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むつのはな  作者: あみか
第三章
89/102

 通されたのは小部屋だった。小部屋と言っても陸奥の住んでいる家よりも広い。豪奢な家具や調度品が並べられてはいるが、陸奥にはそれがどれ程の価値なのか見当もつかなかった。

 芥とは別々の部屋に連れて来られた訳だが、ここにはたくさんの煌びやかな衣装や装身具が準備してあり、宴席のために好きなものを着ていいという事なのだろう。

 入口付近でその様子をにこにこと伺って来る女中達は、陸奥が衣装や飾りを選んだらすぐに着替えや髪を結いに近付いてくるに違いない。

「あの……」

 陸奥はがっかりされるだろうなと分かっていながらこう言うしかなかった。

「私は護衛だから、こんなひらひらとした服は着られないのです。いざという時動けないと困るので。正装でないと駄目だと言うのであれば、武人の正装を持ってきて頂きたいのですが」

「そんな……! ここは宮中ですわ。ご安心なさって下さいな」

「そうですわ。折角肌も白いのですからお似合いになる事請け負いでしてよ」

 数人がかりで説得されるが、本当に無理なものは無理だ。それは護衛云々ではなく、陸奥が個人的に着たくないだけだったのだが。別にお洒落が嫌いだとかそういう事ではない。それなりに身なりに気は遣うし、流行だって気になるが、流石にここまで派手な物を着るのには抵抗があった。

「そう言われましても仕事ですので……兎に角袴褶(ズボン)でお願いします」

 どうにかこうにか頼み込んで、漸く女中達はぶーぶー言いながらも陸奥の希望の範囲内に収まる衣を持ってきた。

 髪飾りは重くなればそれだけ動きが悪くなるのだから、纏めて貰っても装飾は最小限に頼んだ。あれこれ薦められたが、陸奥は簪を二本選んで、あとは適当に彼女達に任せた。簪はいざとなれば刺すくらいは出来るので、選んだ理由としてはそれだけだった。

 女中達が驚いたのは、陸奥の耳に穴が開いていない事だった。普通は小さい頃から開けるものだったし、それが女将軍であろうと通常は小さくとも何かしら付けているものだ。これは陸奥も知らなかったし、開けていない理由を咄嗟に見繕う事が難しく、結局ずぼらで気が付いたら閉じていたと言うのが精いっぱいだった。

 そう言われれば芥だけではなく青鞣、司馬にも開いていたような気がする。

 陸奥は普段ポニーテールに軽く結ってはいるが、短い毛は耳の前に垂らしているので今まで気が付いた者は少ないだろう。

 開けようか、とも思ったが、何となく勇気が持てなくてその考えは一瞬で否定された。

 かしましい女中達におもちゃにされながら、宴席の前にどっと疲れてしまう陸奥であった。


「遅かったじゃないか。そんなに着飾って……」

 振り向いた芥は陸奥がそれ程着飾っていないのを見て、あからさまに残念そうにした。

「護衛ですからね、青鞣様。裾でも踏んだら洒落になりませんよ」

「楽しみは後にとっておくよ。王宮の方がもっと色々揃ってるしね。また次回期待してる」

「……いやいや」

 実際に王宮の方が衣服も装身具もごまんとあるのはそうだろうが、本気で陸奥を王宮にまで入れる気は毛頭ないだろう。

 全てが終われば今度こそ芥とはお別れだ。今回は特別な事情があったとは言え、民間の居酒屋に爵夫が来るなど聞いた事がない。王宮とはそれ程に遠い存在なのだ。

 だから冗談であっても、未来の話をされるのはうれしいと思えたし、同時に寂しさも覚えた。

 時々彼に恐ろしさを感じる事はあっても、それでもそう思ってしまう。

「そう言えば陸奥はよくあの子が財布をくすねたのが瞬時に分かったね」

「ああ」

 言われて思い出すが、別に陸奥は芥がすられた瞬間を目にした訳ではない。

「あの子達、宿を出た時にいたんだよ。やたらこっち見てるなあとは思ったんだけど、逆方向に行ったのまで確認したから追わなかったんだよね。なのに目の前から飛び出てきたから怪しいなと思って」

「……陸奥ってさあ……性格は用心棒に全く向いてないのに、技術的には長けてるから困るよね。いつか悪い大人にいいように利用されるんじゃないかと僕は心配だよ」

「そ、そんなに向いてないかな……」

 大きく頷く芥に陸奥は僅かながら落ち込んだ。自分でもそうかなと思っていたところを他人に言われるのは傷付く。だがそれが真実なのだろう。

「これで引退しようかな……」

 そう零したあたりで足音が近付いて来る音がしたので、陸奥と芥は顔を見合わせて襟を正した。


 シャンデリアの灯りが長い卓の上から降り注ぐ。壁沿いには豪華な装飾の施された燭台が立ち並んでおり、陽が沈んでも昼間の様に明るかった。額縁に入った格言は、流れるように崩した筆の跡が繊細かつ荒々しくて、詰まる所陸奥には何と書いてあるのかさっぱり読めなかった。

 卓の上には様々な食事が所狭しと並べられており、その合間を縫うように等間隔に置かれた蝋燭がゆらゆらと揺れている。

 出汁の効いたスープの匂いや、焼き加減が絶妙の肉と香草の香りが食欲をそそる。とろとろの玉子や照りが入ったたれも見た目からして美味しそうに見えたし、季節の果物も器から転がり落ちそうな程積まれている。

 丁度お腹も空いてきた頃合いだったので、これは毒を盛られずとも何かうっかり話してしまいそうだ。

 駄目だと思いつつも、種々の料理から立ち上る湯気を見ずにはおれなかった。

「突然の招待にも関わらず、ご快諾頂き光栄です」

 近付いて来てそう話しかけてきたのは、やや寂しくなってきた頭髪の半分以上が白髪に変わった、腹の出た男だった。

 はっきり言って清潔感はない。嫌悪感はあったが陸奥は無表情を貫いた。

 この男が州候なのだろう。芥に言われた通りに片膝をついた。

「とんでもございません。無礼な訪問をしたにも関わらず、このような席をご用意下さり感謝申し上げます。王宮礼部下男夫の青鞣と申します。拝謁賜り光栄にございます」

 芥は膝をつき会釈してまた立ち上がる。その腰の黒瑪瑙が揺れた。

「護衛をして貰っている兵部下初夫の司馬です」

 芥がそう陸奥を紹介したので、膝を折ったまま頭を下げた。

「遠路はるばるお越し頂き有難い事です。私はウト州候の満丈まんじょうと言います。そもそもお預かりしているじゃくが死んでしまったので、それはこちらの非なのですからお気になさらず」

「そう言って頂けると幸いにございます」

 二人は握手を交わしてにこやかに挨拶を済ます。


 ――雀が死んだ。

 州候がそう言った事で、陸奥は宿での会話を思い出していた。

 芥が前触れもなく州庁を訪れて門前払いされなかったのには理由があった。本来であれば突然訪問したところで取り次いでは貰えないらしい。

 だが、ウトに貸し出している形のじゃくが王宮に帰って来ていないのだと、芥は言った。

「雀って何?」

 聞きなれない言葉に、陸奥は思わず聞き返した。

「雀は、王宮と各州を繋ぐ鳥だよ。言葉を拭き込めば、相手の所まで飛んで行ってそれをさえずって伝えてくれる、不思議な鳥だ。書簡なんて出していたら、往復するだけで膨大な時間がかかるから、王宮と各州は雀を飛ばして連絡を取る事になる」

「そんな鳥、いるの?」

 見た事も聞いた事もなかった。書簡のやり取りは、配達人が行うものだと認識していたのだが。

「これは知っている者の方が少ないだろうね。一般には存在しない、王宮にのみ生息……と言うと変だが、まあ兎に角王宮には神鳥しんちょうがいくつか飼われていて、雀はその一つという事だよ。それが帰って来ないし、橋も落ちてる。どうやっても事前に連絡なんて出来やしないんだから、押しかけるしかないよね」


 にわかには信じられなかった。だが実際に州候の口からもその言葉が出て来て、陸奥は漸くそれが現実に存在している鳥なのだと理解した。

 この国は文化だけではなく、何かが陸奥の知っている常識と違う。

 神鳥の他にも、この国に来て確かに違和感を覚えたものがいくつかあったはずだ。

 それがなんなのか陸奥には分からなかったが、正直薄気味悪いような気がしたのは間違いない。

 雀の存在も、それがいいものだとは陸奥にはどうしても感じられなかった。

 自然には存在しない鳥。摂理に反する存在を、どうしても受け入れる事が出来なかった。

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