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むつのはな  作者: あみか
第二章
43/102

ユリハラにて〈中〉

 それは夜半と青鞣が、宿で馬の世話をしつつ待機していた司馬と合流してすぐの事だった。中心広場に程近い、そこそこに値の張る宿で休む事にした三人は、夕餉を宿に併設した店で取るか、屋台巡りをするかで揉めていた。夜半は名物が味わえる屋台を強く希望し、二人は護衛の大変さから勘弁してくれと懇願している最中の出来事であった。


 始め、三人は気がつかなかった。突然男が一人宿に飛び込んで来て、声も裏返りながら大声で叫んだ。

「広場に人殺しの魔法使いが現れた! あんたらも逃げろ!」

 その忠告を聞いて漸く、外の騒がしさがさっきまでの喧騒とは違うものになっている事を理解した。

 三人は咄嗟に顔を見合わせ、そして同時に行動を取った。

 青鞣は避難するため荷物に手を伸ばし、司馬は己の主を守るため腰の獲物に手を掛け、そして夜半は宿を飛び出した。

 青鞣と司馬はギョッとして夜半の後を慌てて追い掛ける。油断していた。一番初めに為すべき事は、夜半の首根っこを捕まえる事だったのだ。

「でっ……若様! お待ちなさい!」

 あの人は自分の身分を弁えていないのだろうか。それともわざとやっているのだろうか。

 外の通路は逃げ惑う人々で、混乱している。人々とは逆走する夜半の姿は既に見えなくなっていた。人の波に逆らいながら二人は懸命に主が向かった方向へと掻き分けて進む。

 やがて青鞣は人波に溺れる羽目になった。文官である青鞣と武官である司馬とでは、体力も筋力にも雲泥の差がある。残念ながら青鞣は司馬に任せる事にし、横路地で群衆が減るのを待ってから合流する事に決めた。


 夜半が広場を覗ける所まで着く頃には、広場のイーリアス像は粉々に砕け散り、何をどうしたのか分からないが、石畳はぐしゃぐしゃになっており、とても歩けたものではなくなっていた。隆起した石畳には、至る所に赤黒い液体がついており、うつ伏せに、仰向けに、倒れている者が散見された。夜半は壁際にしゃがみ込み、ばれないように様子を伺った。

 見える限りでは相手は二人。日焼けした肌と、ぎょろっとした目の中肉中背の男。あの特徴的な顔は一度見たら忘れないだろう。もう片方は、かなり背も高いがとても細くひょろひょろとしており、おおよそ戦闘向きには見えなかった。

 視界の中に動く人間がいなくなったためか、彼らは移動を始めた。夜半は見付からないように、忍び足で彼らの移動に合わせて尾行した。

「殿下!」

 後ろから小声で呼ばれ、羽交い締めにされる形で夜半は司馬に止められた。

「逃げますよ」

「ダメだ」

「殿下!」

 司馬が困ったように諌めてくるが、興味本位で自身を危険に晒したい訳ではない。

「司馬もアレの戦いを見た方がいい。戦慄するぞ」

 司馬には心なしか、夜半が笑っているように見えぞっとした。


「何これー!?」

 妖怪たちが夜半たちから見て右方向へ進んで行ったのに対し、彼らは左の方から広場へと現れた。

 まだ子どもと言っても差し支えないような女が、砕け隆起した石畳を見て、楽しそうに声をあげている。

 司馬は驚いたものの、夜半を抱えて一歩も動かない。夜半の身の安全が何よりも優先されるため、避難誘導も、注意喚起も出来ずにじっとせざるを得ない。

 夜半は、やって来た巨漢が先程ぶつかった男だと気が付く。

 大人とも子どもともつかぬその女は、凸凹と鋭利に尖った地面を、ぴょんぴょんと爪先で器用に進んで行く。例えそれが血に濡れた場所であっても、全く意に介さず歩みを進める。後ろに続く二人は、割れた石畳を踏みたくはないのか止まったままだ。


 ギョロ目とひょろひょろの妖怪二人は、振り返り現れた三人組を視界に捉える。次の瞬間、ひょろひょろは肩甲骨を縮めるように両腕を後ろに伸ばし、思い切り前に振った。両腕が鞭のようにしなりながら恐ろしい勢いで女の顔目掛けて伸びて行く。

 夜半は司馬の締め付けが急に強くなったのを感じる。驚くのも無理はない。一度尋常ならざる能力を目の当たりにした夜半でさえ、目を見張らずにはおれない。

 顔、と言うよりは首に手をかけようとしたその細い腕は、ただ空を切るに終わった。瞬きをする間の一瞬で伸びたその腕を回避し、女はふわり、と空中に舞って、伸びたその腕の上に爪先立ちで降りた。

 夜半、そして司馬も、あの三人組が人間でない事を確信する。

 女はくるりと後方に回転跳躍し、また鋭利な地面に片足立ちをし、ぺろっと舌を出す。

 ひょろひょろの腕は、伸びた時と同様に、一瞬で元の長さまで腕が戻って行った。


 ほんの少し、呼吸を数回するだけの間で、こんなにも常軌を逸したやり取りが行われるとは。夜半と司馬は固唾を飲んでその攻防を見詰めている。本来であれば、夜半を確保した時点でこの場を離脱しなければいけない司馬も、すっかり見入ってしまって動けない。

 戦慄と呼ぶにはあまりにも華麗で、あまりにも滑稽だが、これが己の身や夜半の身に及ぶものであると考えた時、抗う術などない事を自覚する。死を覚悟する暇があるだろうか。夜半の言う通り、これは紛れもなく戦慄だ。妙な高揚感さえ感じる恐怖を、もっと見てみたいとさえ思ってしまう。

 司馬は衣を引かれ、振り返るとそこには疲れ切った顔の青鞣がいた。何故逃げないのかと目で訴えてくるが、司馬は黙って広場を指差した。


 青鞣が広場を見ると、広場の中程で少女とのっぽとギョロ目の男二人が対峙している。そこら中に倒れる人と、血を見て青鞣は気分が悪くなる。

 音もなくのっぽの腕が音速で少女目掛けて伸びるのを見て、青鞣は自分の目を疑った。

 妖怪というものを知らなかった青鞣は、夜半から話を聞いた時、妖怪なるものの説明を軽く受けたが、どんな物なのか全く想像できなかった。だが、あれは人の形をした魔物だと思った。近寄ってはいけない。イーリアスの加護が仮にあったとしても、あれには敵うまい。一刻も早くここから離脱せねば、ということだけは分かった。

 だが、夜半だけではなく司馬まで、憑りつかれる様に見入っている。司馬だけでも正気に戻して、夜半を担いででもここから離れなければ。

「司馬、殿下を危険に晒す気ですか」

「あ、いや……」

 たじろぐものの動く様子はない。いつもの司馬であれば何よりも夜半の身を一番に考えるであろう。何かがおかしい。

 青鞣は一人焦っていた。


 その伸びる腕は、闇雲に伸ばしたり縮めているように見えたが、確実に七を狙っていた。それでも、七は器用に空中でもその腕を掻い潜る。あの柔らかさ、しなやかさ、そしてあの筋力。

「猫又か」

 ギョロ目はぽつりと呟いた。

「何故、同族が邪魔をする」

「知らなーい。主様がそう言うのであれば、従うしかないよね。君たちだってそうでしょ。主様の言う事は、絶対、だよね」

「是。恨むなよ」

「お互いにねー」

 腕の伸び縮みの速度が格段に上がる。だが、それでも七はひらりひらりと躱し続ける。

「いつまでやるの?」

「すぐ終わる」

 空中で腕を避けたその刹那、七の視覚で人差し指が振れた。そしてその人差し指が腕同様に伸び、七の背中を強くはないが突いた。七は驚き、空中で体勢を崩す。

「しまっ……」

 もう片方の腕が、七目掛けて伸び、思い切り掌を広げるとと同時に全ての指が伸びて七の体をがっつりと捕まえる。捕まえたと思えば急速に天高くその腕を持ち上げ、七の体を思い切り銀と摩の方へと投げつけた。

 全ての動作が速い。速すぎて、夜半にも司馬にも青鞣にも、目まぐるしくて追いつけない。呼吸をするのも忘れるほどに、戦いが一瞬で進んでいく。本当に瞬きをする時間さえ惜しく感じられた。


「やれやれ」

 銀が、手で空に何か模様を描いた様に見えた。投げられた七の体が、空中で何かに当たる。

「ふぎゃっ」

 がくんと速度が落ちたが、網にでも引っかかったかのように、七の体が前後にたわんだ。そしてそのまま空中にぶらりと磔にされた。

「しろっちー……」

「ばあさんが一人で張り切りすぎなんだよねえ」

 銀は右手で髪を掻き上げる。

「ありゃ手長足長だろうよ。指まで伸びるとは知らなかったが……。摩、あんたが相手をしな。隙を見て糸で縛り上げる。七姉さんはあの濃い顔の方の気を引いといてよ」

「あーい」

 七は目に見えぬ糸を爪で斬りながら、スタッと地面に降りる。摩はこくりと静かに頷いた。

「さて、三対二で申し訳ないけど、こちらも大分弱体化してるからねえ。お手柔らかに頼むよ」

 勝てる見込みはほぼなかったが、銀も七も笑みを崩さない。妖怪の本質、ただ本能剥き出しに暴れられるということが単純に心を躍らせる。

 一対一の前哨戦もそこそこに、妖怪としての力と力のぶつかり合いが始まった。

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