表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
むつのはな  作者: あみか
第三章
67/102

州越え

 二日後に街の東側で落ち合う約束をして芥達と別れた陸奥は、その二日間をどうやってあれに上手く騎乗出来るかの特訓に励んだ。勿論本物はいないので架空の運び屋相手に、なのだが。

 結局成果があったのかなかったのか誰にも分からないまま当日を迎えてしまった。

 もしここで乗る事が出来なければ芥をウトまで連れて行く事が出来ない。そして、芥が騎乗を拒んでも。

 寝不足気味で迎えた朝は、爽やかな朝日とは裏腹に陸奥気持ちは沈んでいた。

 失敗したら、梁はどうなってしまうのだろう。妖怪も、そして人間ですら軽んじて見下すような清陳が手心を加えるとは思えない。

 陸奥は冷たい水で洗顔し、両手で頬にパチンと気合いを入れた。


「おはよう」

「おはよう芥。司馬さんも青鞣さんもおはようございます」

 待ち合わせ場所に現れた彼らは、改めて見るとその長身さが目立つ。青鞣もすらりと大きいが、やはり目を惹くのは司馬だ。その筋肉といい、腰に吊るされた通常より大きな剣といい、上背と相まってかなり大きく見える。この魔法使いだけは敵には回せない。

「この先の林の中で落ち合う予定だよ」

 陸奥は三人を連れて暫し歩いた。時間にして四刻(一時間:一日は九十六刻)程の道のりだった。


「陸奥さんも用心棒なんですよね?」

「さん付けはいいですよ。まあ、女ですからそこまでじゃないですけど一応それで売ってますね」

「手合わせしてみたら?」

「司馬さんとしたら死んじゃうよ」

 陸奥は笑って答えたが、実際その可能性は零ではない。司馬はどこか抜けているが、真正面から取っ組み合えば正直勝ち目はないのではと思わせる風格があった。

「お住まいはどちらなのですか?」

「首都州の下町の方ですよ。狭くてごちゃごちゃしたところです。青鞣さんは?」

「私はシュレイですよ、司馬もね。そこで若様に雇われましたので」

 シュレイはヒッサ州境の山の麓にある街だ。妖怪の里を出て用心棒を雇うのであれば、シュレイの者であるのになんら不思議はない。そう簡単にボロは出さないのは当然か。ここでそれを暴いたとしても、陸奥にとってなんら有利になるものなどないのでそれ以上は聞かなかった。

「先程女なのでと申されましたが、むしろ何故女性ながら用心棒などという危険な職業を?」

 この青鞣という男がやたらと質問をして来るので、陸奥は勘弁して欲しいと思っていた。あまり聞かれるとこちらが不利である。

「そう、ですね。色々と理由はありますが、結構需要があるんですよ。長旅の護衛となりますと、男性よりも女性の方がいいとおっしゃる女性依頼人も多くて」

「成る程。確かに言われてみるとそうですね。男社会の私には想像も出来ませんでした。勉強になります」

 いえいえと陸奥は答えたが、早くこの会話から抜け出したいと切に願いつつ歩き続けた。


「多分この辺にいるはずです」

 ポツポツと木が乱立し始め、さらに進んで本格的に樹林が立ち並ぶ中を深く分け入って少し開けたところに出た。地面は落ちた葉で埋め尽くされ、小さな新たな木が細く伸びていたが、人が入る度にポキリと折られてしまう。

「鳥の妖怪だっけ? 四人も乗れる?」

 陸奥は一瞬答えに詰まった。これで三人が限界だと言えば、司馬か青鞣のどちらかが芥の側から離れるかもしれないが、三人でなければ行かないとなれば陸奥と行動を共にしないかもしれない。

 その僅かな間を、陸奥が答えを持っていないと芥は解釈した。

「陸奥も初対面なんだっけ? そりゃ何人乗りか分かんないよね」

「ご、ごめん」

――魔法使いは勘がいい。

 その言葉が陸奥心に突き刺さっていた。それは、人の心の機微にさえ鋭いのであろうか。


 やがて、木々をガサガサと搔き分ける音と共に運び屋がやって来た。先日陸奥が感じたのと同様の驚きを彼らも示した。

「でっけえ……」

 普段自分より大きなものなど見る機会の少なそうな司馬でさえそう漏らした。

「南国の島には、密林があって大きな鳥がいると聞くけれど、これに近いものが生活の中にいるとなるとかなり怖いな」

「……」

 陸奥は練習した通り蔓を駝鶏に巻き付けた。辛うじて四人乗れそうだ。話し合いの末、司馬、陸奥、芥、青鞣の順で座る事になった。一番前でも後ろでもない事に安堵しつつも、芥の後ろであれば勾玉を抜き取れる可能性もあったのに残念である。順番を変えられる程の理由を陸奥は持ち合わせていない。

「若様、変な所を触ってはダメですよ」

「変な所って例えば?」

「いや、ですから……」

「何処か分からないのに変な所とか言うなよ」

 芥がにやにやしながら青鞣をからかっており、陸奥は不憫そうにそれを見詰めた。見るからに固そうな男だが、やはり性格もそうらしい。

「ひゃあ!」

 急に脇腹をするりと触られて、陸奥は変な声が出た。芥が爆笑している。

「ごっ……ごめん……っ」

 笑いながら謝られても全く謝罪の意が感じられない。陸奥は顔を真っ赤にして脇腹を抑える。

「変な所だったか? そこが駄目って言われたらもう少し上を触らないといけないな」

「芥!」「若様!」

 二人に怒られ、芥は笑いながら分かった分かったと掌をヒラヒラと降る。

 何故こんな男と別れる時に寂しさなど覚えてしまったのだろうかと、陸奥は自問せざるを得なかった。


 すったもんだしながら四人は運び屋に跨った。陸奥は前後に人がいる安心感よりも前回の飛行の記憶が脳裏にこびりついており、その顔には血が通っていないようだった。

 運び屋が翼を持ち上げると、びゅおおうと音を立てて風が起こり、木々がしなる。

 陸奥は思わず司馬の腰を強く抱きしめる。

「司馬! 顔が赤いぞ!」

「すいません!」

 その芥の声が耳に入っているのかいないのか、陸奥はただただ目を瞑って抱きしめたままだった。

 上昇した一行は、細い枝や葉が茂る空を食い破るように飛び出した。歯を食い縛って耐える陸奥の後ろから、楽しそうな芥の声が響く。

「これは……爽快だなあ。君、僕んちで働かないかい?」

 ポンポンと運び屋の背中を叩くも返事はない。青鞣が芥の脇腹を抓る。

「うわーうわー! 絶景に過ぎるなこれは……!」

 はしゃぐ芥に、陸奥は揺れが収まった事を悟り漸く目を開ける。本当に、この景色だけは何にも代え難い。朝陽や夕陽、夜空も美しい事だろう。

「あれが件の峡谷ですね」

 下を見ると、州境の谷が深ぶかと地面を抉り取っているのが見える。あれを足で越えようとするのは無理だ。むしろどうやって橋を架けたのだろうか。そんな場所も、空の上からでは何の関係もない。あっという間に飛び越えてしまった。

 陸奥は心の中で一つ安堵した。取り敢えず州を跨ぐ事が出来た。あとはイモンの街へ芥を連れて行って、後は清陳に任せて煮るなり焼くなりむしろ焼かれるなりすればいい。


「ねえ陸奥」

「何?」

「……何処まで連れてく気?」

 耳元で囁かれる芥の声があまりにも低くて陸奥はドキリとした。

「しゅ、州都かなって思ってたけど、別の所の方がよかった?」

 適当に答えるが、陸奥は自分の声が上擦ってしまった事に更に焦る。

「陸奥さあ」

 司馬の腰を掴む陸奥の掌に汗が滲む。

「見たよね? あの時」

「……何を?」

 何故だか心臓がばくばくする。芥の顔が見れない位置で、自分の顔が見えない位置でよかった。最早陸奥はその表情を取り繕う事が出来ない。

「何って、もう分かってるくせに」

 芥は意地が悪い。何故このような言い方をするのか。

「まあいいや。ここで降ろしてよ」

「芥……行きたい所があるならそこまで行くから」

「行きたい所はここだよ」

「待って。流石に人目に付かない所に……」

「司馬!」

「は」

「こいつの首を斬り落とせ」

「芥!」

 陸奥は悲鳴にも似た声を上げたが、それは虚しく空に吸い込まれるだけで誰にも届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ