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むつのはな  作者: あみか
第一章
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契約

 どれだけ走っただろう。視界の全てが暗闇に喰いつくされる。心臓が早鐘を打つのは、馬を全速力で走らせたからだろうか、それとも――。


 かろうじて明るさが残っている間に無我夢中で遠くまで入ってきた。正直どうやってここまで来たのかあまり記憶がない。出来るだけ拓けてない方向を選んではいたと思う。日が暮れてしまってはもう動けないので、森の入り口で馬を止め、馬を降りる。半分より少しふっくらとした月明りだけでは、今日はここで野宿するしかなさそうだ。心なしかお尻が痛い。


 漸く自分の身体が意識の中に入ってくる。

 呼吸ってどうやってするんだっけ。

 上がった息を落ち着かせながら、今一度何が起こったのかを整理する。


 関所で役人に止められたのを無理矢理突破し、制止も無視して逃亡。

 これは何の罪に当たるのだろうか。そして自分は逃亡補助に当たるだろうか。

 そもそも、役人に咎められた理由は何なのか。

 怪しげな荷物を持っていたのか、はたまた指名手配犯か――。


 彼は今一体どんな顔をしているのだろう。陸奥に次いで馬を降りた芥の顔を、恐る恐る見上げる。

 陸奥と目が合った芥は、パッと笑った。

「ありがとう!」

 ガッと陸奥の両掌を握った芥は、その目を輝かせて捲し立ててきた。

「正直あんなにうまく行くとは全く思ってなかったんだ。しかも君に裏切られたら一巻の終わりだったのに、よく僕のことを助けてくれたね! 感謝の言葉しかでないよ!」

「ちょ、ちょっと待っ」

「いやあ、流石用心棒を名乗るだけあるよね。あの場であの冷静な判断! 今思い出しただけでもしびれるようだよ」

「だから、ちょ」

「もし捕まってたとしたら、今頃僕は王宮の奥に閉じ込められてひどいことをされてたかもしれない。大袈裟ではなく君は僕の恩人だよ」

「近いし、なん」

 思わず顔を背けるが、その口上は止まる気配がない。しかもずいずいと更に近づいてくる。

「あの時の役人の顔、見たかい。全くもって痛快だったね。射られた馬と厩の主人には申し訳ないが、射手が下手で助かったよ。僕の体に中っていたらと思うとぞっとするね。僕たちは運がいいよ。いや、君こそ幸運の女神なのかな」

「待ってって言って」

「僕の個人的な事情に巻き込んでしまって大変申し訳ない気持ちはあるが、今や僕たちは一蓮托生。お役人たちは血眼になって僕たちのことを探すだろうね。それなのに、それなのにだ! こんな状況になっても僕のことをちゃんと守ってくれるだなんて、さっすがプロの用心棒! とても心強いよ! ありがとう!」

「近い!!」

 耐え切れずに思い切り頭突きを喰らわせる。芥はドサ、という音を立てて地面に項垂れこんだ。目の前がチカチカするが、これ以上近づかれたら堪ったものではない。

「何なんですか一体!」

 何から言えばいいのやら。言いたいことがありすぎて、言葉が出てこない。

 むくりと上半身を起こした芥は、しゅんとして、さっきまでとは打って変わって弱々しい声を出した。

「捕まったらどうなるか分からなくて……僕にはもう、君しか頼れる人がいないんだ……陸奥」

 そう言って顔を上げた。体制的に上目遣い、頭突きの影響で涙目、子犬のように縋ってくる様に、陸奥は何故か罪悪感を感じる。

「助けてくれないか……」

 何故こちらが負い目を感じなければならないのか。明日の朝にでも役人に突き出して、脅されてたでもなんでも言い訳すれば、また今までの平穏な生活が帰ってくる。この人を、見限れば。

「……」


 うるうると見つめてくる芥を暫く見下ろし、そして陸奥はがっくりと肩を落とす。

 ――負けた。

「ヒッサまで、ですからね」

「ありがとう!」

 勢いよく立ち上がり、にこにことする。まるで芝居を見ているかのような百面相だ。

「改めてよろしく、陸奥」

 そう言って手を差し出す。陸奥は複雑な表情をしながら、その手を握り返した。


 再度交わされたその契約を見ていたのは、ぽっかりと浮かぶ月だけであった。

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