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むつのはな  作者: あみか
第三章
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「利き手ではない方を出せ。指は選ばせてやる」

 芥の声は低く冷たい。烈は表情を変える事なく様子を伺っており、蛍はその顔を背けている。

 彼女は右手の小指をすっと前に出した。一体今どんな顔をしているのかは分からない。陸奥は心の中で芥を呪った。何故こんな役回りを受け持つ事になってしまったのか。

「お待ちください!」

 口を開いて庇ったのは片割れである。指を差し出した本人はそれに驚いて顔を上げた。

「何、して……」

「何してるのはこっちの台詞だよ……! ばれたっていいって、あんな奴の言う事なんて聞かないって言ったじゃない! じゃあ、もういいよ……私、自分達の責務がそんなに重いなんて思ってない!」

「自暴自棄にならないでよ! それとこれとは別問題でしょ!」

自棄やけなってるのはそっちじゃん!」

 二人とも泣きじゃくりながらの言い合いである。

 陸奥はなんとなく、若いなあとふと思った。自分にもこんなに真っ直ぐに思いの丈をぶつける時期があっただろうか。そんな相手がいただろうか。

 泣き止まぬまま、彼女は居直して芥に頭を垂れる。

「恐れながら」

「許す」

「やめなさい! 言っては駄目!」

 どうにかして話すのをやめさせようと体を張るが、片割れは止める気配はない。

「信じて頂かなくても結構なのですが。私達の一族は開闢の時代よりこの国の陰として続く一族にございます」

「黙りなさい!」

「聖典の中には、かつてイーリアス神が現世におわした頃、大陸が悪しき者によって支配されていたと記述があります。我々は、この悪しき者の封印を代々監視する者でございます」

「は……」

 陸奥には何を言っているのか全く頭に入って来なかった。こんな突拍子もない話を急に信じろと言われても現実味がなさ過ぎて、子供の妄想のようにも思える。

 誰にでも、在りもしない妄想の中で自分は特別な存在であると思いたい時がある。この話はまさにそのように聞こえた。

「私達の血縁には金花きんかは生まれません。古来よりずっと無花むか。ただし代わりにえきや術を使います」

 金花とは魔法使いの改まった言い方であり、単にファと呼ぶ事もある。無花はその反対の意である。

「……陸奥」

「はい」

「向こうは勾玉の欠けた方を持っていたと言ったな……確かなのか?」

「……自信はない、ですけど。――色が。複雑で角度によって変わるような不思議な色が同じでした」

 芥は何かを考え込む様に押し黙った。双子はただ不安そうにそれを見上げる。互いの手が強く握られている。

「次の質問だ。ここ数年の降雨量の増加に心当たりはあるか」

 双子はまた顔を見合わせた。怪訝そうな顔を一瞬見せる。二人の声が重なって、返事はまるで音楽のハーモニーのようだった。

「――ございます」



 闇夜に浮かぶ月は、見る者の心持によって如何様にもその姿を変える。好いた者同士が見上げればそれは二人を照らす優しい光であり、不運な事が続いた者が見上げればそれは不吉の象徴となった。言わば心の鏡である。今の王宮にとってはそれは紛れもなく後者であろう。

 夜も更けてきたというのに、七首ななしゅ会議は紛糾していた。扉の向こうからたまに怒声が聞こえるので、扉の前で警備に当たる兵も通りがかる女中も恐ろしくてしょうがない。

 各部の長官七名が一堂に会し会議をするのは珍しい事ではない。むしろ定例で行われるので日常茶飯事であるが、通常これは朝に行われる。だが今日に限って集められたのは、人によってはそろそろ就寝しようかといった時頃であった。

 呼び出したのは礼部長大宗伯。緊急の呼び出しの理由は第一王子の真昼の姿がない、という内容であった。


「そもそも我々がいくら服飾の採寸やら調整やらが必要だと催促しても、礼部が取り合ってくれないから変だとは思っていた」

 葡萄色の紅を引いた女が、わざとらしい溜め息をついて仰々しく肘を卓に付いた。工部長大司空である。

「これはこれは異な事を仰る。殿下のご予定については光禄勲こうろくくん、ひいては吏部の管轄でしょうに」

 いかにも重そうな神官服を纏った大宗伯が、まるで準備をしていたかのような台詞で吏部へと投げかける。冢宰は不機嫌そうに短い顎鬚を触った。

「式典の全面的な調整は礼部と思ったがな」

「そもそも世話係の女中が気が付かないでか」

 明らかに冢宰を責める声だ。

「殿下が女中はいらぬと申したから致し方なかろう。むしろ兵部が殿下の身辺警護やらなんやらを怠っていた結果ではないのか」

 言われるだろうなと覚悟していたのか兵部大司馬は涼しい顔である。年老いてなお屈強な肉体は、この場の椅子に余る。

「その責任を問うのであれば、経費削減と言って人員を減らすように指示した吏部にもあろう」

「その人数でやりくりするのがお前の仕事だろうに。経費がないのは大司徒の方がのう……」

 まさか自分には飛び火しないであろうと思っていたのか、彼は目を閉じて考えている振りをする。大体税収が上がらないのは農部にだって責任はある。

「式典の金を持ち逃げされるようなやりくりをした工部に、犯人を挙げられぬ兵部。これでは殿下もお逃げになりたくなるのも分かりますな」

「七長の頭である冢宰がそれを言うのは、ご自身が無能だと言っているのと同じでございますよ」

 ほほほ、と笑う度に大司空のおしろいがよれる。冢宰と大司空は昔からの知り合いだから容赦がない。


 責任のなすり付け合いをするような者達がこの国の最も偉い七人なのであるから、政が滞るのではと思われがちだが実はそうではない。

 サラスヴァ時代に登用された七人であるが、そもそもこのような擦り付け合いをサラスヴァはよしとするきらいがあった。このような魔窟でのし上がって来た猛者なのだから、一癖も二癖もあって然るべき。そう言って概ね自由にさせていた。彼らは自己の利益しか考えない者ではない。自分の部を我が物とする彼らは、他の部を蹴落としてでも上に立つという気概があった。サラスヴァはそれ自体は悪い事ではないと過去に発言している。各七人が、それぞれの部を上へ上へとしようとする分にはいくらでも構わない。ただしそれが個人の利得や法に触れるような事など、あまり無軌道に過ぎれば看過しない。彼らを束ね、一つの国として民を潤すのが王の役割だと、それがサラスヴァの考えだった。

 本来であれば、自部だけでなく全体の利益を考えられる者が理想なのだが、サラスヴァはそういう者はあまり好みではなかったのだ。

 つまり、サラスヴァ本人も変わり者の一人であったという事だろう。


「いつからなのですか。お姿が見えないのは」

「報告によると、ここ三ヶ月はお姿を見た者はいない、と……」

「莫迦な!」

 椅子がひっくり返る音が響く。どうやったら四六時中官がひしめく宮城を抜け出す、または攫う事が出来るというのか。第三王子は兎も角として、相手はもうじき国主になる人物。部屋の外には常に護衛が張り付いているはずだ。

「一体どうなっとるんだ」

「女中を外せと行ったのは真昼様。この国で最も尊いお方を攫って何の要求もないのですから、自ら出て行った線が強いのでは」

「そんな無責任な方には見えなかったがな……いや、多少ずれてはいたが」

 冢宰は頭が痛いという仕草をした。

「これが適当な誰かであれば礼部と兵部を総動員するのだがな……。事が事だけに公には動けん。殿下がいなくなったなどと民衆にばれれば暴動が起きかねん」

「内々に探させましょう」

「……。頼む」

 大宗伯は承りましたと述べ離席した。教会は全国各地に根を張っている。人探しには持ってこい、しかもその信仰心から来るのか結束力が高く、実際に内々に調査する事は可能だろう。

 ――だが、と冢宰は思う。

 現大宗伯はサラスヴァが身罷る少し前に就任した、この七名の中で一番長官歴が浅い男である。そして他の六部と異なり大宗伯は教会からの推薦者が立つ習わしだ。サラスヴァが選んだ訳ではない。

 七長の頭、と大司空は言ったがそれは間違いである。今や議会はあの男のものだ。

 歴史を紐解いても、これ程までに玉座が空位になった事はない。六年という月日は振り返ればあっという間だが、物事を変えるには十分な長さである。

 サラスヴァが暗殺された後、次の王が立つまでの六年をどうするかの話し合いがもたれたが、王がいない間に何かを変える訳にはいかない、現状維持でやり過ごすという結論に至った。

 しかしその結論は早々に覆す事となる。雨を呼ぶサラスヴァがいなくなった事で、まずは作物の収穫が激減し国庫に大打撃を与えた。そこからはもう負の連鎖であった。結局後手後手で法を改正し、騙し騙し繋いできた。

 サラスヴァは改革家ではあったが、それは彼女本人がいたから成り立つものが多かった。

 そのため税率の変更のお触れを出さざるを得なかったが、これは本当に暴動が起きる寸前だった。今思い出してもひやりとする。その民衆をどうにか宥めたのが教会――つまり大宗伯である。それ以降、議会は彼を中心に回る事になった。

 だからこそ、真昼が就任した後どう出るかが恐ろしい。議会を手中に収めた男が、その座を易々と王に渡すのだろうか。渡さないとすれば、この問題は彼にとって絶好の好機だろう。

 最悪教会は真昼を見つけ次第弑するかもしれない。それ程の結束力が、教会にはある。

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