来客
里からそれぞれの赴任地へと皆が旅立ち、陸奥が起きた時には人の気配が殆どなくなっていた。残ったのは老人や子供ばかり、そして主の護衛として烈と砂だけだった。
陸奥は芥の言いつけ通り、三日程滞在した。働かざる者食うべからず、と言うことで、その三日間は人間の街に派遣された人たちの畑の世話などに追われ、夜になるともうクタクタで、とてもではないが真昼の所に行ける状態ではなかった。
そして予期せぬ襲撃を受けたのは、芥が去ってから四日目の事だった。
その時陸奥は相も変わらず畑の手入れをしていた。腰が痛くて、背を反らして空を仰ぐ。今日も雨の降る気配はない。
「――」
遠くから何やら怒鳴り声が微かに聞こえた。バサバサと鳥が羽ばたいたので、恐らく間違いないだろう。
今ここにいるのは数える程しかいないのに、この小競り合いは一体何だ。陸奥は耕すのも途中で急いで屋敷の方へと走り出す。不穏な空気を感じつつ、一直線に向かう。
土蔵を曲がった瞬間視界に飛び込んできたのは、烈と砂の後ろ姿だった。穏やかな様子ではない。陸奥は慌てて引っ込む。チラと顔だけ出して、何が起こっているのか確かめようとする。烈と砂、その向こうに立っていたのはカグリを襲ったあの二人組と、見たこともない女が一人だった。
「主は何処だ」
狐の一族と思われる、カグリを燃やした男が問うた。選りに選って、人がいないときに来るとは空気が読めなさすぎる。いや、逆に読めるのか。
「何の用だ。訪問にしては礼を欠き過ぎじゃないのか」
「主は何処かって聞いてんだよ」
「何用かと聞いている」
「煉、落ち着いて」
カグリにいた方の女が片手を広げて今にも飛びかかりそうな仲間を制する。こちらの方がまだ幼く見えるのに、その冷静さは似つかわしくない。
「私は太知と言う者だ。故あって主に尋ねたい事がある。至急御目通り願いたい」
「こちらで取り次ごう。要件を申されよ」
烈は頑として通さない。砂は気怠そうにその様子を見ているだけだった。
蔵の影から覗く陸奥には、会話の内容が全く聞こえない。芥の推理では、彼らはその存在を人間へ示すために街を襲っているはずだ。何故こんなところに来たのだろうか。勧誘、にしては何やら物騒な気配である。陸奥は蔵の壁に沿って裏から回り、バレない程度に可能な限り近付いていく。
「……人間が二人、来たかどうかを教えて頂きたい」
陸奥耳に飛び込んで来た言葉を理解したとき、ばくんと心臓が跳ねた。
――何故。カグリの街の襲撃も、私たちを狙ったものだったのか。
だとしたら主と芥の推測がそもそも間違っていたことになる。陸奥は息を整えながら、聞き漏らさないように耳を澄ませる。
「仮に来たとして、それが突然の訪問の理由にはならないだろ」
ひりひりとした空気が、陸奥ところまで伝わってくる。烈は、自分のことを彼らに漏らすだろうか。やたらと喉が乾く。
「非礼は詫びる。火急でその人間に用事がある」
思わず持ってきたままの鍬を、ぎゅうと握る。
「まあ、待て」
音色のような主の声が、響くように聞こえた。泣きじゃくる蛍に手を引かれ、主はゆっくりと近付いてくる。
「ここの主の狐と申す。客人をもてなす躾がなってなくてすまぬな」
「いえ、先に礼を欠いたのはこちらです。主様自らご足労いただき痛み入ります」
「何、構わぬ」
泣き止まない蛍の頭を優しく撫でながら、主は扇で口元を隠す。
「立ち話もなんじゃが、と言いたいところではあるが、長い話でもあるまい」
「……人間が二人来たはずです。いれば差し出して頂きたい。いなければ、行き先を」
「ふむ」
主は長い髪を指で梳き、質問にすぐには答えない。
陸奥は石の鳥居までの距離を思い出す。隙を見て外界へ出られるだろうか。いや、出たとしても逃げ切れるかどうか。
「二人の人間など来ておらぬ」
ぴしゃりと言い放った主に、太知の目が大きく開く。
「何故……」
太知の握り拳に力が入り、歯を食いしばる。
「何故あなた方は人間に肩入れするのです! 昨日ユリハラの街で我々の邪魔立てをしたのもあなたたちですね。何故人間なんかに……!」
潤んだ瞳が苛烈に燃え上がる。その叫びは、太知だけのものではない。煉にも、烈にも、そして蛍にも、同じ気持ちがあった。
睨みつけていた瞳をふっと外し、彼女は俯いた。
「……煉、椿、交渉決裂だ」
俯いたまま、太知は右手を首飾りにかけた。千切るように下に引くと、その手には湾曲した剣が握られている。
「この方が手っ取り早くて分かりやすい!」
待ってましたとばかりに、煉はその身に炎を宿す。
烈と砂は、主を守るように壁を作る。主は一歩下がり、自分の背後に蛍を隠した。
「人の縄張りにずけずけと……!」
烈のその両拳は炎に包まれる。蛍は怯え、主の衣をぎゅっと強く掴んだ。砂は面倒臭そうに突っ立っている。一番不気味なのは、一番後ろにいる女。他の二人が臨戦態勢を取り、こちら側もそれに応じているにも関わらず、未だ何の動きもない。その糸目の顔からは、何の感情も見えないまま、ただ口だけが微笑みをたたえていた。




