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むつのはな  作者: あみか
第二章
41/102

太刀風

 人間が一人で来た時点であの狐の者は来ないと思っていた。思い込んでいた。だから煉を椿探しに行かせたし、煉の話が本当だったとしても、天狗の奴が転がっている時点で人間に勝ち目はないと思っていた。

 普段であれば炎に気が付いた時点で風を纏って防ぐことも出来たであろうし、人間の方に炎を向けることも出来ただろう。だが、剣だけで人間を捌こうとしていた事が仇となって反応が遅れてしまった。

 太知のその瞳は、火が己に直撃するまでをただ捉えるのみであった。


――間に合った。

 それは陸奥も、そして烈も思った事であった。砂が倒れているのを確認したとき、陸奥はそっと道に烈を呼びに行くように託した。幸運な事に太知はそれに気が付かなかったし、煉もその場を去って行った。道も烈も気が利いた事に回り込んで奇襲を仕掛けてくれ、これ以上ない程にうまく事が運んだ。一時はどうなることかと思ったが、綱渡りを経ての大成功である。

 正面から焼かれて倒れた太知を見て、申し訳なさと同時に陸奥はほっと胸を撫でおろす。


「烈、ありがとう」

 陸奥は烈の傍へと駆け寄った。

「いや。間に合ってよかった」

 少しだけぶっきらぼうな返事が返って来る。

「道もありがとう」

 烈の衣服から顔だけ出した道が、照れているような仕草をする。その様子を見て、陸奥はくすりと笑う。

「とりあえず、どうする?」

「急いで主様に指示を仰ごう。あの男も捕まえないといけないし、砂の手当てもしないといけない。これ以上暴れられると面倒だ」

 陸奥はこくりと頷いた。

 気を失っている太知に追い打ちをかけるのは憚られたため、暴れられないためには縛り上げる必要があったが、風では切れぬ何かで縛り上げなければならなかった。主であれば何かしら方法を知っているかもしれない。

 道を烈から受け取り、自分の衣服の中へとしまう。

「煉に会わないように、主の所へお願い」

 道が指す通りに陸奥は走り出す。

――戻ってくるまで、太知が目を覚ましませんように。

 烈は砂の様子を確認したが、これと言って致命傷になるような傷は見当たらなかった。時間が立てば目を覚ますであろう。面倒臭がりな砂が倒れるまで頑張るとは、意外な一面があったものだ。


 烈と砂は幼馴染であり、腐れ縁のようなものだった。事あるごとに比べられたりもしたが、砂は張り合う事もせずにわざと出来ない振りをしていた。だから実際の所烈にさえ砂の実力は分からなかったし、正直掴みどころもなくて何を考えているのかよく分からない時も多かった。

 だがこうやって危機に陥った時には体を張る男であったのだ。普段はのらりくらりと面倒事を避ける彼でも、やる時はやる奴だった。

 烈は少しだけ、砂の事を理解出来たような気がした。

――本当は俺よりも、あいつの方が砂を理解してた。

 砂の顔についた土を払いつつ、烈は今はいないもう一人の幼馴染の事を思い出す。攫われてもう数年が経つ、もう一人の幼馴染。帰ってきてほしいという願いから、生きてさえいてくれればいいという願いに変わる程に、残酷に時は過ぎてしまった。

 あの時も、砂は顔色を変えずに淡々と事実を受け入れた。烈は砂とは対照的に主に噛み付いたのを今でもはっきりと覚えている。最初の失踪はたまたまの可能性もあり分からなかったが、雨降りの一族であった幼馴染がいなくなった事でこれが連続性のある事件であると判明した。主に動くように再三要求したが、主は表立って手を打ってはくれなかった。砂はそんな烈の味方をするどころか、もういいだろと言って宥めて来た。烈はそんな砂の様子に不信感すら覚えたが、あれは彼なりにショックを緩和するための予防線だったのだろうか。

 意識のない砂に、心の中で問いかける。


 そんな烈の耳に、聞きたくなかった嫌な声が飛び込んできた。

「――真名」

 ハッとして振り返ると、刀を杖にして片膝をついて起き上がろうとする太知の姿が目に入った。服も肌も焼けて黒ずみ、息も絶え絶えという状態であるというのに、その双眸は消して光を失なっておらず、ギラギラとこちらを睨みつけている。

「太刀風」

 ごうと風が渦を巻き、太知の体を覆う。見る見るうちに太知の姿は本来の姿へと変わっていった。焼け焦げた跡は消え、耳、尾、その小柄な風体に似合わない牙が現れる。

 烈は意識を手放したままの砂の体を庇いながら、思いつきそうにもない逃げる方法を考える。焦りと緊張に襲われ、全く思考が纏まらなかった。火と風、そもそもの相性が悪い上に、あちらは捨て身だ。砂を守りながらなど到底敵うはずもない。

 行ったばかりの陸奥を呼び戻す術など、烈が持つはずもなかった。

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