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むつのはな  作者: あみか
第三章
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推測

 双子は姉を子歌しか、妹を子奏しそうと名乗った。黒子がない方が姉の子歌、ある方が妹の子奏である。

 清陳の行いを本当に止める気があるのであれば明朝指定の宿に来い、芥は彼女達にそう言い残して丘を降りた。街に戻るまでの間、芥は何かずっと考えているようで終始無言だった。烈と蛍も、双子の話に思うところがあったようで一言も言葉を交わさなかった。

 夜のしじまに響く虫の音がやけにうるさい。それが余計に心の内をざわつかせる。街までの距離が、何故か行きよりもずっと長く感じられた。


「あ、陸奥これ」

 宿の部屋に着くなり芥が手渡してきた物はなんと勾玉だった。

「え、いやこれ」

「今は陸奥の物だろう? 僕は約束は守る方だよ。特に女の子との約束はね」

 明るく笑う芥はいつもの芥だった。陸奥はその笑顔を見て安堵する。正直、時々芥が怖い。

「いやーあの喋り方は肩が凝るな。さて、だいぶ遅いしもう寝よう」

 その前に聞きたい事がある。あの双子の話を聞いて、芥であれば陸奥が考えた事以上の事実が見えているはずだ。爵夫ともなれば知っている情報が桁違いに違うだろう。

「芥、あの」

 寝台に向かう芥の裾を陸奥は掴んで止めた。情報量に差があれば、それは陸奥にとって今後絶対的に不利になる。

「駄目だよ、陸奥」

「え……」

 芥は優しく笑んでゆっくりと首を横に振った。

「夜這いはもう少し色っぽくがいいな。出来れば横になってからにしてくれる?」

「……何言ってるの?」

 陸奥は心底軽蔑した目で芥を見た。こんなのに男夫を与えるなど世も末だ。

「そうじゃなくて」

「陸奥、頼みがあるんだけど」

 相変わらず芥は陸奥の話を聞かない。陸奥はそれを正すのを諦めた。

「じゃあ私の頼みも聞いて」

「いいよ。色っぽくなくてもその夜這いで許そう」

「頼みはそれじゃない……」

 なあんだ、と芥は本当に残念そうに言って寝台に腰かけた。陸奥からどうぞ、と促すように芥は掌を出した。

「まず、朱姓って何?」

「ああ、そうか。陸奥には分かんないのも当然だね。そうだなあ……。この国に姓は色々あるけれど、朱は殆どいないんだよ。清陳は林ではなく朱が本来の姓だと双子ちゃんは言ってたね。姓を見れば割と出自が分かると言われているけれども、それも今時はちょっと難しいね。ただ、朱は特別。この姓は帝から下賜かしされた姓だと言われているものの一つだよ」

「帝……って誰? この国は王が一番偉いんじゃないの?」

「この国の初代、イーリアスの事だよ」

 陸奥は頭を抱える。

「なんか、変じゃない? イーリアスって名と、朱っていう姓が同列なのが理解に苦しむ。私がイーリアスって名だったら、そんな姓にしないよ。もうちょっとこう……さあ……小洒落た感じ? って言うか……」

「陸奥の言いたい事はよく分かるよ。ただ、イーリアスが治めようとしていたこの土地には先住民がいた訳で、先住民の文化までは侵さなかったって事じゃないかな。まあそこは何千年も前の話だから、真実は分からないけども」

「じゃあイーリアスは何処の人なの?」

「さて、ねえ。そもそも本当にいた人物なのかも確かめようがないけど」

「芥ってイーリアス神を信じてないの?」

「まさか。これでも僕は敬虔な信者だよ。神がいなけりゃ天網てんもうも加護もないだろう」

「ごめん、もう分かんない……」

「他者の信じる宗教なんてものは、得てして理解が難しいものさ。僕だって陸奥がなんにも信じてないくせいに誰かにお祈りしてる意味が分かんないよ。大体さあ」

 何だか長くなりそうだったので、陸奥は手を前に出して芥の語りを止める。

「分かった。ごめん分かったから。兎に角清陳はイーリアスから直々に姓を賜った一族の末裔って事でいいのね」

「そうそう。そう言われると彼らが悪しき者の封印に携わる一族っていう話にちょっとだけ真実味が出て来るよね」

「双子の話を信じてない?」

「ま、半信半疑と言ったところかな。ただ、持っている勾玉が本物だったとしたら分かんないけどね」

「じゃ次」

「まだあるの?」

 芥は下半身は腰かけたまま、上半身だけ横になり肘を付いて頭を乗せる。居心地が悪かったのかすぐに片足も寝台に乗せた。

「清陳の後ろに誰がいるのか、芥の推測を教えて」

 芥は陸奥の目をじっと見て来たので、陸奥はただそれを見返す。彼はぱちぱちと瞬きして、ふっと笑った。

「僕なんかの推測を聞いてどうするのさ」

「どうって訳じゃないけど、ちょっとこの国の知識の乏しさに嫌気がさしてるところ……」

「生きるのに必要じゃない知識だってあると思うけど。じゃあ僕が無垢な陸奥に手取り足取り何でも教えてあげよう」

「言い方がちょっと引っかかるけど、お願いします」

「まず首都州があって、王宮がある」

 芥は寝転んだまま空中に指で円を描き、その円の真ん中より少し下に点を打った。そして円の外側に六つ点を打つ。

「首都州を囲うように六州。各州にそれぞれ藩があって藩主が存在する。首都州と違って各州には昔の名残で貴族やらなんやら面倒な人達がいる。彼らにいろいろ口を挟まれるのは厄介なので、階位は大夫までしか与えない。でも上から抑えつけると反抗したくなるのが人の性だから、藩主は上大夫と決まってる」

 大夫の事を本当に厄介そうに言うのがおかしかった。

「公、侯、伯、子、男、大、初……上大夫は爵夫である下男夫の下だね」

「そう。区があって藩があって州がある。州は先王より昔は本当に独立していたから、州候の選出に国は関与しない。だから州候と言えど位階は子夫か下伯夫しか与えられない。首都州候だけはもっと上の者がなれるけれどね。そして先王の時代から、州候の傍に王宮からの派遣者として州相が置かれるようになった。別に州相が各州の統治に口を挟む訳じゃないんだけど、州候にしてみれば目の上のたんこぶだろうなあ。かわいそうに……」

 一体彼はどの立場から話しているのだろうか。

「勿論監視の意味もあったし、密に情報共有するためでもあった。これは州候よりも一つ階位が上の者、つまり上子夫か伯夫がなる決まり。ちなみに現ウト州候は下子夫、州相は上子夫だよ。つまり、今回裏で手を引いている者は――」

 陸奥はごくりと唾を飲み込んだ。

「公夫か侯夫か伯夫に限られる」

「それって……?」

「そう、何百何千といる……」

「……え?」

「お手上げだー!」

 芥はうつ伏せになって嘆いた。陸奥は嘘でしょうと詰め寄るが、芥はもう無理分かんないとしか言わない。陸奥はゆさゆさと芥の体を揺すったが、これ以上は答える気がないようなのでやがて諦めて自分の寝台に座った。

 溜息をついてから、部屋の隅に畳んであった衝立を引っ張り出して寝間着に着替える。すると衝立の向こう側から声が飛んできた。

「じゃあ僕からのお願い」

「ああ、うん、何?」

「清陳に勾玉を渡す期限ってあと一ヶ月くらいだったよね」

「そうだけど?」

「それには間に合わせるから、寄り道してもいい?」

 陸奥は着替えながら答える。

「私は構わないけど、隣の部屋の二人はどうだろう?」

「あの二人は陸奥がいいならいいってさ」

「じゃあ問題ないよ。って言うかいいの? 今戻ればまだギリギリ青鞣様達の出発に間に合うんじゃない?」

 陸奥はポニーテールをほどいて櫛を入れる。細い髪は絡まりやすくてすぐ櫛に突っ掛かった。

「いや、どうせ双子を待たないといけないから無理だと思う」

 双子と聞いて陸奥は疑問を思い出した。

「双子が明日来なかったらどうするの? 今日中にいろいろ聞いておいた方がよかったんじゃない?」

「全く陸奥の悪いくせだな。双子の話を真に受けてるだろう」

 陸奥はぐ、と言葉に詰まった。

「真実彼女達が悔いているなら明日来るだろう。だったら話はそれから聞けばいい。そうでなければ双子はとんずらするだろうね。字だけで人探し出来る程州は狭くないし、そもそもその場合偽名だろう。であれば今日聞いた話は嘘の可能性が高くなる。今日嘘を延々と聞かされるのであれば時間の無駄だし、虚偽情報に踊らされる事になる。果報は寝て待つ主義だよ」

「明日来ても嘘かもしれないよ?」

「だとしても……双子は格好の脅迫材料だよ。今日だってそうだっただろう。片方を追い込めばもう片方が釣れるものだ。近くに置いておいて損はない」

 また陸奥の心に波が立った。芥には人の心がないのではないか――陸奥にはそう思えて仕方がない。合理主義者なのかもしれないが、あまりにも他者に冷酷過ぎる。

 芥が損得や取引で物事を考えるのであれば、煉達がもう人の街を襲う事をやめたなどとは口が裂けても言えない。芥が王宮の官として人の街を守る事を考えているのであれば、その取引材料は狐との約束、雨降りの者の捜索だ。もう妖怪が人を襲わないと分かれば捜索などしなくなるだろう。最悪、国家転覆を図った清陳を糾弾し、清陳が雨降りの妖怪や梁達を盾にしたとして、芥はその盾ごと容赦なく斬り伏せるだろう。

 陸奥は梁を失うのも嫌だったし、蛍が悲しむのも見たくなかった。

 絶対に、芥だけにはばれてはいけない。陸奥はそう固く心に誓うのであった。

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