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むつのはな  作者: あみか
第三章
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休戦

「若様!」

 芥が叫んですぐに司馬が草木を掻き分けて駆け付けた。芥は司馬の姿を見、特段怪我を負ってはいない事を目で確認した。

「休戦だ!」

 芥が、森の奥にいるであろう烈、煉にも聞こえるように大きな声でそう言い放った。陸奥も煉を呼んだが司馬しか来なかったのは、恐らく煉と烈が睨み合っているからだろうと考えたためだ。

「青鞣、立てるか?」

 ぐったりと地面に座ったままの青鞣に近付き芥は手を差し伸べるが、青鞣は首を横に振った。

「恥ずかしながら腰が抜けております」

「お前はそれでどうやって陸奥に体当たりしたんだ……」

「必死でしたからね」

 苦笑するしかないといった青鞣に、芥はそのままでよいと笑った。

 やがて森の中から、微妙な距離感をもって二人が現れた。煉は憎そうに烈から視線を外さないが、烈は対照的に煉の存在を見ないようにしているようだった。

「蛍!」

 突っ伏したままの蛍を見て烈が駆け寄る。ゆっくりと半身を持ち上げるが、全く意識がないのか腕がだらりと落ちた。刺さった矢がそれ程深くないのを確認し、毒の可能性も考えられたため抜こうとするが、その手はバチンと強い静電気を浴びた様に弾かれた。

「な、んだこれ……」

 烈は再度矢に触れようと挑戦するが、同じ様に弾かれて拒まれる。烈は焦って何度も抜こうとするが、どうやっても触る事が出来ない。

 見兼ねた連が不承不承烈に話しかける。

「お前には無理だよ。おいでかいの!」

 煉は司馬を振り返ってそう声をかけた。

「え、俺?」

「とぼけた声出してんじゃねーよ! お前以外誰がいるってんだ!」

 先程まで戦っていた相手に怒鳴られてシュンとする司馬であったが、呼ばれて煉の近くまで歩いて行く。普通であれば敵だった者に近付く事など躊躇うのであろうが、司馬にとっては芥が休戦と言えばそれは本当に休戦だった。

「抜いてやってくれ」

 そう言われて司馬は首を傾げながら蛍の脇に片膝を付きその矢に手を伸ばす。果たしてその手はいとも簡単に矢まで届いた。司馬は何の苦労もなく蛍の背から矢を抜く。

「これは一体何だ。お前知ってるのか」

 烈がキッと煉を睨んで問いかけるが、煉はそっぽを向いた。

「陸奥にでも聞けばいいんじゃねえの。――陸奥は?」

 そこで漸く陸奥がこの場にいない事に思い至った煉は、きょろきょろと辺りを見回す。

「お前……莫迦だろ」

 烈が心底呆れたようにぼそりと呟き、煉は烈の首根っこを掴んでふざけんなと怒鳴った。

 まあまあと司馬が間に入り、二人は引き剥がされた。

「陸奥ならその矢の犯人を追ってる最中だよ。君この犯人に心当たりがあったりするんだ?」

 半ば断言するように言われ、煉は言葉に詰まり、そして小さく頷いた。

「兎に角陸奥が戻って来てからだ。そのお嬢ちゃんを起こせるのも陸奥だけだし、話はそれからする」

 煉は投げる様にそう言い放ちどかっとその場に胡坐をかいて、それ以上は質問を受け付けないとばかりに全員から顔を背けてしまったので、結局陸奥が戻って来るのを待つしかなかった。


 それからあまり時間は経たなかった。陸奥が不審者を追いかけて行ったという方向からガサガサと藪が揺れるような音が小さく聞こえて来たので、陸奥が戻って来たのかと皆顔を上げた。

 その中で芥だけが木に刺さった陸奥の飛び道具を抜いた。

「司馬、剣を抜け。青鞣は立てないなら這ってでも下がってろ」

 その声で一斉に緊張が走った。烈は蛍を抱きかかえ、煉も立ち上がる。

 ガサガサと遠くで揺れる草木の音が近付いて来ると、それが人一人のものではない事を全員が理解した。ドドドといういくつもの足音が迫って来る。

 陸奥がどうなったのか。何が近付いてくるのか。あの犯人は何者なのか。

 何一つ分からないまま、ただ近付いてくる音だけに神経を研ぎ澄ませる。

「来たぞ!」

 藪を裂くように飛び出して来たのは、真っ黒な色をした獣の群れであった。目もなく、まるで影のようなそれらは、よく見れば個体個体でその動物は牛のようであったり、虎のようであったり、獅子のようであったりしたが、十体はいるであろうその動物の詳細まで見分けている余裕は誰にもなかった。

 先陣を切ったのは司馬であり、芥へ飛び掛かった豹のような一体の首を斬り落とした。――斬り落としたはずだった。

 確かに司馬の手の中には手応えが残っている。それなのに斬られた方はまるで何事もなかったかのようにその頭と胴体が繋がったままだ。まるで実態のある靄を斬ったような、不思議な感覚に囚われる。

 芥は辛うじて飛び掛かってきたその豹を転がるように避けたが、どう考えても反撃できるような力を持ち合わせていない。

 烈も狐の姿で牛の首元へと齧り付くが、噛まれた方は何もないかのように突進を続けている。

「離れろ!」

 その怒号が耳に入って烈は跳ぶように離れた。煉が手を翳して牛が一気に燃え上がる。肉が焼けるような匂いはしなかった。残った僅かな煤は風に吹かれて何処かへと散った。

「身体の何処かに札が入ってるはずだ! それをどうにかしろ!」

(何処かって……)

 烈は言葉を発せないので悪態をつく事が出来ないが、里を離れてから大きな炎を出せない自分の方が恨めしい。全く出せない訳ではないが、何処にあるか分からない札を燃やすために身体丸々焼き尽くせるほどの火力は不可能だ。だが自分の不甲斐なさを悔やんでいる暇はない。

 手当たり次第に噛みついてみるものの、全く当たらない上に、向こうの攻撃を避けながらではただ体力が削られていく一方である。

 煉が一体一体数を減らしてはいるが、人間達の方も難儀しているようだ。

 その時だった。

 空から黒いものがかなりの速度で落ちて来る。いや、あれは鳥だ。黒い鳥が物凄い勢いで滑空して降りて来る。煉は驚いて空中に向かって火を放つが、鳥は素早く方向を切り返してそれを余裕で避ける。その瞬間黒い牛が煉の腹部目掛けて突進した。

 文字通り吹き飛ばされた煉に、牛は攻撃の手を緩めたりはしない。地面に落ちた彼を目掛けて一直線に猛進して行く。

 それに気が付いたのは烈だけだった。煉本人は吹き飛ばされた衝撃で事態を把握出来ていない。

 まずいとは思ったが、思っただけだった。今真名解放をしたところで、どれ程の力を発揮できるだろう。発揮出来たとして、そのまま力尽きてしまうのではないかという恐怖があった。

「煉!」

 自分でもいつ人型に戻ったのか分からないまま、烈はついさっきまで敵対していた相手の名前を叫んだ。叫んでから、それが自分の声だと気付き、何故人型になっているのか分からず混乱した。

 何かが足元でざわついて、「それ」は一気に背中を駆け上った。一瞬で肌が粟立って、張り裂けそうに体中を「それ」が駆け巡って今にも突き破りそうだった。

 ――自分はこの感覚を知っている。

 あれは自分達の里が、今まさに倒れている男達によって襲われた時。絶体絶命の逆境をも一瞬で塗り替えられる程の力。

 尋常ではなくみなぎってくる力に何処か万能感すら感じる感覚で、烈は「彼女」が近くにいる事を悟った。

「煉!」

 今度はその身を案じる呼び声ではなかった。その声に何が起きているのか、漸くその目に捉えた煉に炎を出す間はなかったが、彼を襲う牛は目の前で業火に焼かれ灰も残らずに消えた。

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