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むつのはな  作者: あみか
第三章
92/102

駆引

「こんな夜更けにお呼び立てして申し訳ない」

 そろりと部屋に入って来た芥に、抑えた声で満丈は声をかけた。

「いえ、まあ。こうやって州候直々に二人きりでのお話があるとくれば、お楽しみを少しくらい後回しにしても構いませんよ」

 ぐふっ、と嫌な忍び笑いが聞こえて、先に部屋に入って潜んでいた陸奥はとてつもなく不快になった。

「やはり、護衛にわざわざ女子おなごを選ぶとはそういう事なのですか」

「男だけの旅路程むさ苦しいものはありませんよ。旅先での出会いもよいものですが、仕事での滞在ではあまり羽目を外せませんからね。……州候はいいみせでもご存知でしょうか」

 また嫌な笑い声が漏れた。

 あの弛んだ顎を揺らしながら笑っているのかと思うと陸奥は眉間に皺を寄せざるを得ない。

「なるほど。王宮礼部とは堅物の集まりかと思いきや……そうでもないようですな。次の機会には手配しておきましょう」

「よろしく頼みます。州候も、二重月の即位式にはご列席なさいますよね。もしゆるりと首都州に滞在されるようでしたら、何なりとお申し付け下さい」

 これに対して即座に返事はなかった。返事をしないというよりは、何と言うべきか考えあぐねているようにも感じられた。

「そう……ですな。その折には是非……」

「私は」

 芥はこれに気が付かなかった振りをした。

「繋がりが欲しいのですよ、州候。この年で一番下とはいえ爵夫を手に入れ、自分で言うのもなんですが、かなり出世が早いのです。ですが」

 芥は膝をついておもむろに州候の手を取った。

「こんなもので人生満足する訳には参りません。若者の早い出世を妬むものが非常に多く、今私は一人でも味方が欲しい。のし上がるためであれば、今ここで御御足おみあしを舐める事ですら厭いません」

 上目遣いで舌なめずりをした芥には、男だと分かっていても何処か色気があり、州候は一瞬錯覚を覚える。

 ――男色の気はないはずなのだが。

「だ、だが私とて一介の州候に過ぎぬ。青鞣殿の出世の力添えが出来るとは思えぬのだが……」

 芥はゆるりと立ち上がって、今度は州候の顎を人差し指の背でするりと撫ぜる。

「これでも私も金花の端くれ。私の直感が、州候は大きな事をなされる御方と告げております。州候で収まる器とは到底思えませぬ」

 満丈はくらりとした。実際に立ち眩みをした訳ではなかったのだが、今度は先程とは打って変わって自分が女性になって口説かれているような感覚に陥る。

 その初めて感じる感覚は、恐ろしさや戸惑いよりも、このままもう少し感じていてもいいと思えたものだった。

 奇妙とも言える心地ではあったが、恋心に似た疼きでもあり、これをこのまま冷静に手放すのは惜しまれた。

「買いかぶっておられる。確かに上を目指したい気持ちが全くないと言えば嘘になるが……」

 本当はもう少し触られていたいくせに、州候は芥の指を押しのけた。

 買いかぶっているのであれば、もう少し強く押して欲しい。だから敢えて引く。

 そんな男女間でよくある駆け引きを、ふくよかな初老の男性と若い男性で行っている様を陸奥は複雑な心境で眺めていた。

 暗闇で殆ど見えない分、余計に想像力が働いてしまう。衣擦れの音がやたらと耳についた。

「上を目指そうと思える事が素晴らしい事だと思いますよ。州候がそばにいてくれるのであれば、百人力です」

「だが、まだその時ではない……」

「いつまで待てばよいのでしょうか」

 芥は押しのけてきた州候の掌を押し留めて、その中指と薬指を掴んだ。

「す、数年は難しいだろう」

 まじまじと見詰めてくる芥に満丈は顔を逸らす。視線を合わせれば、心の中を見透かされてしまいそうな気がしたからだ。

「数年……二、三年でしょうか」

「いや……」

「五年?」

 首を真横に逸らしたまま、満丈は頷いた。

「それでは新王の元での体制が固まってしまいます」

 芥は握った指をさらにぎゅっと強く握りしめた。

「恐らく……王は……」

 満丈が言いかけた言葉は文にはならなかった。

 ふいに握られた指から圧力が消えた。芥がその手を離したのだ。

「ご無理を言って申し訳ありませんでした」

 一歩下がって満丈から距離を取った芥は一礼する。

 満丈は焦った。ここで言葉を間違えれば芥は確実に部屋を出て行くだろう。それが一体どういう気持ちなのか本人にも分からなかったが、それはとてつもなく堪らなかった。

「五年で私は確実に位が上がる。それまで待ってもらえるのならば、私は君の後ろ盾になれる」

 芥は小首を傾げただけで何も言わなかった。半信半疑といった様子である。

「あくまで可能性としてだが……王にはうしお様がなられるとの噂がある」

 芥は目を見開いた。

 陸奥も漸くそこで五年の意味を理解する。

 王座に着けるのは二十四からだ。今年第一王子がやっとその年齢になる。六年も空位だったのにはこの決まりがあるからだった。だが、第二王子の潮は現在十九。長男の夜半よわは御年二十一だが、これはこの国のしきたりに則って王位継承権が過去逆転し、夜半は第三王子になっている。

 ――五年。これは第二王子が登極する事を意味した年月だったのだ。

 つまり、満丈は真昼が行方不明である事を知っている。そして、彼女は戻って来ないと暗に言っている。

「州候は、第二王子の一派に強い繋がりをお持ちなのですね」

 芥は驚きつつもそれ以上の感情は表さなかった。

「是非そこに、私の名も連ねさせて頂きたい……。よろしければその方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。王宮にいるのであれば、ご挨拶申し上げたい」

 これには満丈は首を横に振った。

 この意思表示は明確だった。恐らく芥が押しても引いても答えてはくれないだろう。

「私のような若輩に信用がないのは分かります。ですが、お話だけでも通しておいて頂けますか?」

 満丈は頷いた。

 頷いたが、それ以上の情報提供はなさそうだった。一連のやり取りが終わって、満丈はどうやら落ち着きを取り戻したように見えた。むしろ話し過ぎたというような表情をしている。

 取り込むはずがいつの間にか取り込まれている。何故そうなったのか満丈には分からない。

「そう言えば折り入ったお話というのは何でしょうか?」

 芥はわざとらしく話の主導権を満丈へと渡す。

「いや、それは……」

 何か話すとうっかり口を滑らせてしまいそうで恐ろしい。満丈は口籠った。

「首都州への渡り方を、他に知っている者はいるのだろうか?」

 芥はにこりと微笑んだ。

「ご心配はいりません。私の他には、ほんの一握りしか知らぬルートです。漏れる事はほぼないと考えておりますし、知っていても実際にそれを使うものはおりません。王宮にとっても門外不出の御業です」

 芥は人差し指を立てて唇に当て、秘密であるという仕草をしたので、満丈はそれ以上の言及は諦めた。

「して、青鞣殿は州相へ何の用事だったのであろうか。書簡をしたためて頂ければ後日渡しでおこう」

「雀もなく連絡の手段がなかたので、実際の状況確認ですよ。特に深い理由はありません。ついでにウトの現状調査と言ったところです」

「現状調査ですか……。何かありましたかな?」

「そうですね。先程も述べましたが雨量の件は心配ですね。工事に人手や資金が足りないようでしたら上に申し送り致しますが……」

「いや、それについては不要ですぞ。人手不足とは言え王宮や首都州の手を煩わせる程ではない」

「流石、敏腕でいらっしゃる。……それと、不思議な話を耳にしました」

 芥は軽く笑いながらその話題を口にした。

「謎の怪異が起こっている、それは古来蔓延(はびこ)った妖怪なる者の仕業、と」

 ――おかしい。

 これには陸奥の鼓動が速くなる。煉達と怪奇現象をでっち上げた事を芥が知るはずがない。そんな噂が立っているのはウトでも極々限られた地域だけだ。芥がウトに入ってから、その噂を耳にする機会などなかった。どう考えても有り得ない。

 満丈から情報を引き出すためのはったりだったとしても、あまりにも事実に即している。

「所詮は民草の噂ですが――イーリアス神の威光が落ちているとなれば、礼部として由々しき事態と捉えざるを得ないのです」

 窓から差し込む僅かばかりの光の筋。それ以外にこの部屋を照らすものはない。

 暗闇の中で芥への返答を探る満丈は、その筋をじっと見詰め、少し時間を要してから口を開いた。

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