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むつのはな  作者: あみか
第三章
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宿場

「陸奥」

 仕切り直しのようにパンと声をあげた芥に、陸奥ははい、と歯切れの良い返事をする。

「さっきの犯人の追跡は可能なのかい?」

 陸奥は道と顔を見合わせて――実際には道の顔はつるりとしているのだが――二人揃って頷いた。

「よし。じゃあそれは現在地を地図上で示す事は可能?」

 これには陸奥は道をじっと見、道は困った様に腕を組んで片手を顎に添えた。暫し小首を傾げた後、自信なさ気に頷いた。

「大体の位置が分かれば問題ないだろう。とりあえず今夜は近場で宿を取って、今後の段取りについて話し合おう」

「いや、でも急いだ方がいいんじゃないのか」

「仮に――何か間に合わなくなるような事が起こるとする。先程の黒鳥にでも乗られれば、それは最早陸奥が取り逃がした時点で間に合わなくなってるよ。そうしたらもう諦める他ないだろう。そうでないのであれば、きちんと道筋を立てるのが最善じゃないか?」

 誰も芥の意見に逆らう者はいなかった。


 砂が上空から見た所、十刻程歩いた先に街がありそうだと言うので、一行はそこを目的地とした。

 先頭に砂、蛍を背負った烈、司馬芥青鞣、煉、殿しんがりに道と陸奥。自然にそういう並びになった。

 歩調を変えて陸奥の隣に来た芥は、軽く陸奥の背中を小突いた。

「君はほんとしょうもないな」

 煉にかなり肩入れしている事を言っているのだろう。

「自分でもそう思うよ。性分だから仕方ないんだけどさ」

「結構、本気で斬られると思ったよ。ただ、青鞣が腰を抜かすのは驚いたな。あんな顔見させてくれてありがとう」

 思い出してくつくつと笑う芥に、陸奥はなんと返事をしたらいいのか分からない。

「まあ陸奥には聞きたい事が沢山あるけど、今夜は何から聞こうかな」

「私もだよ」

 全部に答えてくれるとは思えないが、少しは芥の正体が分かるかもしれない。

「とりあえずスリーサイズいくつ?」

「若様!」

 聞こえていたらしい青鞣が、前方からぴしゃりと諫めて来た。

「……あいつちょっと堅すぎると思わないか?」

 今度は青鞣に聞こえないように小声で話しかけて来る芥に、またも陸奥は返事をする事が出来なかった。


 着いた街はそれ程大きくはなかったが、そんな事は何の問題でもなかった。陸奥は緊張と疲労で出来れば早く休みたいと思っていたし、青鞣に至ってはもう足が棒のようである。彼らは真っ先に宿へと向かう。

「今日は三部屋しか空いてないんですよ」

 大通りを歩いて一番大きい宿を選んだにも関わらず、受付の主人はそう言った。

「今日は祭りでもあるんですか?」

「そういう訳ではないのですが……最近東からの宿泊客が多くて。お客さん達もそうじゃないんですか?」

「いや、俺らは首っ」

 司馬が首都州と言い切る前に、青鞣が脛に蹴りを入れる。

「私達は南の方からですね」

「左様でございますか。まあ、他の宿も似たような状況ですので、三部屋で駄目となりますと、別のお宿での分散になってしまうでしょうか。申し訳ございません」

 本来であれば他の宿に客を渡したくない所であろうが、事実部屋がないのであれば仕方がない。

「じゃあ三部屋で皆様構いませんか?」

 青鞣が振り返って全員に確認する。

「いいんじゃないですか? 烈と蛍と砂、お三方、私と道と煉で」

「それは駄目だろう。煉とやら、僕と部屋を代わってくれ」

 かなり真剣な面持ちで取引を持ち掛けた芥を、青鞣はその首根っこを捕まえて、宿の主人に三部屋用意するように頼んだ。


 各自夕食と小休止を挟んで、芥達の部屋へと集合した。

 部屋の中央に卓を置き、そこに先程購入したウト州の地図を広げる。湿気で両端がくるりと丸まっている。

「まず、話を一通り整理しよう。不明点は都度尋ねて構わないし、どうしても言えないのであればそれは基本咎めない。だが、情報を出さないという事は詰まる所その点については協力出来ないものとする。いいかな」 

 芥の言い分に誰も異論は唱えなかった。それを見てから、芥は話を続ける。

「まず君達妖怪は、人間の畏怖や信仰の激減に因り随分と力を削がれ、更に言えば死に絶える一途を辿っている。そこで煉、君達の一派は決起した。それを主導したのは誰だい」

「……主様だ」

「それぞれ自分の所の統領を主様と言うのはややこしいな。名前とかはないのかい?」

 煉と烈は顔を見合わせた。

「妖怪と言えど、何処も同じとは分からないが。少なくとも俺たちは主様の名前は知らない」

 これには煉も頷いた。

「名前が、ない?」

 怪訝そうに聞く青鞣に、煉も烈も首を振った。

「名前がない訳ではないが……。妖怪にはそれぞれ族がある。俺や蛍は狐族で、砂は天狗族だ。各一族の長は、長になった時に名を捨てる。その後は「狐」や「天狗」と言った号で呼ばれる事になる」

「それは……煉の所でもそうなのか?」

「同じだな。それぞれの長の中から主が決まる。主様は主様だが、もし仮に呼ぶのであれば号で呼ぶのが妥当じゃないか」

 今度は烈が頷いたが、芥が質問した。

「それは分かった。分かったが……皆名前を知らないというのは変じゃないか? 確かにここにいるのは全員若輩という感じだが、それでも襲名するまでは名前があるんだろう? 流石に主が若い頃に呼ばれていた名前を聞いた者がいてもいいだろう」

 これには、その場にいる四名の妖怪が顔を見合わせた。気まずそうに烈が回答する。

「人間に姓名せいめいがあって氏字うじあざながあるように、俺らには真名と通名がある。真名は別名(いみな)とも言われていて、本来であれば他人に知られるべきものではないとされている。が、実際俺らのような下っ端にはそんな事はばれてもどうだっていい事だ。だが、族長や主は違う」

 体験した事がないからここから先は推測だが、と前置きしながら烈は説明を続けた。

「どうやら号を冠する時に何かしらの力を得るらしい。そうすると、諱を知られるとかなりまずい事になるようだ。どういう原理かは知らないが、号を冠すると同時にそれまで呼んでいたはずの通名も、勿論真名も、その記憶が全員からなくなる」

 ほお、と興味深そうな声を漏らした芥だが、ここは興味よりも進行を優先した。

「詳しくは後で聞く事にするよ。それで、烈の所は狐と便宜上呼ぶ事にして、煉の所の号は何だい?」

煙羅えんらだ」

「了解した。では煙羅が指揮して、平たく言えば挙兵した訳だね」

 頷いた煉に、今度は烈が質問した。

「お前らの背後には人間がいるな」

 その言い方には棘があった。質問と言うよりは詰問に近い圧である。それが怖かったのか、蛍が思わず砂の衣服をぎゅうと握る。

「……ああ、そうだ」

 苦々しい顔をした煉に、陸奥は清陳の言動を思い出す。あれに縋らざるを得ない彼らの当時の心境を思うと陸奥も何だか胸に嫌なものが広がった。

 そして、先ほど芥に小突かれたのを思い出し、結局入れ込んでいる自分を反省した。

「ある日。本当に何の前触れもなく主様――煙羅様が連れて来た。一体どういう素性の者で、一体どんな経緯で来たのか、何も知らされる事はなかった」

 ――ご機嫌麗しゅう。清陳と申します。

 突然に目の前にやって来た人間は、顔を見せる事もせず、妖怪に恐れを抱く事もなかった。ただ、力を与えるとだけ言い放った彼は、訝しんだ妖怪達の不安を裏切るように力をもたらした。

「何人いる集団なのかは分からねえ。ただ、あいつらは全員面を付けて訳の分からない呪術を使う。そこの嬢ちゃんに矢を使って施したじゅも、黒い獣達を造り出した呪も、全部そいつらの十八番おはこだ」

「彼らが勾玉を欲している、で間違いないかい」

「ああ」

「理由は?」

「待って」

 そこまで聞いて陸奥は話を遮った。ここで理由を話す前に、芥に聞いておかなければならない。

 ――彼こそが一番最初に勾玉を欲し、そして王宮から奪った者なのだから。

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