好きだったんだね」
それを横にいる中条さんに苦笑いで見られる。俺の駄目男は否定しないけど。
「根津君がいまいちしっかりしてくれないから、しょうがないと思うの」
「俺も努力はします」
「うんうん、でも愛があるからいいんじゃない? お弁当の中身、全部根津くんの好物でしょ。前見せてもらった七海の弁当箱の中身と違うもの」
「あ、そうなのか……悪い。俺ばかり美味い美味い言ってて……」
「いいのよ。私も嫌いなものは入れてないし……、根津君が喜んでくれればそれでいいから……」
何と言うか俺にはもったいない彼女である。俺があまりお金がないことも知っているので、デートも絶対割勘、弁当や朝起こしてくることのお礼としておごろうとしてもやりたくてやってるから、笑顔で返される。
「よし今日は放課後デートだな!」
「それは別にいいけど、明日までの課題は終わらせてあるのかしら?」
「……終わってません」
「じゃあデートは中止ね。今日はその課題をやること。私も見ててあげるから」
「写させてくれるのか?」
「見てるだけよ。私のを写しても何一つあなたのためにならないでしょ」
全く持って正論。だだ甘やかしてくれる彼女だが、勉強については厳しい。
「よし、完了したぜ」
「お疲れ様」
夕方から夜にかけて課題を一緒にやってもらう。写させてはもらえないが、質問には答えてくれる。
正直七海のいい香りで集中力が半端なく落ちそうになるが、そこはこらえる。
ぽふん。
そうなぜなら、これを乗り切った後の、ダダ甘モードの七海が可愛いのだ。
七海も俺といちゃいちゃしたいのを、勉強に関することだけは我慢してくれる。
原則だだ甘な彼女が、勉強に関することだけは、絶対に甘やかさない。
だが、それだけに勉強がひと段落付いた後は、それが悪化する。
まず俺の胸元に倒れこんできて、俺を思い切り抱きしめてくる。
それで俺が頭を撫でてあげると、すごく満足げな顔になる。
「はぁ……、なんで私はあなたがこんなに好きなのかしら?」
「そういえば理由がよく分からないよな」
「ドラマというわけじゃないから、別に好きになることに具体的な理由が必要とは思わないけど、いつの間にかあなたが好きで、何でもしてあげたくて、できるなら何でも許してあげたい。でも、それって、あなたが好きになってくれた私なのかなって、不安になる。あなたは私を好きって言ってくれたけど、あの時点で私はあなたに対してあまり分かりやすい優しさを見せてなかったから……」
そういわれて、俺は笑った。
「そんなことないって、結局は今の七海も好きなわけだし。勉強では昔の七海も見れるわけだし、全然気にしなくていい。むしろ、これだけ甘やかしてもらって、捨てられたら俺が泣く。だからずっといてほしい」
「ふふ、しょうがないわね。孝雄は私がいないと駄目なんだ。じゃあこれからもずっと居てあげる」
笑顔で俺を甘やかしてくれる彼女。それでもきちんとメリハリをつけてくれる彼女、俺はとりあえず駄目人間にだけならないように誓うのであった。