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むつのはな  作者: あみか
第三章
71/102

気付き

 そこからの烈の働きはまさに無双だった。空を縦横無尽に飛び回る鳥相手ですら赤子の手を捻るようだった。木々に覆われて狭い空だったが、その空一面が火の海の様に一瞬で夕焼け色に染まる。あれでは何処に飛んだとしても逃げ場はないだろう。そして今度は次々と地上の猛獣達を狩っていく。司馬を襲っていた獣達が、一斉に烈に襲い掛かる。一頭目を燃やし尽くしたかと思えば、その炎が連鎖するように飛び火して、時間を数える間もなく全てが灰燼に帰した。

 そんな烈を司馬は茫然と立ち尽くして見ていた。恐ろしいはずの炎でさえ美しいと思える程、それは鮮やかな火芸であった。

「何で俺じゃねえんだよ陸奥!」

 寝転がったまま何故か悔しそうに叫んだ煉だったが、それで芥達は陸奥がいる事を知った。

「ごめん……」

 木の陰から出て来た陸奥は顔色が悪いように見えた。片手を木に添え、前屈みで胃の辺りを抑えている。その背中を摩りながら、もう一人木の陰から現れた。

「い、砂、もう大丈夫……」

 陸奥を連れて現れた幼馴染に烈は驚いた。途中までは一緒にいたが、ウト州には渡れないと首都州に一人残ったはずだったからだ。

 気持ち悪そうな陸奥に頼み事をするのは若干気が引けたが、烈は蛍の容態を説明する。陸奥は青白い顔で頷いた。煉に道を探して来て欲しいと依頼し、陸奥は蛍の脇へと座り込んだ。くったりとした蛍は、まるで真名解放した後に気を失った時と同じ様だった。その華奢な手を両手で握り、陸奥は目を閉じて強く祈る。

 芥、青鞣、司馬は陸奥が何をしているのか、怪訝な様子でその行為を見守った。


 煉が道を連れて戻って来るのと、蛍が目を覚ますのはほぼ同時であった。

 蛍は上半身を起こすが、眩暈がするのかふらついて地面に手をついた。心配そうに烈がその背を支える。

 本当にそうなのか、あるいは違うのかは分からないが、この二人は兄妹きょうだいのように見えた。それはただ単に烈が心配性なだけかもしれないが、どこか微笑ましい。

「何、が……」

「まだ喋らない方がいい」

 くらくらする頭を抑えながら話そうとする蛍に、烈は頭を撫でながら諭す。

「おいちび見付けて来たぞ」

 藪を大股で掻き分けて、肩に道を乗せた煉が登場すると同時に、彼の頬を何かが掠めた。

「後ろだ!」

 芥が投げつけた陸奥の飛び道具は、煉の顔を掠めた後に背後にある茂った葉をガサガサと揺らした。

「こいつらまだいたのか!」

 今度現れた黒い者達は、獣の姿ではなく人の形をしていた。慌てて立ち上がった烈は、森を燃やしてしまうのではないかと思わせる程の火力で一帯ごと焼き払った。

 カグリでの煉の炎もそうだったのだが、燃え盛る火の手は一般的な火事と異なり燃え広がるというような事はない。まさに不思議の力である。

 一帯が焼け野原となった事で、漸く近くにもう何もいないという事が目に見えて明らかになり、皆の緊張感がゆるゆると解けていく。

「てめえ危ねえもん投げるんじゃねえよ!」

 頬をギリギリ掠めるように投げられた陸奥の飛び道具について、煉は芥に詰め寄った。

 当の本人は全く悪びれもなく、

「いやいや悪かった。投げるのは不得手みたいだ」

 と言い放った。つい先刻コントロール抜群だとはしゃいだ人物の発言とは思えない。

「……変ですね」

 やっと立ち上がれるようになった青鞣が衣服に付いた汚れを払いながら呟いた。

「最後の人型の黒いものですが、彼が一人の時に襲えば良かったのに、何故我々に合流した頃合いに来たのでしょう」

 特定の誰かにした質問ではなかったが、視線が一斉に煉へと集中する。

 凝視された本人は、口を「へ」の字に曲げて答えなかったが、やがて沈黙に堪え兼ねたのか口を開いた。

「詳しくは知らん。ただ、あれをカタシロクグツと呼んでいたのは聞いた事がある。でも俺が見たのは……あの札と……書簡を纏めて……鳥を成し、誰かに、飛ばしていた……」

 ゆっくりと記憶を探るように、ぽつりぽつりと言葉を繋ぐ。

 あれは何処の誰に宛てた手紙だったのか。何か、重要な事のような気がするのに、当時の自分には無関係だと気にも留めなかった。

 もう少しで思い出せそうで、それでいてその答えに手が届かない。一体、あれは何処へ飛んで行ったのか。

 煉が神妙な顔のまま黙ったのを横目に、皆口々に推測を述べる。

「詰まる所はそのカタシロクグツとやらは使役者の命に従って動く訳だ」

「じゃああれは私を襲えって言う命令になるんじゃない?」

「それだとあの虎だのなんだのは俺らに襲い掛かって来れなかったんじゃないのか?」

 一頻ひとしきりああだこうだ言い合ったが、結局答えは出て来ない。

「まあそれは追い追い本人に会って聞けばいい事だ。さて、陸奥も戻って来て、追手もいなくなったことだし、そろそろ話してくれてもいいんじゃないか?」

 煉は芥に話しかけられたが、ちらとその目を見て俯いた。

 暫く間があった。その間誰も何も言わなかった。それは緊張が解けて疲労を実感し始めたのもあったが、それよりも煉が苦しそうだったからだ。

「……陸奥」

「うん?」

「俺には、分かんねえ。言うべきか、そうじゃないのか。陸奥は置いといてやっぱり人間はまだ信用出来ねえし、こいつらだって太知や椿の仇になる」

 陸奥は何も言わずに煉の言葉に耳を傾けた。

「お前は、どう思う」

 陸奥はそう意見を求められて、正直困惑した。単純に考えれば人数は多いに越した事はない。

 だが、素性の知れない者達に事情を告げるという事は、弱みを握らせるのと同義である。

「わ、たしは……」

「こらこら」

 割って入ったのは芥だった。

「陸奥の話なんて参考にしたら、君は多分にそれを参考にするだろう。それはよくないんじゃないか? 自分の事で他人の判断を仰ぐのは、責任転嫁と言うものだよ」

 陸奥は内心芥が至極真っ当な事を述べた事に驚いた。

「どう決断すれば自分にとって最善なのかなんて、そんなのは神にも分かりやしないよ。それを他人に押し付けるのは楽だろくけど、それはちょっと甘過ぎる。甘々の陸奥でさえ僕を斬る覚悟をしてたと言うのに、君はそんな陸奥の苦渋の覚悟をさせた上に、更に君ん所の問題の責任まで負わすのかい?」

 煉に反駁する余地はなかった。陸奥といれば、どうにか道が拓けるのだと漠然と感じていた。陸奥がどうにかしてくれるのだと。

 だがそれはまったくの無意識だった。

「仮にも陸奥は用心棒だ。君が依頼すれば、目的に対して彼女なりに最善の判断をして遂行するだろう。でも、その目的に関わってくる部分まで彼女を立ち入らせるべきじゃない。陸奥みたいなのは、事情を知れば同情しちゃうからね」

 これには陸奥も閉口するしかなかった。煉や梁に同情していないかと問われれば、答えは否である。

 煉は自分がいかに如何に何も考えていないのかを示されて、急に自分が恥ずかしくなった。

 仲間のためと出て来たはずなのに。

 仲間の中では信用されて頼られていた自分が、現実を突き付けられてやっと気が付いた。如何に自分がいい所しか見ずに希望にしか目を当てなかったかという事に。一挙手一投足に浮き足立って、先の事など一つも見えて、いや見ようとも思わなかった。

 拳を強く握り下唇を噛み締めた彼の心中は如何許りだろう。羞恥か、怒りか。


「煉……!」

 煉が芥、そして烈に頭を下げた。

「今までの非礼は詫びる。どうか、俺達に力を貸して欲しい」

 絞り出すように発されるその声に、芥の言葉が彼にどれだけ響いたのかが窺われた。

「もう俺がどれだけ恥をかこうが、罵られようが何だって構わない。形振なりふりとかどうだっていいんだ。今は、力を貸して欲しい」

 今までだって形振り構わない、自分はどうなったっていいと思っていたが、思っているだけで、それが具体的にどういう事なのか全く理解していなかった。

 深々と頭を下げたままの煉に、思わず陸奥も縋るように芥を見た。

 しかし陸奥に返される芥の瞳に色はなかった。陸奥は一瞬ドキリとする。冷たい訳でもなく、かと言って受け容れるようでもなく、そこから何かしらの感情を読むのは難しかった。

 芥が何も反応しないので、居たたまれなくなったのか司馬が小さく、若様、と促すように言った。

 頭を掻いた芥は仕方ないという風に一つ頷いた。

「面白そうだからいいよ」

 煉の想いに対し、あまりにも軽い返答であったが、煉にはそれでもう充分だった。

「――感謝する」

 煉は頭を上げられなかった。目頭が熱く、強く瞼を瞑った。

「別に、最終的に主様の意向が通されればなんでもいいけどな」

 烈はぶっきらぼうに言ったが、煉の気持ちは痛い程分かる。

 烈とてこのまま何もせずに妖怪が死に絶えていくのであれば、人間に目にもの見せた方がよい、挙兵するべきだと幾度となく主に進言してきた。その度に否とされ、一度たりとも納得のいく答えを貰えた事はなかった。

 正直に言えば、人の街が襲われたと聞いた時は内心喜んで、そして羨ましいとさえ思った。

「すまん」

 そう言って煉は、さらに深く頭を下げた。

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