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むつのはな  作者: あみか
第三章
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庁舎

 部屋に戻ったが、芥の姿も双子の姿もそこにはなかった。芥が出発の時刻と指定した時刻までまだある。

 さっきまでは何となくどうにかなりそうな気がしていたが、実際に話すとなると一体何をどう言えばいいのか分からない。

 陸奥は所在なさげに殆どない荷造りをしながら芥の戻りを待ったが、結局彼は部屋に戻っては来なかった。


「陸奥!」

 窓の外から声が聞こえて、急いで外を覗くと芥が子歌と一緒に立っているのが見えた。どうやら出発するぞという意味らしい。

 慌てて飛び出して受付に部屋の鍵を返す。どうやらお代は芥が既に払ったようだった。

 これでは話し合う時間などない。陸奥は馬を引きながらほっとしたような残念なような複雑な心境になった。

「大声でお呼びになるのは恥ずかしいのでおやめ下さい、青鞣様」

 何故か青鞣の名を使えば自然と敬語がすらすらと出て来るから不思議だ。表面上だけ軽く詫びた芥は小歌と共に馬に跨った。陸奥も一人騎乗する。この分け方ではやはり話のしようがない。

 芥の荷に烈が、陸奥の荷に蛍が紛れ、一行はジュウ藩を目指す事とした。二日も見れば到着するだろう。

 一体子奏は何をしに何処へ行ったのか。小歌を押さえておけば子奏は裏切る事は出来ないと踏んでの事だろう。

 芥の目的は拉致された者を保護する事と、第一王子の捜索のはずである。彼は今第一王子がイモンにいる清陳の所にいると推測しているはずだった。だとしたら何故寄り道する必要があるのだろう。

 式典まであと半年くらいの感覚でいたが、よくよく考えればもう今は楽月らくつきも終わろうとしている。式典は二重月ふたえづきのはずであるから、神月かみづき燃月もえづきとあと三ヶ月しかないのではないか。そんな悠長にしている暇などないはずだ。

 何か隠している事がある。だが、それは陸奥もそうだ。今彼に王子はヒッサの狐の所にいると言ってしまえば彼の問題は半分解決する。だが、陸奥はそれを伝えるきっかけを掴めなかった。


 二日の間、陸奥は何も行動を起こさなかった。芥には大体小歌がくっついていたし、陸奥はなんとなく小歌と仲良くする気になれなかった。小歌も陸奥の事を「青鞣様の従者」くらいにしか認識していないようで、必要以上に近付いては来なかったので有難かった。

 そして辿り着いたジュウ藩の庁舎がある街、セイキュウは以前見たイモンと同じように、濁った水が暴れながら川を満たしていた。

 一行は河川の様子を見に土手へと向かってみるが、そこへ至る道が封鎖されている。芥はそんな事はお構いなしに馬を降りて先へと進んで行ったので、陸奥も慌ててそれを追いかけた。

 木材や石材など、工事をしようとしている風には見受けられた。だが。

「誰もいない……」

 資材があっても工事をする者が一人も見当たらなかった。大体こんなに広い地域を工事するのにこれっぽっちの資材でまかなえるとは素人の陸奥でも到底思えなかった。

「そもそも工事する気がないのか」

 やっている体を民衆に見せておきながら、実際は何も着手していない。これでは清陳が雨を降らせれば簡単に越水するだろう。

 芥は暫く河川の周辺を見た後馬を降りた場所まで戻ったが、終始無言だったのが気になった。

「庁舎へ行く。お前らは宿を取っておけ」

「あく……青鞣様!」

 陸奥は馬に跨ろうとした芥を掴んで止めた。

「私も、お供します」

「不要だ」

「いえ、行きます!」

 ここで芥に何と言われようとも、絶対に付いていく。陸奥の心は固かった。半ば睨むようにして芥を見詰めるが、珍しく芥が折れた。

「……分かった」

「青鞣様私も」

 陸奥とのやり取りを見た小歌もそう言ったが、芥はそれを却下したため、小歌は烈と蛍を連れて仕方なく宿へと向かった。

 芥と陸奥は同じ馬に乗り、藩庁舎へと向かう。

 何故工事を進めないのだろうか。ここの藩主は、民衆を見殺しにするつもりなのか。

 この州に来てから、すっきりとした青空をとんと見ていない。晴れの日がないだけで、なんとなく気分が上がらない。天候が心身に及ぼす影響は意外と大きい。ウトの人々は生活だけでなく心も脅かされているのだ。


「陸奥、そんなに僕と二人きりになりたかったの?」

「道の事ちゃんと分かって言ってるよね?」

「あー邪魔者がいたかあ」

「茶化さないで……お願いだから。ねえ、何を考えてるの? 芥の考えが全然読めなくて、時々恐ろしい。このままだと芥の事信じたくても信じられない。じゃあ信じなきゃいいって思うかもしれないけど、信じたいんだよ……。芥の気持ち、ちょっとでいいから教えて欲しい」

 我ながら女々しい事を言っているなとは思う。もう少し言いたい事を整理してうまく伝えるつもりだったのに、実際に言うとなったらこんな言い方しか出来なくてもどかしい。

 これで芥が拒絶するのであれば、もう一緒にいるのは無理だ。勾玉は陸奥の手中にあるから、このまま別れるのも致し方ない。

「陸奥はさあ、人質を取られてるって言ったよね」

「え? うん」

「僕も似たようなものさ。僕の匙加減一つで命が失われるかと思うと、本当にやってられないよね。陸奥がその人達を助けるために必死なように、僕もこう見えても必死だよ」

 それは雨降りの者達の事を言っているのか、真昼の事を言っているのか、それとも――?

「言っただろう。悪いようにはしないって。信じてよ」

 信じてと言っただけで信じて貰える程世の中甘くはない。だが、陸奥は結局甘いのだ。小さく、うん、とだけ呟いた。

「……なんだかなあ。あの怒り以外の感情のなさそうな青鞣にも、よく人の気持ちが分かってないって言われるんだけど、まさか陸奥にまで言われるとは……。地味にくるな、これ」

 天を仰いだ芥の声が思いのほか情けなくて、陸奥は笑ってしまった。

 感情をぶつけるのは難しいが、それでも話してよかったと思う。烈に背中を押して貰えて本当によかった。


 そうこうしているうちに、二人は庁舎の前まで辿り着く。裏手の馬駐うまとどめに馬を繋いで、二人は庁舎の門をくぐった。

 陸奥は藩庁舎に入るのは初めてである。そもそも一般市民が庁舎に用がある事など殆どない。

 芥は慣れた足つきで奥の方へと進んで行くので、陸奥は黙ってそれに付いていく。

 芥はこの間に陸奥に頼み事を一つした。陸奥はそんな事出来ないと最初は断ったが、どうしても必要だと言われて渋々了承した。

 やがて芥は黄緑色の玉を提げた官を見付け、陸奥に合図をする。

 陸奥は頼まれた通りにその男を捕まえて、来る時に見付けておいた人通りの殆どなさそうな暗い廊下にねじ込んだ。男は悲鳴を上げる暇もなく、芥は思わず拍手をした。

「な、ななな何ですかあなた達は」

「しっ」

 陸奥は布で男の口だけを塞ぐ。芥が男に接近し、低い声で囁いた。

「藩主の所まで案内頼めます?」

 口を塞がれたままの男は目線を下に落として驚愕した。芥は男にだけ見えるように玉を示す。黒瑪瑙、男夫の証である。何の装飾もない橄欖石を付けた彼は下初夫であるので、六も階級が上の者に逆らえる訳がない。

「忍びで来てるから騒がないように。王宮からだ」

 青褪めた顔で何度も首を縦に振る彼が若干哀れである。

 放してやるとふらついた足取りで駆けて行った。角を曲がったところで何かにぶつかったのか蹴飛ばしたのか、盛大な音が聞こえたが大丈夫であろうか。

「さて、治水もしないでのうのうと藩主の椅子に座ってる奴は、一体どんな悪玉かな」

 芥は楽しそうにそう呟いた。

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