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むつのはな  作者: あみか
第三章
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支配

「他に何か情報はあるか」

「……恐らくこれくらいかと存じます」

「分かった」

 芥は姿勢を正し、双子を真っ直ぐに見た。最初視線を落としていた双子はそれに気が付かなかった。芥が口を開かなくなった事を不思議に思って顔を上げ、それで漸く芥がじっと見詰めている事に気が付いた。

 何かを咎められるのかと思ったのか、二人の身体が強張った。

「……仲間を裏切るのも、今朝ここに来るのも、相当に葛藤した事だろう。二人のその勇気に感謝する」

 双子は自分達が何を言われたのか一瞬分からずぽかんとした。一拍間をおいて、双子は卓に額が付くのではないかという程頭を下げた。

「とんでもございません! 私達のような得体の知れない者の話に耳をお貸し下さり恐悦でございます」

「そんなに畏まらなくていい。二人ともカタシロクグツは使えるか。どちらが得意だ?」

「形代傀儡でございますか? 二人とも使用出来ますが、妹の子奏の方がうまく、一度に多くを操れます」

 恥ずかしそうに俯く子奏を見、芥は一つ頷くと立ち上がった。

「では子奏、お前にはやって貰いたい事がある。子歌、お前は一緒に来い」

「待っ……」

 陸奥は流石に勝手に話を進めるのはどうかと思って抗議しようとするが、芥が生真面目な顔で視線を投げて来たので、それ以上は何も言えなかった。


「芥!」

 部屋を出て行った芥を追いかけ、なるべく小さな声で呼び止める。彼はゆっくりと振り返りながら立ち止まった。

「何で……相談もなく勝手に決めちゃうの?」

「駄目だった?」

 笑って答える芥に陸奥は困惑する。一つも悪びれない様子なのは、本当に悪いと思っていないからだろうか。

「当たり前でしょう。私とか烈とかの都合だってあるのに」

 双子を芥の事情のためだけに使うのは抜け駆けではないだろうか。そして何をさせるのかすら教えて貰えないのはおかしい。

「いやいや。そもそもあの双子は僕が付けてる玉に従ってるんだから、僕の手駒だろう。それとも昨日、あの双子を引き入れる事が出来る策が陸奥にはあったのかい?」

 それを言われると反論の余地はない。だが、皆で手に入れた情報や人手は皆のものではないだろうか。少なくとも陸奥はそう思っていた。

「まあ、陸奥にも狐達にも悪いようにはしないよ」

 にこにこと笑いながら芥はトントンと階段を降りて行く。中段まで降りたあたりで彼は振り向いた。

「それから僕は青鞣だよ、青鞣」

 彼は楽しそうにテンポよく階段を降りて行く。陸奥はその背中にかける言葉を持たなかった。

 どうしたらいい。

 このままでは全てが芥の思惑通りに運ばれてしまう。本来であれば陸奥は煉の仲間に当たるので、他の二つの集団を差し置いてでも煉の事情を優先しなければならない。それでも陸奥の性格上どうしてもそれは出来なかった。

 可能なら、三者が全員平等にそれぞれの目的を達成する事が出来ればそれに勝る事はない。

 だがこのままでは、芥だけがいいように事を進めて行くだろう。

 どうすれば――。

 情報量の差だけではない。地位も、先見性も、判断力も何もかもが圧倒的に劣る。

 芥に裏切られたら、それはもう決定的な状況に追い込まれる事を意味する。

 言いようもない焦燥感だけが、陸奥の心をしくしくと蝕んでいく。

 どうしたら。

 何度も何度も自問するのは同じ言葉。だが、答えなど出るはずがなかった。


 陸奥は気が付くと烈と蛍の部屋の前に立っていた。

 彼らの考えを聞いたとして、それがどうなるだろう。けれど、彼らもまたもやもやとした気持ちを抱えているようであれば、それはそれで今後の関係に影を落とす可能性がある。

 陸奥は戸を叩く勇気が持てなかった。

 一度裏切ったような形になった陸奥にそれを話してくれるだろうか。

 ヒッサの里を出て、そして再会してから彼らとちゃんと会話を交わしてもいない。いや、そもそも里にいた時だってそんなに踏み込んだ関係ではなかった。

 何となく自分は相手に心を開いているつもりだったが、相手がそうだとは限らない。そもそも開いているつもりでも、それが相手に伝わっていないというのはよくある事だ。

 ――陸奥の人を信じたいっていう考えは悪くないと思うよ。僕には眩しくも見えるけど、もう少し危機感を持った方がいい。

 そう言われても、危機感を持つというのは人を信じないという事ではないのだろうか。気が付いたらこのような性格になっていた訳で、今更変えるのは不可能に近い。

 陸奥は暗く溜息をついて、意を決して目の前の戸を二度軽く叩く。中で耳をそばだてた気配があった。

「陸奥だけど……入っても、いい?」

「……ど、どうぞ」

 返って来たのは蛍のか細い声だった。

「お邪魔します……」

 ゆっくりと戸を開けて、そろりと部屋に入る。陸奥と芥が泊まった部屋とは鏡の位置に家具が配置してある部屋だった。調度品の種類だけが異なっている。

「どうした?」

 烈は怪訝そうな顔で陸奥に尋ねてくる。これがもう少し笑顔であれば、陸奥も安心して話しかけられるのだが。

「ちょっと、話したいなって」

「ああ」

 蛍がいそいそと椅子を用意しようとするが、陸奥はそれを断った。

「……芥の事、どう思う?」

「どう、とは?」

 突然来て変な事を聞いている自覚はある。

「なんかさ、双子の話を聞いてもぴんと来なくって。なにか恐ろしい事が起きようとしてるのは分かるんだけど、だからと言ってどうしたらいいのかも分かんない。でも、そんな中で芥だけがどんどん話を進めて行くのが……正直怖くって」

 芥が怖いと思うのはそれだけではなかったが、その点は胸に秘めた。

「陸奥は芥を信用出来ないんだな」

「そんな訳じゃ……いや、うん、そうみたい。信じたいけど、それも怖くて出来ない」

 口に出してみると、怖い事だらけだ。いつから自分はこんなにも臆病になったのだろう。

「俺も、お前が怖かった」

 思いもよらない事を言われ陸奥は驚いた。

「初めてお前から力を貰った時、感じた事もない高揚感とか、みなぎってくる感じとか、何て言うか……恍惚に近かった。だからお前がいなくなった後冷静になって本当に恐ろしかった。お前が、俺を支配してたように思えた」

「そんなつもりは……」

「あの時俺は勝手に、お前は俺の仲間、とまではいかないが、こっち側だろうなって思ってた。だけど再会したらそうでもなくなってて、裏切られたように思った」

「ごめん……」

「別に謝らなくてもいい。皆それぞれ事情がある。それは刻一刻と変わるものだ。ちゃんと話してお前が裏切った訳じゃないって分かったから気にするな。でも、そういう事だろう。他人の心の中まではどうやったって分からないし、憶測で色々と期待したり疑ったりする。邪推する方が簡単で傷付かないからな。分からないものは怖い。怖いから信じられない。あの時俺がお前に支配されているようで怖かったのと、今お前が芥に支配されているようで怖いのは、きっと似てる」

 烈はよく蛍にそうするように、陸奥の頭をぽんぽんと軽く撫でた。

「意外と本人は気付いてなかったりするもんだ。ちゃんと話してみたらどうだ。まだ、正面切って話してないんじゃないか?」

 陸奥は頷いた。まるで自分が子供に戻ったような気がした。

「そうだね……うん。烈、ありがとう」

 何かが変わった訳ではない。陸奥自身の心が変わっただけだが、それでも何か物事が動いたような、不思議とそんな気がした。

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