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むつのはな  作者: あみか
第三章
78/102

二人

 煉達は運び屋を数日待つとの事で、陸奥らの方が先に街を出る事となった。

 馬を一頭だけ借りて、州南を目指す。なるべく早く見付けなければ、道はその気配を辿れなくなるだろう。

 烈と蛍は獣となって荷物の中に紛れ、傍目から見れば芥と陸奥の二人旅の様である。

「何だか陸奥と旅をするの、懐かしいなあ」

「そうですね」

 芥の目的が真昼の奪還であれば、殆ど時間的猶予がないのは明らかだ。

 式典がどんなものかは分からないが、式当日に間に合えばよいというものではないだろう。少なくとも今は真昼の不在が騒ぎになっていないが、それもいつまで隠し通せるか。

 浮き足立った国民の落胆だけで済めばよいが、陸奥には即位延期が齎す被害がどれ程なのか想像もつかない。

「陸奥、折角身分を隠してるんだから恭しく話すのはやめてくれ。今まで通りでいいよ」

「ですが……」

「陸奥だってこんなちゃらんぽらんに敬語を使うのはしんどいだろ?」

「それは」

 そうだけど、という言葉は辛うじて飲み込んだ。

「頼むよ」

「……分かった」

 芥は満足そうに笑って、陸奥を前に乗せた馬を走らせる。

 陸奥は手綱を芥に任せ、胸元にいる道と地図を睨みながら彼に進むべき方向を示した。


「青鞣様達かなり不安なんじゃない? 道だけ残して私もあっちに入ってもよかったよ?」

 朝一で街を出て、太陽はすっかり真上まで登っている。例の弓使いは移動していないようなので、陸奥は地図を畳んでただ馬に揺られている。まさか陸奥達が追って来ようとは夢にも思っていないだろう。

 陸奥の発言を聞いた道は慌てたように彼女の襟を掴んで、いやいやという風に首を横に振った。陸奥は指の腹で道の頭をくりくりと撫でる。

「いいかい陸奥。僕達はそれぞれ別の目的で集まった三つの集団だ。そんな即席の集まりを分断するのだから、それぞれに均等に分配しなければならない。煉と陸奥があちらに固まれば、道しかこちら側にいなくなる。最悪、僕は勾玉を陸奥に渡す事なく消える可能性だってあるんだよ」

「そんな事……」

 ない、と言いたかったが言えなかった。芥を信用していない訳ではないが、彼の言っている事は尤もだ。

「陸奥の人を信じたいっていう考えは悪くないと思うよ。僕には眩しくも見えるけど、もう少し危機感を持った方がいい」

「うん……」

 この言葉は狐に対し何も思わなかった頃に言って欲しかった。当時の自分にどれ程響くかどうかは疑問ではあるが。

 昨夜道が示した街に着いたのは、すっかり日が暮れた頃だった。


「道、まだ居場所分かる?」

 道が差したのは街の外であった。一行は一旦馬を繋げられる宿をとって、軽く腹拵えしてから街の外へと向かった。

 街の外にいるという事は、そこに彼らのアジトがあるのか、それともまた別の理由があるのか。

 陸奥と芥は暗闇に紛れられるようにすっぽりと頭巾フードを被って、道の示す通りに進んで行った。


 緩やかな傾斜を登り、小高い丘の頂上を目指す。

 昔誰かが所有していたのか、一定の間隔をもって並ぶ木々は恐らく果樹園のようだ。だが剪定されたような跡もなく今は放置されているものと思われる。手入れをされなくなって久しいであろうその丘は、雑草が伸び散らかって、歩く度に微かに音を立てる。

 これではもしかしたら気が付かれるかとも思ったが、頂上に近付くに連れてそれは無用な心配であったと分かった。

「――何の音?」

 聞こえるか聞こえないかくらいの音量で芥に問いかけるが、答えを期待している訳ではない。

 荷袋から烈と蛍も顔を出す。

 それは金属音でもあったし、爆発音でもあった。様々な音が順に繰り出される。

 ゆっくりと慎重に歩みを進めると今にも崩れそうな小屋があり、そこには二人の人間の陰が見えた。

「ねえ、もう諦めた方がいいんじゃない?」

「駄目! もう少し、もう少しだけ……!」

 陸奥達は会話が聞こえるところまで近付いて、息を潜める。何やら揉めている様にも聞こえる。

「だって何やっても壊れるどころか傷一つ付かないなんて、私達には無理だったんだよ」

 それは今にも泣き出してしまいそうな声だった。

「無理なんて言わないの! これがあるせいで、こんなちっぽけな宝石一つのせいで……!」

 ガキンと大きな金属音が響き渡った。暗闇の中音だけが反響していく。そして何度も何度も金属音が続いた後、音が全く聞こえなくなった。

「もう、やめよう? こんな事ばれたら大変だよ」

「ばれたっていいよ。もうあんな奴の言う事なんて聞きたくない。……そう思わないの?」

「……思う……けど」

「けど何?」

「取り返しのつかないくらいになっちゃったんだよ。ちょっと夢見るくらいだった事が、気が付いたら悪夢になってて、でも夢じゃないから覚めたりしなくて……私怖い。もう、お終いなのかな」

「弱気になってどうするのよ! 私達だけでも、この状況をどうにかしなきゃ! 諦めちゃ駄目だよ!」

「でもどうやったってこの勾玉壊れないし、やっぱりこれはよくないものなんだよ」

「だったら猶更でしょ。……そうだ、もういっそ海湖に捨てちゃえばいいんだ」

「それは困るなあ」

「誰!?」

 陸奥は吃驚して後ろを振り返るが、さっきまでそこにいたはずの芥の姿が忽然と消えていた。目の前から聞こえた声が本人でないという淡い期待は当然ながら裏切られる。陸奥はがっくりと項垂れた。

「どういう訳か、それ金剛石ダイヤモンドでも傷付かないんだよね」

「嘘、何で……」

「誰なのこいつ」

「だって、ちゃんと、どうして」

 混乱している声だけが陸奥の耳に届く。

「ちゃんと? ちゃんとカタシロクグツを使ったのに? かな?」

「!」

 陸奥は諦めて二人に悟られないように後ろに回り、芥と挟む様な立ち位置に陣取る。まだ二人には気付かれていないようだ。

「煉の奴か……狐の妖怪みたいな狡猾なやつを使ったりするから……」

「ど、どうしよう」

「どうもしないけど? とりあえず落ち着こうか」

「黙れ!」

「話を聞かない子だなあ」

 年の頃は元服(十六)前後と言ったところだろうか。性別はどちらとも女。女の子の顔は殴りたくないので、争いになった場合行動が限られるため陸奥は何となく尻込みする。

 まるで毛を逆立てた猫のように、彼女は芥に対して威嚇を続ける。

「どうしてここが分かった!」

「どうしても聞きたい?」

 芥の切り返しでは相手を逆撫でするだけなのにと陸奥は相手に申し訳なく思いながら、烈と蛍に両脇に回るよう身振りで指示する。

「何でだろう。会話にならないな」

「煩い!」

「うーん」

「ねえ後ろ!」

 漸く陸奥に気が付いて声をあげた。二人は身を寄せ合って怯え、あるいは睨んでくる。

「カタシロクグツは効かないよ。観念した方がいいんじゃないかな」

「悪役う」

 芥が茶化すので雰囲気が台無しだ。こんな状況でお気楽な芥を見れば、相手からしたら得体が知れなくてかなり恐怖だろう。睨みつけていた方も、訳の分からない空気にのまれ始めている。

「ねえ、あいつって清陳の事?」

 陸奥の問いかけには何も返ってこなかった。だが、陸奥は気にせずに続ける。

「なんであんな碌でなしの言う事を聞いてるの? あんなのでも人望があるなんて意外。上から目線だし、話聞かないし、鼻に付くし、自己中心的だし、自己陶酔型だし、あんな小心者が調子に乗ってるだけのような奴がいいんだ……」

 二人は返事をしなかった。陸奥はゆっくりと抜刀する。彼女達が硬直したのが伝わって来た。

「死んだら流石にあいつでも悲しむか……」

「……しない」

 陸奥は剣を構えるだけで一歩も動かない。

「絶対に悲しんだりしない。あいつは自分だけが可愛いんだ……」

 ふっと威嚇する女の力が緩んだ。それを感じ取った陸奥は構えた剣を下ろす。勾玉さえ返してくれれば傷付け合う必要などない。

 だが、それは陸奥の油断にほかならなかった。

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