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むつのはな  作者: あみか
第三章
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衝突

 司馬は掴んでいた蔓を放すと、器用に立ち上がった。決して安定しているとは言い難い足場に、正面から強くぶつかって来る風をものともせず彼はずっしりと立ち、するりとその大剣を抜刀した。一度その大剣を駝鶏の首の根元に充てがった後、思い切り振りかぶる。

「芥、待ってよ! 司馬さん! 降りる、降りるから!」

 芥は答えないが、司馬も振りかぶったまま動かない。一体何故こんな状況になってしまったのか。

「芥、この妖怪ひとは関係ないでしょ。お願い……」

 半ば泣きそうになりながら、陸奥は懇願した。いつもは冗談めかしておちゃらけているくせに、どうしてこうも一気に冷酷になれるのだろう。芥と言う人間が、全く分からない。

「じゃあ、降りようか。あの森の中がいいかな」

 そう言った声は明るく、陸奥は恐怖さえ覚える。妖怪なんかよりも、彼の方が余程恐ろしい。芥の一声に、司馬は大剣を鞘へとしまい、腰を下ろす。

 ゆっくりと旋回しながら指定の森へと下降して行くが、以前の滑空の恐怖を感じる暇など陸奥にはなかった。これからどうなるのだろう。どうしたらいいのだろう。頭が空転して何も考えは纏まらなかった。


 陸奥を駝鶏の背に残したまま、司馬が跳躍して飛び降り、芥、青鞣が飛び降りるのを支えた。陸奥はその羽毛に顔を埋め、降りるどころか顔を上げる事すら出来なかった。このまま動かなかったとしても、何一つ事態は好転しない事は分かっているというのに。

「陸奥、降りなよ。何も取って喰おうって訳じゃない」

 相変わらず明るい声で話しかけてくる芥が心底恐ろしい。陸奥はゆっくりと上半身を起こし、芥を見詰めた。

「芥って、何者なの……」

「そんなに僕の事が知りたいのかい? 照れるなあ」

 陸奥はそれに返答をしなかった。どうせ何を聞いても誤魔化されるだけだ。

「むしろ僕の方こそ君の事をもっとよく知りたいよ。ちょっと親睦を深めてみない?」

 陸奥はずるりと落ちるようにして駝鶏の背を降りた。それと同時に駝鶏は飛び立ち何処かへと飛び去った。それを見た青鞣が一瞬だけ眉根を寄せたが、すぐに無表情へと戻る。陸奥は風で乱れた前髪を整えつつ、柄に手を添えた。それに反応して司馬も構える。それを手で制したのは芥だった。

「そんなに敵意を向けなくても大丈夫だって。少し話したいだけだよ」

 芥が一歩だけ前に出るが、陸奥は下がらない。その距離は陸奥の足で十歩あるかないかだ。

「いくつか聞きたい事があるけど、とりあえず今一番気になる事からかな。陸奥は妖怪の里で僕の荷の中身を見たよね。その時に盗ればよかったのに、そうしなかったのは君がこれを狙う者じゃなかったからだ」

 芥は荷袋の中から女物の小袋を取り出し、そこから欠けた勾玉を取り出した。

「なのにどうしてだろう。一昨日再会した時には、僕の荷物ばかりチラチラと見てたよね。流石にあれだけ見られたら気になっちゃうでしょ」

 芥は勾玉を顔に近づけ、開いた小さな穴から陸奥を覗く。

「まあそれは置いといて、他に気になった点と言えば、君は「ヒッサの主」と言ったよね。僕達はヒッサしか主を知らないはずなのに、まるで他の妖怪の主を知ったような口ぶりだった」

 陸奥は自分でも気付かなかった言動によって、これだけ暴かれている事に少なからず衝撃を受けた。

 芥は勾玉をしまって荷袋の紐を締め、にっこりと笑った。

「とりあえずこれは諦めて、僕達と一緒に来てくれない?」

「……何処までご一緒すればいい訳?」

「さあて、それは今のところ僕にも分かんないけど。神隠しの件は一緒に頑張ってみようよ」

「申し訳ないけど今立て込んでるんだよね」

「じゃあ、今の依頼主は誰?」

「守秘義務って知ってる?」

 陸奥の額から汗が一筋伝って落ちた。あちらは三人で多勢に無勢だ。そもそもあの魔法使い一人でさえ手に余る。自分一人だけこの緊張感でいるのは既に圧倒的に不利だ。陸奥は柄を強く握る。

「どうしよう青鞣、振られた上に怒らせたみたい……」

「それはそうでしょう」

 呆れたように首を横に振る青鞣だが、特段陸奥に対し同情も敵意もなさそうである。陸奥だけが異様に殺気立って、我ながら滑稽だと心の中で自嘲する。

「陸奥、兎に角悪いようにはしないから、剣から手を放そうか」

 芥が一歩、二歩と陸奥に歩み寄る。陸奥は前に踏み込んでいる右足に力を込めた。この刃を煉より受け取った時から、無論芥を傷付ける覚悟は出来ている。煉も梁も、彼らの命は今ここにかかっているのだから。

「これ以上近付かないで」

 陸奥は抜刀した。本来なら黙って斬ってしまえばいいものを、警告を発してしまったのはやはり一時には共に旅をしたからだろうか。

「……優しいよね、陸奥は。そんなに甘くちゃ人を斬るには苦しいだろうに」

 一瞬、芥が悲しそうな表情を浮かべた――ような気がした。

「司馬。申し訳ないけど陸奥の事動けなくして」

「御意」

 くるりと背を向け芥が下がった代わりに、ついに司馬と相対する事となった。陸奥はちらりと青鞣を見る。参謀役と称された彼は、戦闘員ではないと踏んでよいのだろうか。今の所静観を決め込んで微動だにしない。

 司馬がその体躯に見合った大きな刃を構えると、その懐に入るには容易ではない事が窺える。

「女子供は得意じゃないけど……命令なんで!」

 思い切り振り下ろした大剣は後ろに飛んだ陸奥には掠りもしなかったが、地面に突き刺さった瞬間に石礫が飛散して陸奥にも襲い掛かる。陸奥は外套を翻し樹の後ろに隠れるが、あれは反則だと唸る。幸いここは森の中で、あの大剣を振り回すのには難儀する場所だ。陸奥は出来るだけ大木の傍で攻撃を受ける事にする。

 暫く剣を振り回し、陸奥に当たるどころかきこりのように木々に傷を与えるだけの司馬はついに音を上げた。

「若様ーっここ難しいんですけど!」

「すまーん!」

 樹木の陰に隠れている芥が、悪びれた様子もなく大きな声で答えた。なんだか力の抜ける主従である。

 大剣を諦めたのか司馬はそれを地面に投げ捨てた。陸奥を睨んだまま後ずさりし、芥からほうられた通常の剣を手にする。

「結構コントロール抜群じゃないか?」

「煩いですよ」

 戦場に似つかわしくない芥の喜びように陸奥は毒気を抜かれそうになるが、今はそういう場合ではない。

「では改めて……」

 一気に踏み込んで来る司馬を正面から受けるのは得策ではない。陸奥は斬り込んで来た司馬の刃をいなすと、するりと司馬の後ろ側に回り込んだ。同時に剣を左手に持ち替え、右手で外套の下に仕込んでいた千枚通しのような鋭利な針を、親指以外の指の間に挟んで司馬の首目掛けて一気に三本程投げ込む。司馬は振り向き様に左手の籠手コテで真正面に飛んできた一本を弾き、残り二本は当たる事なく後ろの木に深々と突き刺さった。

「若様ーっ腕が立つ感じじゃないって仰ったじゃないですかー!」

「すまーん!」

 この位置では正面に司馬、後ろに芥・青鞣となり背後からの攻撃を恐れた陸奥は、じりじりと横に移動する。

「腕が立たないって、心外だなあ、芥」

「考えを改めよう。僕は結構いい用心棒を雇ってた訳だね」

「そうだね。我ながら結構出来る方だと思うよ!」

 話しながら陸奥が外套に手を入れたのを司馬は見逃さなかった。また飛び道具を手に掛けた陸奥に斬りかかる司馬だったが、陸奥はあらぬ方向へと駆け出し、あろう事か芥に向かってそれを投げつけた。

 辛うじて顔を引っ込めた芥のすぐ傍の樹皮に、カカカッと三本突き刺さる。

「お下がりください!」

「青鞣!」

「盾くらいにはなりましょう!」

 芥を突き飛ばした青鞣は走り込んで来る陸奥と芥の間で手を広げて、言った通りに盾となった。司馬が全速力で駆けて来て陸奥との距離は一気に縮まるが、陸奥が青鞣を斬るのが先か、司馬が陸奥を斬って止めるのが先が微妙なところである。芥は突き飛ばされたまま、ただその光景を見ていた。駆ける陸奥が青鞣目掛けて下から刃を振り上げようとするのと、司馬が追い付き剣を振りかざすのが同時であった。

 陸奥は刃を振り上げはしなかった。一歩木を蹴って上り、先程自身で投げた飛び道具を足場に蹴り上げ、司馬の真上へとくるりと跳躍した。目の前から陸奥が消えたせいで、司馬の振り下ろす刃の切先は青鞣になってしまった。青鞣はその切れ長の目を限界まで見開いたが、振り下ろされる司馬の剣がとてもゆっくりと向かって来るように感じていた。それと同時に視界が段々空へと向いて上がっていき、どっという司馬の剣が地面に突き刺さったような音が聞こえたが、それは青鞣が尻もちをついた感触だったようだ。司馬の剣が振り下ろされる瞬間、芥が青鞣の衣服を引っ張って、後ろへと転ばせたのだった。

「司馬左だ!」

 息つく暇もなく叫ばれた芥の声に、司馬は反射的に青鞣と芥を守るように一歩飛び出た。

 ドフッという鈍い音が炸裂して、閃光と焼ける匂いが飛び込んでくる。

「ぐっ」

 司馬がその衝撃に耐え、芥と青鞣が何かと顔を上げた瞬間、陸奥は回り込んで芥が抱えている荷袋を切り裂いた。驚いた芥が勾玉の入った小袋を掴もうとするが、陸奥はその手を踏みつけて小袋を剣の先で遠くに弾き飛ばす。と同時に青鞣が陸奥に体当たりをして来たため陸奥は後ろに吹き飛んだ。転がった勾玉を追いかけようと芥が立ち上がるが、その足元で火の玉が爆ぜてよろめいてしまう。その隙に物陰から一匹の狐が飛び出して、その勾玉をくわえた。


 防戦一方の司馬だったが、藪の向こうに一人の男が佇み、そしてその者が火の玉を飛ばしているのだと漸く視界に捉えた。遠距離から攻撃されては手も足も出ない。今は後ろの二人に当たらないように壁になるしかなかったが、それもいつまでもつか。

 司馬の後ろから獣が飛び出し、器用に火の玉を跳ねるように避けてその男の腕へと噛みついた。男が慌てて獣の顔を掴んで至近距離で爆破したため、獣はギャンと悲鳴を上げて転がった。

 転がって落ちた藪の中から、一人の男が立ち上がる。

「煉って言ったっけ。久しぶりだな」

 噛みつかれた腕をぶんぶん振りながら、煉は立ち上がった男を見て笑う。

「烈とか言ったよなあ。今度はお前の方から来てくれるとはな」


 狐はいつの間にか人間になっており、銜えた勾玉をぽとりと両手の中に落とした。彼女は悲しそうな瞳を陸奥に向ける。陸奥はその視線を逸らす事が出来なかった。

「どうして……?」

 彼女は今にも泣き出してしまいそうな、震える声で陸奥に問いかけた。

「どうしてあの人といるの?」

「……蛍」

 陸奥はそう呟いたが、その後に言葉を続ける事が出来なかった。

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