ユリハラにて〈終〉
戴冠式及び即位式は約半年後、暦で言えば二重月に執り行われる予定である。一年、十六ヶ月のうち、唯一空に大小二つの月が浮かぶ一ヶ月である。七ヶ月はそれぞれ大月、小月が単体で輝き、残りの一ヶ月はどちらもない夢月である。恐らく昔は無月と表記されていたのだろうが、いつの頃からかこのような字を当て嵌める様になった。
この式典は三日間の日程で組まれており、街では夜通しお祭り騒ぎとなる。二つの満月が煌々と輝く夜空は、強く優しく地上を照らす。昼間程ではなくとも、かなり明るい夜が続くのだ。通りは露店で賑わい、至る所で楽器の演奏やら大道芸やらが行われる。商売人の凄まじい所は、一日目に王が身に着けていたものを模したものが、二日目からは店先に並んでいるという点である。地方からもここぞとばかりに人が首都に押し寄せ、紛い物やらなんやらを掴まされて帰るのだ。
ただし、地方と言っても州を跨ぐことはあまりない。勿論中には見物や観光で上って来る者もあるが、基本的に州が変われば国が違う程に毛色が違う。別州の者は、首都がどうなろうと、王が誰だろうとさほど興味がないのだ。我不関焉。この国の首都と六つの州は、支配せず、独立せずを不文律としていた。
それを変えたのはサラスヴァだった。自治権は残しつつも、国としての一体感を出すことにその生涯を費やしたと言っても過言ではない。二世代前には到底考えられなかったが、今の若者は首都や此度の即位式に興味津々である。そしてこれはこの国の流通のあり方も大きく変えた。他州の産物が首都まで多く届くようになり、需要が生まれた。首都州では手に入らない食材が入手出来るようになり、食生活もここ百年で大幅に変化した。また、他州に行きやすくなった事で、観光産業も大きく発展した。
「だがそれも今や衰退しつつある。一、二年前から教会は正規の道筋での山越えに関税をかけている。奴らは奴らで各教会を巡らなければならないし、地方の珍品を独占した方がうま味はあるだろう。金や道楽に目が眩んだ連中が神職だなんて、全く世も末だよ。無欲な僕が神官をやった方が、有難みがあるんじゃないか?」
「無欲の意味をご存じないのですか?」
夜半の戯言に対し、青鞣は容赦がない。司馬はにこにことその様子を黙って見ている。
七ら一行から、先の妖怪たちが北東の州、ウトの者だと聞いた夜半たちは、今回の騒動の元凶がウト州にあると確信した。
元々怪しいと踏んでいたウト州。枯渇した水の都ヒッサの情報が全く手に入らなかったのと同様、こちらも全く情報が遮断されていた。サラスヴァ時代であればすぐに異常に気が付いたはずだが、州交が乏しくなりつつある今、情報が入ってこない事になんの疑問も持たない。
ウトへの道のりは、ヒッサよりも険しい。そもそもどの州に行くにも山越えが必須なのだが、ウトはそれに加えて途中に崖があると聞く。大きな橋が一本整備されているそうだが、今そこには税金を徴収するために教会の息がかかった者が常駐していると思われる。
仮に、夜半の推測通り今回の一連の事件に教会が噛んでいるとして、彼らからすれば王族の夜半がウロチョロするのは喜ばしい事ではない。教会が悪事を働いているという事が世間にばれれば、この数年こそこそと積み上げてきた物が台無しである。夜半を待ち伏せするなら、この橋は格好の狩場である。
「空でも飛べたらいいんですけどねえ」
「全く司馬の言う通り。翼があればもっと早くに王宮なんて抜け出したのに」
「殿下……」
司馬が悲しそうな声を出す。夜半が王宮を抜け出す事を、青鞣には伝えて自分には一言もなかったことを未だに気に病んでいるようだ。図体は大柄なのに、中身はそうはいかないらしい。
司馬が魔法使いなのは目に見えて明らかだが、青鞣はと言うと、その才能は全くなかった。青鞣は一般人であり、難関試験を突破して文官として採用された。王宮に入るまでは、魔法使いを見た事はなく、魔法と呼ばれる物の真実を知り愕然とした一人である。
それでも、あんなに深々とした傷があった司馬が、数日でここまで回復したのを見ると、やはり魔法使いは恐ろしいと思わざるを得ない。魔法使いはその才覚が認められればすぐに国営の施設へと入れられる。そしてそれぞれ軍などに配属されるが、彼らが束になって反旗を翻せば、国家転覆などあっという間だろう。恐らくそうならないように、施設の中で「教育」が行われるのかもしれない。才能が発覚すれば、親兄弟だけでなく、親族すらも泣いて喜び、諸手を挙げて施設へと入居させる。選ばれし者だけが許された特権。だが青鞣には、監獄のようにしか思えなかった。軍の者と会話した事があるが、皆異常なほど愛国心が強かった。一体どうやったらあそこまでなるのだろうか。
魔法使いは例外なく施設へと召集される。一年に一回、役人が街や里を回り子供たちの才能を特殊な道具を使って確認するためだ。これは戸籍で漏れなく確認されるので、この国に生まれた者にとっては恒例行事である。どういう訳か、大人になってから魔法使いになった者はいない。
施設に入らない方法があるのかどうか、青鞣には分からない。国民はそんな者はいないと信じているが、現に青鞣の目の前には、司馬というその仕組みを掻い潜った者が存在する。結局施設に入ろうが入らまいが王宮に仕えているというのは滑稽な話だが、しみじみ司馬が教育されなくてよかったと青鞣は思う。
「さて話を戻そう。問題はどうやってこの橋を通らずに断崖を越えるかだ」
「渡れないのであれば向こうに来てもらうしかないのでは?」
「それもそうだが、大挙して来られても困る」
三人はうーんと唸って首を傾げる。
「そもそも実際ウトがどうなっているかですよね。ヒッサもひどい有様でしたけど、もしかしたらウトも似たような状況かもしれませんし」
「やっぱり僕たちが向こう側に行くしかないか……」
しかしいくら考えても、橋を渡らずに超える方法が思い付かない。どれ程の絶壁か分からないが、噂ではかなり険しいと聞くため、難しいだろう。そもそもこちらには時間があまりない。山越えに時間を費やしていては、あっという間に即位式だ。
「どちらにせよ、現場に行ってみないとなんともだな。何かしら手はあるだろう。がめつい行商人でもなんでも、裏道を知ってる者はいるだろう」
「気は進みませんが、今はそれに賭けるしかないですね。道中妙案が思いつくかも知れませんし」
二人はコクリと頷いた。
「司馬も明日にはある程度動けるまでになるだろう。今晩中に荷物を纏めておいてくれ」
「御意」
夜半は窓の外、一つだけの月が昇る夜空を見上げ、視線を戻す。
「明日より北東の地、荒原の都ウトへ向かう」




