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むつのはな  作者: あみか
第三章
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再会

「あ、芥!?」

 陸奥が発したその言葉に、司馬と青鞣は衝撃を受けた。

「あ、く……っ!?」

「……」

 フードの下では青鞣が怒りを抑えており、司馬は爆笑を必死で堪えるであろう事が想像できる。夜半は内心かなり面白がっていたが、陸奥には普通に話しかけた。

「こんな所で会うとは奇遇だね。陸奥は何してるの?」

「ちょっと買い物を。芥は、あれから何か手掛かりはあった?」

 芥は漸くフードを被りなおす。

「まあぼちぼちと言ったところかな」

 陸奥は後ろに並ぶ二人を見て首を傾げた。

「あの二人はどちら様?」

「とっても腕利きと、とっても頭の切れる参謀役だよ」

 夜半がにこにこと二人を紹介するので、司馬と青鞣は話を合わせるよう頷き合った。それぞれ雇われ用心棒だと自己紹介し終わったが、今度は司馬と青鞣の名前を聞いて陸奥がぱちくりとした。

「芥とは元々お知り合いという訳ではないんですよね……?」

 この一言に二人はかなりどきっとした。青鞣の顔色が変わらないのは勿論、司馬もぎりぎり持ち堪えた。

「そんな事はありませんよ。何故、そう思われたのかお聞きしてもよろしいですか?」

 参謀役と紹介された青鞣は、いつも通りの丁寧な口調で、いつも通りの笑顔で陸奥へと尋ねた。陸奥は慌てて謝る。

「ご、ごめんなさい変な意味ではなくて……失礼な事を言ってすみません」

 この一言を言わなければまだ失礼と確定した訳ではなかったのだが、やはり陸奥が失礼な事を考えていたというのが露呈してしまった。


 「青鞣」と「司馬」は夜半が自分の手元に二人を置いた時に付けた字だ。そもそも青鞣の文字は当初青鞜で、所謂女性知識人を意味する言葉から夜半がふざけて付けたものだ。青鞣のその博識ぶりと女性のような端正な顔立ちを揶揄して命名されたのだが、勿論本人はそれにかなりの難色を示し、鞜の文字を似た鞣に無理矢理変えたという経緯がある。司馬に至っては夜半にとってお前は自分の軍みたいなものだと言い放ち、通常姓で用いられる司馬をそのまま字へと転用した。今なおふざけた事をしでかす夜半だが、昔はもっと分別なくやんちゃであった。

 無理難題をよく押し付けられる二人が、たまたまもし夜半に字を付けるとしたら何にするかという話題でこっそり盛り上がった時が一度だけあった。その時は字なのか悪口なのか分からない罵詈を並べた後、最終的には「芥」で落ち着いたのだが、まさかあれを本人に聞かれていて、更に数年越しにそれを他人の口から暴露されるとは予想だにしなかった。青鞣にとってはかなりの恥辱である。


 字という文化は陸奥の故郷にはなかった。だからその概念を受け入れ理解するのには時間を要した。だが元はこの国の文化ではなく、かつてイーリアス神がこの国を開いた折、栄華を極めていた大国の文化であったという。当時は正式な文章に字を書く事はなく、また自分をへりくだる際には姓名を名乗るのが礼儀とされていたらしいのだが、時間とともにその認識は薄れ形骸化してきている。この国にはそう言った、元々のものとは形を変えてしまったものや、永い時間の中で交じりごちゃまぜになってしまった文化が多い。基本的には本名と言って差し支えないものだと陸奥は理解をしている。


 詰まる所陸奥が思った失礼な事とは、芥も変な字だが青鞣も司馬も変な字、というものである。


「陸奥はあのお店に戻ったと思ってたよ」

「色々あってね……」

 陸奥には乾いた笑いしか出せなかった。本当に色々あった。後で自叙伝にして脚本にしたら売れたりするのだろうか。いや、そんな面白い話ではない。

 夜半――ここでは芥は、ユリハラでもまた襲撃を目の当たりにした話を掻い摘んでして来たが、当の本人が撃退したとは一言も言わなかった。

 この二人が元々芥の知人である事は明白だ。隠し事が好きな芥が、初対面で信用のない用心棒に妖怪の事を話すはずもないし、言われた方も信じないだろう。そして用心棒などという民間の生業に魔法使いは従事しない。妖怪を退けるには魔法使いしか無理だ。

 一方陸奥の方も、烈や蛍と畑仕事をしたというような他愛もない話をし、その後襲撃に遭った事も拉致された事も伏せた。

 結局陸奥も芥もお互い核心は秘めたまま、取り留めもない話を続けた。


「陸奥はいつまでここにいる予定なんだい?」

――来た。

 ついに待ち望んだ質問が来た。陸奥は平然と答える。

「明後日ウト州に渡る予定だよ」

――かかれ。

 芥の笑顔は一つも動かなかった。

「どうやって?」

「ヒッサの主の伝手で、鳥の妖怪に乗せて貰える事になったんだ」

 陸奥は一瞬後ろの二人を見た。ユリハラでの襲撃を目にしたとは言え、ただの用心棒であれば妖怪の単語に怪訝そうな顔を見せてもおかしくはない。例え妖怪を知っていてもそうでなくとも。だが後ろの二人はフードの奥で眉一つ動かさない。

「鳥の妖怪か。何でもありだなあ」

「ね、すごいよね」

うずらとか雀とかじゃないよね」

「まさか」

 陸奥は笑ったが、思いの外反応が薄い事に内心戸惑っていた。彼らはウトに渡りたいのではなかったのか。だがこれ以上引き伸ばしても怪しまれるだけだ。逆にウトに何しに行くのかとこちらを掘り下げられても困る。

「それじゃあ芥、神隠しの件頑張ってね」

 そう言って陸奥は歩き出した。本当は振り返りたい。そして一緒に行かないかと誘いたい。それでも、乗って行くかどうかこちらから聞くなどという事は不可能である。

 芥はついに一言もウトに行きたいとは口にしなかったのだ。

 陸奥は唇を噛んだ。もう拉致という強硬手段しか残されていないが、あの魔法使いがそれを阻むはずだ。それで失敗したら陸奥らにもう打つ手はない。自分にもう少し話術があれば。


「陸奥」

 後ろから呼び止められ立ち止まると、芥が小走りで近付いて来た。

「実は僕もウトに行きたいんだけど、同乗出来たりする?」

――かかった!

 陸奥は表情が変わりそうなのを必死で耐えながら、努めて何気なく「うん」と僅かに微笑んで振り向いた。

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