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むつのはな  作者: あみか
第三章
79/102

 まただ。

 また白く細い物が陸奥の視界に入って一瞬で消えた。

「一番近くの海湖に捨てて来て!」

 暗闇を引き裂く叫びがこだました。一体誰に向かって叫んでいると言うのか。

「烈!」

 呼んだのは芥だった。陸奥はそれで漸く緊急事態だと理解する。

 草むらから一匹の狐が空中に飛び出して何かに噛み付こうとするが空振りに終わる。陸奥の祈りを待たずに人型に転身し、一拍遅れて鬱蒼とかげる丘が爆ぜた。近くで花火が上がったかのような明るさで一瞬目が眩む。

管狐くだぎつね!」

 悲痛な声を出したのは名も知らぬ少女だった。烈の存在など目に入らないかのように丘を駆けて行く。だが彼女が目的の場所に辿り着く前に芥の剣が行く手を阻んだ。

「動かないでくれよ」

「管狐!」

 もう一度名前を呼ぶが、その声に反応する者はいない。陸奥は残されたもう一人の少女に向かって切先を向けた。

 剣を少女に向けたまま芥はじりじりと後退し、落ちた白い何か――管狐と言うのだろう――と勾玉を拾い上げた。

「これで話を聞いて貰えるかな」

 一方陸奥が剣を向ける方の少女も反撃の機会を狙っていたようだったが、暗闇から現れた蛍を見て本当に観念したようだった。


 崩れかけの小屋に二人を押し込んで、芥、陸奥、烈、蛍で取り囲む。

 かび臭くて動く度に埃が舞った。ここにいるだけで何かの病気にかかってしまいそうだ。陸奥は袖で口元を抑えつつ、片手で剣を握る。

 烈は火を灯して小屋全体が見渡せるように明るくする。それで漸く二人の関係が判明した。

「双子か……」

 彼女達の顔は瓜二つだった。少しくせっけのある髪も奥二重な目元もそっくりである。違うのは頬の黒子ほくろとその表情だった。片方は絶望したようにさめざめと涙を零し、もう片方は絶対に屈しないという強い目をしていた。黒子のある泣いている方が、先程管狐と叫んだほうだろう。

「こういうやり方は好きじゃないんだけど、人に素性を尋ねる時は自分からしないとね」

 芥が懐から何かを取り出して帯にそれ括りつける。それを見て双子だけではなく陸奥までも苦い顔をした。

 ――ぎょくである。


 官位を持つものは、その身分を証明するものを常に身に着けている。それを見て人民は己が膝を折り、そして決して話しかけてはいけないものだと理解する。その身分証明こそが玉である。

 通常官位は帯の上に一寸(約三センチメートル)あるかないかの布を持って帯紐とする。これは藍の布であり、三崩みくずし紗綾さや七宝しっぽう矢絣やがすり桧垣ひがき篭目かごめ麻葉あさのはの柄を持って吏部、礼部、戸部、兵部、刑部、工部、農部を示す。これは一般にあまり知られていない。一般に知られているのはそこに吊り下げられる玉である。民衆はこの色を見て相手の位を判断する。

 公夫は青玉サファイア、侯夫は紅玉ルビー、伯夫は黄玉トパーズ、子夫は真珠パール、男夫は黒瑪瑙オニキス、大夫は翠玉エメラルド、そして初夫は橄欖石ペリドットである。更に細かい装飾品の有無はあるが、これがこの世の階級を表す指標だった。


 芥の帯に吊り下げられたのは黒色の玉――すなわち男夫を示す。

 それを見た双子は、わなわなと震えお互いの手を取り合った。そうして、どちらからともなく片膝を付いて頭を垂れた。

 外から来た陸奥にはこれが理解できない。礼儀や理屈の上では分かるが、敵対心を消せる程の威力が階級制度にあるとは思えない。しかし、この国ではこの反応が当たり前なのだ。

 そして芥はやはり爵夫であった。気にする必要はないと芥は言ったが、気にするなと言う方が難しい。そういう意味では、陸奥もこの国の感覚に染められつつあるのかもしれない。

「さて双子のお嬢さん。僕には今の所君達を裁こうなんて気は微塵もない。君達は君達の正義に基づいて行動したのだろう。だけれど、返答如何によっては僕の気が変わる事もある」

 二人は項垂れたままだ。それも当然である。許可なく頭を上げる事も許可なく声を発する事も許されない。異様な緊張感だけが場を包む。

「勾玉を盗んだのは破壊が目的だな? 理由を述べろ。許す」

 俯いたまま彼女達は目配せをして、答えたのは黒子のない強気な態度を貫いていた方だった。

「我々の中では、勾玉は大いなる厄災を招くと言い伝えられております。私達は、それを未然に防ぐ目的で破壊しようと試みました」

「大いなる厄災とは何だ?」

「ただ厄災、とだけの伝承でございます」

「我々と言ったが、それはどういう集まりだ。ここには民族でもいるのか」

 彼女は返答しようとして言い淀んだ。芥はすかさず牽制する。

「言えないか」

「いえ……」

 だがどうしても言いたくなさそうだった。それは理性と本能がせめぎ合うような葛藤のように見えた。言わなければいけないのに、言ってはならない。

 それほど暑くもないのに、彼女の額にはびっしりと汗が浮かんでいる。

 双子の片割れも、何かを我慢するようにその拳を強く握りしめている。

 痛いほどの沈黙が流れた。

 これ以上待っても返答がないと判断したのか、芥が陸奥を振り返る。

「指を落とせ」

 驚いた陸奥は目を見開いた。幸い双子は俯いたままだった。陸奥は声を出さずに顔で無理だと訴えるが冷ややかな視線のみが返って来る。芥は本気でそう言っているのだ。

 あの時だってそうだった。運び屋に乗って首都州からウト州に渡った時も、彼は淡々と駝鶏の首を落とすように指示した。彼にとって他人の指や命すらも、奪う事に何の躊躇いもないのだと思われた。

 自分でやればいいものを、玉を提示されれば陸奥には逆らえる余地などない。渋面を芥に向け、そしてこれ見よがしに剣を一振りして音をたて、双子の近くに歩み寄る。最後の一歩は思い切り床板を踏みつけた。それは脅しでも威嚇でもなく陸奥なりの配慮である。今話せばまだ間に合う。そう意味を込めた。

 だがそんな陸奥の優しさを彼女は拒んだ。彼女の意志は固い。

 真一文字に結ばれた唇が開く事はついになかった。

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