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むつのはな  作者: あみか
第三章
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 首都州の外周を囲うようにある六州のうち、北東に位置するのがウト州である。そこへの道のりは険しく、ヒッサなどの比較的往来のしやすい州と比較して、人の行き来は少ない。

 『荒原の都』と称される様に、六州の中で最も降水量が少なく、そして最も人口が少ない。四季があるとはいえ、緩やかに季節が移り変わるこの国においてウトは寒暖差が大きく、住みにくい州だと言われていた。

 それでもこの荒れた地に適した果実や野菜も多く、サラスヴァ政権において州交が盛んになった昨今、その農作物を求める者も多く、ウト産の作物には高値が付く事も珍しくはない。灌漑農業が発達したこの州において、収入源は専ら農業から得られるものであった。


 他州についてそれ程詳しく知っている訳ではない。ただ、そう聞きかじった州の特徴と、今目の前に広がる光景は、あまりに懸け離れている。


 荒ぶる濁流は、まるで獣のようだった。重く垂れこめるあの黒い雲の中から飛び出てきた獣のようだ。堰には土嚢が山と積まれているが、獣は今にも食い破り、そして勢い止まらぬままに人里をも丸飲みするであろう。恐らく畑が広がっているであろう区画も全て田のように水が溢れており、たわわに実る果実も枝から落ちて水面に浮かんでいる。足元の泥濘ぬかるみを見て、陸奥は固い表情になる。今は雨は降ってはいないが、今立つ山からも水が流れ込んでいるとすれば、水嵩が減るにはまだかかるはずだ。

 危険すぎる。

 こんな事をしている場合ではないはずなのに……。


 山を下りて街に出るが、昼間にも関わらず誰一人として出歩いてはいなかった。風の音と水の音しかしない大通りを、一行は無言で通り過ぎた。家や店の前には、土嚢がこれでもかという程敷き詰められていた。


 陸奥が連れられたのは、どこにでもあるような普通の邸宅であった。煉を担いだままお面の男の後を付いていく。だが一歩踏み入れると、壁に何枚もあの札が貼り付けてあり、普通の住居ではない事は一目瞭然だ。こんな所に入って、煉と道は大丈夫なのだろうか。

 そんな陸奥の心配を余所に、男は中へと進んで行った。陸奥は仕方なく、そのまま奥へと進んだ。


 広間だった。長い卓に、数脚の椅子。中の者達が一斉に陸奥の方を振り返った。急にいくつもの視線を浴びて、思わずたじろぐ。男を見たのか、陸奥を見たのか、煉を見たのか。


「煉!」

 小柄な女性が、心配そうな顔をして駆け寄って来る。そして思い切り陸奥の顔を睨みつけた。

「煉に何したのよ!」

「ち、違います」

「違うって何よ!」

 今にも飛び掛かりそうな勢いで、女性は捲し立てる。焦る陸奥は慌ててお面の男を見るが、既に男は横にはおらず、卓の一番奥に座っている男を話し込んでいた。

りょう、うっせーぞ」

「煉……大丈夫なの!?」

「こんなのどうって事はねーよ」

「兎に角に座って」

 梁と呼ばれた女性は、文字通り煉を奪い取って椅子に座らせた。梁は陸奥を一瞥もしなかった。


「皆、座れ」

 卓の一番奥に座る男が、短くそう言った。低く通る声だった。座る位置といい、あの物言いといい、ここで一番偉い人物なのは明白だ。

 甲斐甲斐しく煉の世話を焼いていた梁も、慌てて近くの椅子に座る。お面の男も、座れと指示した男の隣に座った。陸奥は入り口に立ったまま、様子を伺っている。それを誰も咎めはしなかった。

「まずは、ご苦労だったな、煉」

「いえ。すみませんでした」

「よい。太知と椿については、今調べさせている。お前は自分の心配だけしていろ」

 あの口の悪い煉がしおらしくなっている。それ程にこの男には頭が上がらないのだろうか。

「さて」

 男は真っ直ぐに陸奥を見た。眼光鋭く、まるで射られた様だ。

「人間よ。名を何と言う」

 彼らは妖怪なのか。煉を心配する様子からも察せられるが、こんな人里に居を構えているとは驚きだ。席についている全員が陸奥を見ている。

「陸奥、です」

「私はここのぬしだ。まずは手荒な真似をした事を詫びよう」

 主の詫びに、この場にいる全員が納得をしていない空気があった。何故人間に詫びなければならないのか。そう顔に書いてある。ヒッサの里では歓迎もされなかったが、疎まれもしなかった。皆芥と陸奥から距離をおいていた。

 だが、ここは違う。あからさまに皆敵意を剥き出しにしている。何かをした訳ではないのに、逃げ出してしまいたい。

清陳きよふる

 そう呼ばれたお面の男が頷いた。そんな名前だったのか、と陸奥は思った。

「陸奥女史は、我々への協力を志願してくれた」

 その一言に部屋がざわつく。唯一煉だけは、むすっとした表情で黙ってそれを聞いていた。

「彼女は只人ではない。真名を翳さずともそれ以上に力を解放する能力を持っている」

 ざわつきが一層大きくなった。皆半信半疑で、口々に雑言を吐かれているのが、なんとなく耳に入って来る。これが例の魔法使いか、などという言葉も聞き取れたが、一々否定するのも面倒だ。

「その能力に、制限はあるのか」

 主が口を開いた。陸奥に聞いたのか、清陳に聞いたのかは分からないが、陸奥が答えるしかないだろう。

「名前……真名じゃなくていいです、が必要です。あと、顔も見て知ってる事と、何の妖怪かを把握している事が必須です」

 全くの出鱈目だ。道など陸奥が名付けたくらいだ。だが、制約があると思わせる事が、今後を大きく左右する。

「理解した。俄かには信じられないが、煉からもそのように聞いている」

 全員の視線が煉に集中する。煉はこくりと頷いた。

 信じられないのも無理はない。陸奥自身でさえ、いまいち何なのかよく分かっていないのだから。だが、自分ではなくとも、人間であればそんな事は容易い事だと陸奥は勘違いをしていた。つまり、清陳にもそれは可能なのだと。その事がばれてしまい自分が用無しになってしまう事を陸奥は恐れている。道を取り戻す前にその方法に気付かれてはいけない。

 実際にはそんな心配は不要だったが、陸奥はまだそれを知らない。


「我々の目的は二つだ。一つは我々の存在を人間に知らしめる事」

 そのために街や里を襲っているのだと、主はそう言った。そのために力を与える事は、人々を傷付けるのと同義だ。直接手を下さなくとも、陸奥がやった事には変わりはない。陸奥はきつく拳を握る。

「もう一つは」

 続いて清陳が口を開いた。

「……勾玉を完成させる事」

 ねっとりとした言い方だった。まるで、陸奥が持っている人物を知っていると分かっているような言い方。いや、それは疾うにばれているだろう。問題は、その人物が何処にいるかである。

「勾玉は、完成したらどうなるの」

「それは君が知る必要はない」

 ぴしゃりと拒絶されたが、ここで食い下がらない訳にはいかない。

「人を傷付けるようなことは断ると言ったはず。もしそれに該当する内容であれば」

「分かった分かった。勾玉は、先程使ったものや、この壁に貼られている呪符の類のものだ。比べ物にならない程強力な呪具。今は二つに割れてどちらにもその効果はないが、強力なものだから手にしてみたい。勾玉が手に入ったからと言って、何か害になるような事はない」

「本当に?」

「おやおや信用がないな。大体これらの呪具は対妖怪なのだから、人間の君が心配するような事はない」

 同盟を結んだ妖怪の前で、よくそんな物騒な事が言えたものだ。大体この壁に貼ってある札が、一体何のためなのだろう。

「さて、陸奥。どちらを協力して貰えるのかな?」

 陸奥には、正直どちらも無理難題だとしか思えなかった。

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