表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
むつのはな  作者: あみか
第一章
5/102

「用心棒に見えない人って要求したのは僕だけど、驚いたな」

 店を出て、二人は馬を借りに行く。街には厩があり、長距離で急ぎの使者は各街にあるこのような厩で馬を乗り換えたりもする。旅人への馬の貸し出しも、この厩の業務である。常時望みの馬がいる訳ではなかったが、今回は急いでいるとはいえ馬を乗り換えるような火急の旅でもない。無難な馬が二頭借りられればそれでよかった。馬は一庶民が気軽に借りられるほど手頃な値段でもなかったが、この男はぽんと出せるくらい所持金があると言った。庶民は馬が借りられないので、普通は歩きの旅となるし、盗賊に襲われる危険性があるとしたら徒歩での旅だ。通常馬での旅に護衛をつける者はそうそういない。山越えのときには馬を下の街に置いて登るので、そこでは護衛が必要だが、だとしたらそこで用心棒を探した方がよっぽど出費が抑えられる。用心棒の半金を前払いで貰ってはいるが、彼はただの山越えの護衛としては破格の値段を提示した。身なりからして金持ちとは分かってはいたが、非常に羽振りがよすぎる。だから驚かされたのはどちらかと言えば陸奥の方だった。


「ところでお兄さん、まだ名前を伺ってませんでしたね」

「そうだったそうだった。字はあくただよ。よろしく、陸奥」

 それは陸奥には衝撃的な字だった。字は本名ではない。陸奥のような一般庶民では、なにかしらのその人のエピソードや、あだ名からそのまま字として転用する場合もあるが、地位のある人物は違うはずだ。これだけの羽振りの良さから、それなりの地位のある者だとは思う。なにか役職のある家系の場合は、基本的にその人物、家の職なり立場なりが分かるような字がつけられる。字とはそういう性格が強いもので、地位が高ければ高いほどその傾向は強くなる。

 だから、ごみくずなどという字を付けられているということは、一族でも厄介者扱いされているということが初対面でもわかってしまう。それを付けて憚らない家族の者も、何の恥じらいもなくその字を口にする彼も、陸奥にとっては衝撃的だった。それなのにこんなにも金遣いが豪快ということは、家の中でも金を自由に扱える立場にいるということだ。どう考えても矛盾している。

 怪しい。怪しすぎる。

 そんな陸奥の心境を知ってか知らずか、芥はにこにこと握手を求める。とりあえず握り返すが、農民や職人とは違う、柔らかくつやつやとした手のひらだった。


 厩につくと、陸奥は主人に二頭借りたい旨と、ヒッサの麓の街で馬を下りる予定を告げる。乗り捨ても多いので、街と街の厩は何かしら提携しており、よほどのことがなければ借りた厩に馬を返却することを求められることはなかった。芥は物珍しそうに、厩のあちこちをうろうろしては、へーとかふーんとか独り言ちている。金持ちは馬車に乗ることはあっても、厩にきて馬を借りることはないのだろう。

 だから彼本人が馬に乗ることは意外だった。従者や御者が馬を操ることはあっても、お偉方本人が手綱を握ることはまずない。そもそも乗れないということが当たり前なのだ。にも拘わらず彼は馬に乗れるという。

 ますます怪しい。


「お客さん運がいいね。丁度最後の二頭だよ。皆出払っちゃっててね」

 主人が裏手から馬を二頭引き連れてきて、注意事項を説明しながらそう言う。繁忙期なのだろうか。

「王宮からの依頼が舞い込んでね。ありがたい話だよ」

 本当に有難そうな顔をして、うれしそうに馬を撫でる。王宮にも馬はいるだろうに、人材、もとい馬材不足なのか。

 そんな疑問を待ってましたとばかりにべらべらと主人が話し出す。

「数か月後に新王真昼様の即位式があるだろう。それでいろいろと立て込んでいるみたいでね。それでうちの馬を貸してくれってことなのさ」

 即位式。そう言えばそんなものが控えていた。陸奥が普段働いている酒場でも、最近その話題で盛り上がっている客が増えてきた。


 前王のサラスヴァ様がお亡くなりになってから早六年。あの事件があったとき、真昼様は御年十七で、既に元服していた。にも拘わらずしきたりによって二十四になるまで即位出来ないとされた。

 真昼様はサラスヴァ様の初孫にあたる。サラスヴァ様の五人の子供には魔法の才がなく、王たる資格がなかったため、真昼様が二十四になるまで教会が政を代行していた。陸奥には政治は分からないが、魔法の才とか、二十四とか、そんなことはどうでもいいと思っているし、そんなしきたりを律義に守る王宮も教会も信じられなかった。しかしながらイーリアス神を崇める宗教色の強いこの国では、それが是としてまかり通っている。


 第一王子真昼様。真昼様は長女であるが、王の子として広義に王子と呼ばれている。昔はサラスヴァ様が民衆の前に立つとき、よく隣で一緒に手を振っていた。王位継承者筆頭として、サラスヴァ様も色々と見せておきたかったのであろう。真昼様のことはよく知らないが、酒場や市場での噂によると、知的で聡明、おまけに美人らしい。一体誰がそんな近くで真昼様を見たことがあるというのか。真偽はともかく、王は美人の方がいい。

 第二王子「次男」うしお様、第三王子「長男」夜半よわ様。あの凄惨な事件の後、ぱったりと人前に出ることはなくなった。一体今頃、どうしているのだろうか。

 ふと顔を上げると、芥が馬にべろべろと手を舐められているのが視界に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ