終戦
「いたっ」
煉は転んでいる陸奥の手首を捻り上げてその体を持ち上げる。引っ張られる痛みに抵抗出来ず、陸奥はゆっくりと自分の足で立ち上がるが、その手を放す気はなさそうだ。
「勾玉を出せば、見逃してやってもいい」
陸奥は黙ったまま、ただ煉を見返す。
「いや、ちょっと待て。さっきの『あれ』一体何やった?」
カシャン。ひとつ瓦がずれ落ちた音がした。
陸奥は相変わらず口を開かない。掴まれた手首の痛みが増していく。
「何もしてません」
ギリギリと手首を握る手に力が込められていく。思わず眉間に皺が寄る。
「……っ」
「何もしてませんじゃねーだろ。お前が来るまでは全部順調だったのに、あんなに急に息を吹き返す訳ないだろうが!」
この大声に気付いて烈か砂は来てくれたりしないだろうか。淡い期待を胸に抱く。
黙ったままの陸奥に、煉はイライラを募らせる。
「兎に角勾玉を出せ」
「……」
こちらの質問の方が答えが難しい。持っていると答えても、持っていないと答えても、悪い方向へと転がってしまいそうだ。陸奥は顔色を窺われるのが怖くて俯く。
その仕草を、煉はどう言う意味で捉えただろうか。相変わらず強く握られたままの手首。恐らく指の跡がくっきりと残るだろう。掌が鬱血して、嫌な色味になっている。軽く引っ張ってみても放してくれそうな素振りはない。
「あーもー面倒臭え!」
何が起こったのか一瞬分からなかった。目の前がチカチカとして、息が吸えない。吸おうとして、つっかえた様に入って来ない。思わず膝を着いた。
「悪ぃ。一発でいけば楽だったのにな」
次は、何をされたのか分かった。鳩尾に煉の拳が突き刺さる。辛うじて分かっただけで、もうその瞬間に陸奥の意識は途切れてしまった。
「う……」
うっすらと目を開けると、空の明るさが目に染みて、思わず一筋涙が零れた。何が起こったのか思い出せず、ぼーっとする。
「大丈夫かの」
「主様……」
蛍ははっとしてがばりと体を起こす。が、ぐわんと視界が揺れて、思わず手を着いた。
「無理するでない」
「……はい」
蛍はゆっくりと出来事を思い出す。初めて、自分の真の名前を取り戻した。思い出すと、どきどきが止まらない。思わず心臓の前で手を握る。
「よく頑張ったの」
ぽんと主の温かい手が蛍の頭の上に乗せられる。
「主様」
自分は大切なこの人を守ることが出来たのだろうか。命短いこの人を。その事を考えるだけで、先ほどまでの興奮や高揚感が一気に萎んで、言いようのない焦りがじわりと胸に広がっていく。
「烈兄ちゃんは……」
「分からぬ。先程旋風が起きたようだが、砂かの」
「砂兄ちゃん」
二人は無事だろうか。自分はどれくらい眠っていたのだろう。地面に目を落とすと、焦げた匂いのする椿が横たわっている。もう煙も出ていない。
「蛍、その者を見張っておいてくれるか。他の様子を伺ってくる」
「でも、主様!」
「何、見えずとも大体分かるものじゃ」
主はくるりと半身を翻すと、その場から忽然と消えた。
「疲れたな……」
烈と砂は大の字で地面に横たわり、雲の増えてきた空に鳶がぐるぐるとしているのを見上げる。砂の返事はないが、気絶はしていないようだ。
烈は隣に横たわる砂を見て、思わず笑みが零れた。
「何だよ気持ち悪い」
「いや、別に」
「はあ?」
もう起き上がる気力も残っていない。陸奥が気がかりだが、この身体ではどうしようもない。どうにか逃げ切ってくれるのを願うしか出来ない。
鳶は相変わらず、似たようなところを旋回している。
「無事かの」
思いがけない声が降ってきて、烈も砂も驚いたが、身体が全く反応してくれない。
「主様……」
「二人とも起き上がれぬのか。そのままでよい」
二人の声が地面の方から聞こえてきて、主は大体の状況を把握する。太知の気配を感じないので、何処かでのびているのだろう。
「主様、あいつら恐らく人間の後ろ盾があると思われます」
「そうか……」
「あんなに躊躇いなく真名解放するなんて、気が狂ってるか自信があるかのどちらかです」
椿は見るからに前者であったが、太知までがそうとは考えにくい。そもそも真名解放しなくても、地の利のあるこちらと同等以上に渡り合えていた時点で、人間がついている可能性は濃厚であった。
「ややこしいことになってきたの」
「主様が来てくれたということは、あの人間は無事に辿り着いたんですね」
烈は胸を撫でおろす。陸奥のあの祈りがなければ、二人とも無事では済まされなかっただろう。人間は未だに信用できないし憎いが、陸奥個人の安否を気にしないほど嫌いにはなれなかった。
「いや……来ておらぬが……一緒ではないのか?」
嫌な予感が這い上がって来る。まさか。
烈と砂は顔を見合わせた。
その後、里をいくら探しても、煉の姿も陸奥の姿も見付けることは出来なかった。




