相性
その後の保逵は、芥による烈、蛍、そして子歌の説明を聞いているのかいないのかと言った様子だった。ざっくりとした説明を聞いた後、大きな溜息をついて、子歌の方を見た。
「そんであんたは、ウトをここまでひどい状態にしてから、贖罪のために仲間を裏切った訳か」
子歌は保逵の心無い言い方に、頬を紅潮させた。
「な、によその言い方……」
「事実だろう。大体本当に止める気があるのなら、その清陳って奴をふんじばってでもどうにかすればよかったんじゃないのか。若い連中は後悔してるんだろ? じゃあ皆でどうにかしろよ。こんな回りくどく、自分だけは止めたのにって、今更正義面したところで、罪は変わらない」
「分かった様に言わないでよ!」
大きな声を出した子歌の目は潤んでいる。
「気が付いたら大変な事になってて、どうしようって思ってるうちにどんどん悪い方向に進んで行って、それが怖くて」
「怖いのは明日にも川が氾濫して沈むかもしれないって思ってる州民だろ」
「止めたかったけど、止められなかったのよ! だったらあんただって一緒じゃないの! 水衡にいて、州候の膝元でただ自分可愛さに席に座ってただけなんじゃないの!」
「……あのさあ」
「まあまあ!」
流石にこれ以上は看過出来ず、陸奥は割って入る。正直いつ止めるか最初の方から窺っていたが、飛び込む勇気が持てなかった。だが、もう限界だ。
「これまではいろいろあったと思うんだけど、それは置いといて。これから、どうにかして皆で最悪の事態を回避しよう! そのためにこうやって集まった訳だし。仲良く、は難しくても、目的は一緒なんだから、ね」
どうすればこの二人を止める事が出来るのか分からないまま、とりあえず適当な言葉を並べてみる。
保逵は、はいはい、と言って突っ掛かるのをやめたが、子歌は芥の胸に飛び込んだ。芥は役得とばかり上機嫌で、抱き付いている子歌の頭を撫でている。
陸奥はそんな芥の軽薄さに少し思う所はあったが、それは顔には出さなかった。
こんな調子で無事に一丸となって清陳を食い止める事が出来るのか、不安を覚えずにはおれない。元々が仲間意識の薄い即席の集団だと言うのに、保逵と子歌の相性は最悪と言っていい。出会って早々これでは、頭が痛くなってくる。
こうなって来ると、イモンへと行ったもう片方に期待をするしかないのだが、あちらはあちらで頭でっかちの青鞣、どこか抜けている司馬、単純思考の煉、何を考えているのかよく分からない砂の四人であり、余計にバラバラに思える。
芥の思う通り、即位式までが勝負なのだとしたら、およそ二月。川と海湖の様子を見て、それから工事の手配をし、そして着工するとして、果たしてどれ程の堤の増強が出来ると言うのか。門外漢の陸奥ですら、大した事は出来ないと分かる程、その期間は絶望的だ。
――そして、このままでは二ヶ月後、即位式が行われる事はない。
陸奥は未だに真昼の件を芥に言えずにいた。それを伝える事で、烈や蛍の立場が危うくなる。この集団は一瞬で瓦解するだろう。そして、それを知った狐が真昼を害するかもしれない。
兎に角今は、自分に出来る事を精いっぱいするしかないのだが、それが一体何なのか、陸奥自身把握できていないのがもどかしい。
「とりあえず、新しい仲間も増えた事だし、明日から皆で頑張ろう!」
場違いなほど明るい芥の声は、残念ながら誰を鼓舞する事も出来なかったが、本人は全く気にする様子はなく、鼻歌交じりで部屋を出て行った。
その場に残された者は、どうしていいのか分からなかったが、烈と蛍は続いて部屋を出て行ってしまった。
困った陸奥は、保逵と子歌、どちらかに話しかけようかと思ったが、どちらも躊躇われた。
泣き止んだとはいえ、精神状態は安定しているとは言い難い子歌か、苦手意識のある保逵か。迷ったが、腫物には触らない方がよいだろうと、保逵の方へ小声で話しかける。
「あのさ、部屋が、ここ、つまり子歌と同室か、青鞣様と同室か、なんだけど……ど、どっちがいい?」
こんな分かり切った質問をするのはどうかと思われたが、一応聞いてみる。
物凄く怪訝な顔をされたが、保逵は即答した。
「ここでいいよ」
思いがけない答えだったので、陸奥は驚いた。驚いた陸奥に、保逵は白けた顔を見せる。
「あんた、本当に青鞣の護衛なの? 気を遣うのは俺じゃなくて青鞣だろ。何抜けた事言ってんだよ」
「ご、ごめん……」
「何に謝ってんの。いいから行けよ」
全く持って保逵の言う通りなので、陸奥は小さくなりながら部屋を出る。数歩進んだ所で立ち止まり、廊下の壁にもたれかかる。
やはりどうしても保逵が苦手だ。
別に嫌いな訳ではない。保逵が言う事が尤もなので、自分の至らなさを痛感してしまい申し訳なさと恥ずかしさを感じてしまう。保逵が悪いのではない。自分が悪いのだ。
胸元から道が心配そうに首を傾げたので、陸奥は一撫でして苦笑いをした。
「なんでもないよ。私も頑張らないとね」
部屋に入ると既に芥は寝台に入っていて、眠っているようだった。夕べはあまり眠れなかったのだろうか。それとも馬を走らせ続けた事で疲れているのだろうか。
陸奥は音を立てないように注意しながら、自分も寝床へと入る。
少しの音では起きそうにない程、芥の眠りは深そうに見えた。




