報告
軟禁状態の陸奥は、未だ体調の優れない煉と話をするくらいしかする事がなかった。部屋には煉の他にも何人かの妖怪がいたが、話せるのは煉くらいだった。
「あのお札って何なの?」
「ああ、あれか……」
苦々しい顔をしながら、煉は壁に貼り付けてある紙を見詰めた。
「あの清陳とかいう奴とその仲間達が貼り付けてったんだけどさ」
「え、その仲間達?」
「ああ、あいつは一人じゃない。まあ兎に角俺もよく知らないんだけど、主様がつるんでる連中だよ。あれが貼ってあるせいで、俺らは好きにこの建物から出られなくなった」
「そう、なんだ……。あの清陳って人、何者なの?」
「知らん。ある日突然主様が連れて来た。この人間たちと同盟を結ぶってな」
煉はごろりと床に寝転がって天井を見た。
「……本当は相談くらいして欲しかった。上の人達は知ってたのかもしれねえけど、俺らみたいなぺーぺーには寝耳に水だったよ。突然やって来て、俺らをここに閉じ込めて。でも力はくれた。ヒッサまで行ってもそこの奴らと対等以上に渡り合えるくらいの力を。代わりに勾玉とかいうのを探し出せって言われた」
「勾玉って、そんなに重要なの?」
「知らねえよ。知らない事だらけだよ。それでも、俺らは生き延びるために貰ったこの力で、人間たちに知らしめなきゃいけない。俺が知ってる事、やりたい事はそれだけだ」
「そう……」
何も知らされないまま閉じ込められて、ただ人間を襲うように言われただけというのは、きっと皆葛藤があったに違いない。
「主様の言う事を聞いてりゃ間違いねえだろ」
それは陸奥にというよりも、自身に言い聞かせるように聞こえた。きっと本当は知りたいのだ。知る必要がないと言われるのは悲しい事だ。
「きっといつか、話してくれるよ」
陸奥にはそれしか言えなかった。
「お前……変な奴だな。人間にとって俺らは仇なす存在なだけなのに、よくそんな事言えるのな」
「変なのかな。分かんないけど、人にも妖怪にも、それぞれ不幸になって欲しくないと思うよ。たまたま巻き込まれただけだけど、それでも関わったからには見て見ぬ振りが出来るほど悟ってない。昔は共生してたなら、きっとどちらも不幸にならない道があると思う」
その時だった。ばたばたと音を立てて駆けこんで来たのは梁だった。息を切らして入って来た梁を見て、煉は何事かと慌てて起き上がる。陸奥も立ち上がって心配そうに梁を見た。
「……大変だよ!」
「何かあったのか!?」
「あんた……」
梁は肩で息をしながら陸奥を睨みつける。陸奥は思わず身体を強張らせた。梁は思い切り陸奥の両肩を掴む。
「あんたすごいよ!!」
走って来たからなのか、興奮からなのか、梁の頬は紅潮している。
「人間たちが皆あたしたちの話してるんだよ! こんな事信じられない!」
部屋にいる妖怪たちからどよめきが起こった。梁の目はきらきらと輝いている。
「あんたの話を聞いた時は疑ってたけど、こんなに効果覿面だなんて! 人間にこんなに怖がられたのって生まれて初めてだよ!」
部屋にいる者たちが詳しく聞こうと梁の周りに集まって来る。興奮冷めやらぬ梁は得意そうに先程商店街で見たものを話し始めた。
「それじゃあ、中断してた紹介から始めよう。皆さんの妖怪としての本質を把握してから、それを効果的に使う手段を考えます」
まず陸奥は今ここに残っている妖怪たちの把握から始める事にした。
「煉は狐の妖怪だったよね。真名解放すれば蛍みたいに狐化して炎が強力になるのかな」
「見てねえけど、そうだよ」
「紙と墨あったりする? 一度で覚えきれる自信がない」
「んな高価なもんねえよ。墨はあるからその辺の木片にでも書いてろ」
そうやって始まった紹介時間だったが、聞けば戦闘向きではない事は明らかであった。
「真名解放すれば顔がのっぺりとなくなります」
「真名解放すれば口が耳まで広がります」
「真名解放すれば目が一つになります」
この顔芸三人衆を初め、真名解放したところで不可思議な力や身体能力が上がるものは殆どいなかった。陸奥が気になったのは、皆申し訳なさそうにそれを言う事だった。生まれ持ったものが他人よりも戦いに向いていないからと言って、誰も責めはしないというのに。人でも妖怪でも、誰しも向き不向きはある。皆が命を懸けて人を襲いに行っているのに、自分達だけがここに残って役に立っていない事を気に病んでいるようだった。
全員分聞き終わって、皆居た堪れない気持ちになった。陸奥は効果的に使う手段を考えると言ったが、自分たちの能力ではそんな方法はないという事に陸奥は気が付いただろう。
暫し考え込んだ陸奥だったが、やがてにこりと顔を上げた。
「うん。多分いける」
「……いける訳ないだろ! どうやって戦えばいいんだ! 話聞いてたのか!」
顔のなくなるという妖怪が、笑う陸奥に異を唱えた。
もしかしたら仲間内で役立たずと言われたのかもしれない。言われなくとも、そういう空気があったのかもしれない。それなのに敵である人間からいけると言われても、そう簡単には信じられないのだろう。
「戦う必要なんてない」
陸奥は笑顔を崩さない。難しそうな顔をすれば、彼らを不安にさせてしまうだろう。
「皆さん、お互いが妖怪だから分からないかもしれないけど、人間は自分達とは違うものに対して恐怖を感じます。それは顔がないとか、ただそれだけでとても怖い」
「そんな莫迦な」
「莫迦なんですよ、人間は。戦いによる死という直接的な恐怖もいいかもしれませんが、じわりと来る恐怖。あなたたちにはそれを与える力がある」
どんよりとした雲間から、少しだけ日差しが届く。それが皆の表情を少しだけ明るくしたような気がした。
「標的は出来れば女性がいい。男性は強がってしまう傾向にありますが、女性は話好き。きっとあなたたちの話をあっという間に広めてくれるでしょう。それから、堂々と力を見せつけるのは逆効果です。見間違いかな、と思わせる方が効果があります。皆さんに合わせた台本を書きますから、その通りにするだけで大丈夫です」
半信半疑で、真に受けていいのかどうか判別しかねる。顔をちらりと見せるだけで恐怖を与える事が出来るなど、どうやって信じればいいのか。
「騙されたと思って、一度やってみて欲しい。……お願いします」
ざわめきが大きくなった。人間が自分達に対して頭を下げている。
人間と距離を置いていた妖怪達は、直接関わった人間というのは清陳達だけだった。彼らは自分達を軽んじ、上から目線で駒だとしか思っていないような節があった。元々人間嫌いだった妖怪達は、より一層人間に対し嫌な感情を持つようになった。
それなのに、今はその人間が頭を下げている。清陳本人ではないが、この行動はほんの少しだけ彼らの留飲を下げた。ここまでするなら、一度くらいやってやってもいいか、と思い始めたのだった。
「字、読めない……」
おずおずと声をあげたのは、一つ目の少年だった。
「そりゃそうか」
陸奥は顔を上げて苦笑する。人の文字が妖怪に読める訳もない。
それから陸奥の、妖怪達への演技指導が始まった。やがて夕方になり小雨が降り始めた頃、妖怪たちは指導の成果を発揮しに、人間達の元へと散っていった。
結果は今梁が報告した通りだ。ここにいる誰もが憧れていた、煉、太知、そして糊や遠が、力の限りを尽くしても中々うまくいかなかった事が、自分達の力でこうもうまくやれるとは。梁だけではなく、この場にいる全員がうれしそうだ。
陸奥は初めて皆の笑顔をみた。ずっと不安そうな、陸奥を敵視したような顔しか見ていなかったが、今は全くそれがない。
梁が陸奥の両手をがしっと握る。
「陸奥って言ったっけ。あんたのおかげだよ!」
陸奥は気後れしつつも、梁につられて笑みが零れる。それは昨日までの皆を安心させるための作ったような笑顔ではなく、本心からの微笑みだった。
「その、なんだ。きつく当たって悪かったと思ってる……」
梁は握った手にぎゅうと力を込める。少し恥ずかしそうに俯きつつ、上目遣いで陸奥を見た。気が付けば、梁の後ろにいる妖怪達が皆神妙な面持ちでこちらを見ていた。
「出来れば、もう少し色々教えて欲しいと思ってる。人間はまだ信用出来ないけど、あんたの言う事ならまだ信じられる。こんな掌返しじゃ、あたし達の方こそ信用して貰えないかもしれないけど……」
「俺からも頼む」
「煉……」
妖怪達の目が、縋るように陸奥を見詰める。切羽詰まった状況で、陸奥は唯一見えた光なのだ。彼らは最初清陳にその光を求めた。だが彼は、力を与えこそ道は示してはくれなかった。妖怪達は、犠牲を払っても暗闇の中から抜け出すことが出来なかった。
「私にも、妖怪達の事、色々教えてね」
「陸奥!」
ぱあっと明るい笑顔が広がった。最初こそ道を人質に取られたからだったが、今はそれ抜きでも協力したいと思える。この手が有効と分かれば、今派遣されている妖怪達を呼び戻す事が出来るだろう。そうすれば人間の犠牲も出ないし、妖怪達も消えなくて済む。
「まずは、暫くは何もしない事。人は慣れる。忘れた頃にやる事がおすすめ。それと、中には驚いて攻撃してくる人間もいるから、人間性を見極めてやって欲しい。出来れば普段から人に紛れて観察して、攻撃性の低い人間を標的にするとか、ね」
陸奥は真後ろ、部屋の入口に佇む者に話しかける。
「だから自由に出入り出来るようにしたらどうです?」
怒りを露わに振り向いた。
「ねえ、清陳さん」




