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むつのはな  作者: あみか
第三章
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計画

 翌朝陸奥が眠気を引き摺ったまま宿の戸口付近で立っていると、双子が連れ立ってやってきた。

 本当に来たと言う事は、芥的に言えば少し信じてみてもよくなったというところだろうか。

 陸奥は双子を芥のいる客室まで案内する。芥は部屋に入るなり膝を折ろうとした二人を制して、椅子に座るように促した。二人は顔を見合わせた後、おずおずと腰かけた。

「お早う。子歌、子奏」

「お早うございます」

 二人の声がきれいに重なる。

「申し遅れたが、礼部下男夫の青鞣だ」

 蛍と烈と陸奥の視線が交錯する。確かにここで芥なんて名乗れば空気が台無しなのは分からないでもないが、何故青鞣の名を使うのであろうか。偽名を使うのは理解できるとして、実在の人物を語るのはどうかと思われた。

「今日ここに足を運んだという事は、君達の裏切りが決定的になる訳だが、後悔ないか」

「ございません。それよりも、仲間が人を殺めてしまう事の方が恐ろしい事です」

「分かった。では早速だが聞きたい事がある」

「はい」

 二人は緊張した面持ちだったが、卓の下で互いの手を握り合っている。この方が安心するのだろう。

「州境の橋を落としたのはその清陳とかいう奴か」

「……申し訳ありません。分かりません」

「よい。では次。何故、ウトを沈める必要がある。昨日の話では少しばかり羨望の眼差しを向けられたいといった狙いだったように思うが」

 双子は目を伏せた。

「責めている訳ではない」

「……はい。私達も全貌を把握している訳ではないので、憶測を含みますが……。当初は、雨の少ないこのウトを潤す事が目的だったように思うのです。ですが、そもそもヒッサとは土が違ったのでしょう。雨を降らせれば降らせる程、豊かになるどころか州は疲弊していきました。それなのにあの男は、やめるどころか更に雨降りの妖怪を攫ってきました」

 陸奥は蛍や烈の顔を見る事が出来なかった。きっと心の中では怒り、悲しみ――煮えたぎる感情が渦巻いていて、それを必死に堪えているだろう。出来るなら、今ここで罵り蔑んでしまいたい。もしかしたら八つ裂きにしたいと思っているかもしれない。そんな彼らの顔を見る事など、出来る筈がない。

「それでどうして人々から尊敬されましょう。ウトがヒッサのように潤えば、それを指揮した我々が敬われる事もありましょうが、私達はただ人々に苦難を強いただけでした」

「それから、清陳は妖怪の主と手を組み動き始めました」

 これは煙羅の事であろうと推測された。

「妖怪が弱体化している事に付け込んだのだと思います。彼らに人を襲わせ、人々が恐怖を覚えた後、魔法使いでも手こずる相手を我々が成敗する。これで我々は英雄となります」

「……今思えば、なんて杜撰ずさんで子供っぽい展開なのでしょう。でも、その時の私達は焦っていました。ウトの民を苦しめ、もう後戻りなど出来ないという思いに駆られていたのです」

 そうだったのか、と陸奥は理解した。何故清陳が怪異現象ではなく、人々に直接的に攻撃を仕掛けたのかが分かった気がした。

 妖怪退治までで一つのシナリオなのだとすれば合点がいく。いるかいないか分からない、曖昧な恐怖では退治したとしてもその事実は認識されにくい。

 だったら目に見えて感じられる脅威として、それを排除する事が出来れば、今金花(魔法使い)が浴びている賛辞は彼らへと向けられるだろう。

 理解すると同時に、ひどい落胆と幻滅が胸に広がった。

 本当にそれだけのために、人を苦しめ殺せてしまうものなのか。

 一族でぱっとしない男だったと双子は言った。そんな彼が一躍脚光を浴びるためだけにこんなにも恐ろしい事をしでかすのだろうか。

 だとすれば……だとしたならなんと視野が狭く幼いのだろう。

 陸奥の心の中にも怒りと悲しみがふつふつとこみ上げてくる。

 芥だけが淡々と話を進めていくのがなんとも場違いの様に感じられた。

「計画は変更されたにも関わらずウトの水没をやめようとはしていないのは何故だ。計画がうまく進行しなかったからか?」

「わ、分かりません。申し訳ありません」

 双子がひどく萎縮したのを見て、芥は微笑んだ。

「責めている訳ではないと言っただろう」

「はい……すみません。もう清陳のする事が分からないのです。人間を攻撃する前から大妖怪の復活を画策していたようにも見えましたし、そもそもウトを潰すのは最初から既定路線だったのではと思える節もございました」

「ウトの東側の方が被害が甚大そうなのには何か意図があるのか」

「首都州側は水没させない計画でございました。憶測ですが、ウトの東側を巨大な湖にしてしまいたいのではないかと……」

 芥が怪訝そうな声をあげる。

「何のために?」

 双子は顔を下げてまた謝った。芥はいい、顔を上げろと言った後少し考えるような仕草をした。

 陸奥と狐組二人は、このままだと大変な事になるのだろうという事だけはわかったが、それらが何を意味し、どうするのがよいのかまでは全く頭が付いていかない。

「治水工事が進んでいないという話だったな。治水権なら区総理くちょうではなく藩主か。ここから一番近くて沈む予定の藩は何処だ」

「ここからでしたら……ここです」

 そう言って子歌が地図を指差した。細い指は地図に記載された文字をなぞる。

「ジュウ藩……州都のあるウト藩の東隣だな。……ここまでは沈ませる予定なのか」

 陸奥はその地図を覗き込んで愕然とした。それは地図のほぼ中央だった。そこから東が全て湖になるのだとしたら、本当にウトの半分が完全に水没する計画だ。

 芥の言う通り、何のためにそんな事をする必要があるのだろう。

「分かった。ところでその復活させようとしている大妖怪を、清陳は御しきれるのか? 言い伝えではイーリアス神が封印したのだろう?」

「何処まで勝算があるのかは分かりません。もしかしたらなにか秘策があるのかもしれませんが……」

 不安げな双子を見る限り、だいぶ怪しいのだろうなと陸奥は思った。神と呼ばれるイーリアスが倒さずに封印したというその大妖怪を、一体どうやって抑える事が出来るのか。

 清陳は水害だけでは飽き足らず、どれだけ世に不幸を撒き散らすつもりなのだろう。

 陸奥が今手にしている勾玉がこの世に厄災を齎すのであれば、双子がこれを粉々にしたかったという気持ちもよく分かる。

 もし、この封じられた悪しき者が清陳の手に負えなかった場合、神と呼ばれる者が現存しないこの国は、世界はどうなってしまうのだろうか。

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