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むつのはな  作者: あみか
第二章
32/102

シュレイにて

 昼間だと言うのに、人通りは殆どなかった。石畳は割れたり欠けたりする部分が目立ち、舗装が行き届いていない。以前は栄えていたのだろう。通りは大きく、今は誰もいない空っぽの店が立ち並ぶ。柱には蜘蛛の巣が張っており、汚れたままの窓は一部割れているものもあった。

 そんな寂れた街の、寂れた路地。フードを目深に被った怪しい男が一人、大通りを覗いている。背が高く、線が細い。その男の後ろには、その男よりも更に背が高く、そして体躯の良い男。こちらも顔を隠している。


 やがて大通りに一人の男が歩いてくる。その男が目の前を通った瞬間に細身の方が路地から飛び出し、その男の腕を矢庭に掴んで、そして元いた路地へと強引に連れ込んだ。連れ込まれた方は目を丸くしている。勢いあまって壁に背中をぶつけ、小さく唸った。

 男二人は自分たちよりも小さい男を囲む。これでは最早逃げられまい。


「探しましたよ、殿下」

 細身の男、青鞣は見下ろしながらフードを外す。心なしかやつれているようにも見える。

「久しぶりだね、青鞣おうっ!?」

 話している途中に体当たりを喰らって、思わず舌を噛みそうになる。

「殿下! 本物ですよね! 何処に行ってたんですか!」

「司馬、無理、苦し……」

 ぎゅうぎゅうと大柄な司馬に抱き着かれて、本当に苦しそうだ。青鞣はそれを見ても止める素振りすらない。

「いい気味です」

「青鞣……人でなし……」

 泡を吹く寸前で、漸く司馬が離れる。何故だか苦しそうにむせる主人を心配する。

「お前、馬鹿力なんだから、加減してくれよ……」

「すみません……」

 しゅんと項垂れると、司馬は一回り小さく見えた。

「小言は後でたっっぷりと聞いて頂くとして、まずは情報の整理からですね」

「いや、ほんと、青鞣は仕事が好きだな」

「まずは殿下がいなくなってからの宮中の動きですが、特に表立っての動きはありませんでした」

 青鞣は主人の言葉を完全に無視して話し続ける。この人のおちょくりにいちいち反応していてはあっという間に陽が暮れる。精神衛生上無視が一番だった。

「第三王子がいなくなったというのに、王宮は冷たいなあ」

 わざとらしく泣いたふりをする夜半の相手をする者はここにはいない。

「以前から調べていた件ですが。各州を調べたところ、ヒッサの情報が手に入りませんでした。先日司馬とヒッサのメイキに行ってきましたが、水不足による被害が甚大です。聞くところによると、既に死人も出ているとか。救援要請をしたようですが、悉く揉み消されているようです」

「揉み消された、ね」

「文字通り人が消えています」

「お前たちよく消されなかったな」

 司馬と青鞣は、メイキから山を越えて戻ってくるときに、少なからずなにか襲撃のようなものがあるのでは、と覚悟をしていたが、特段何事もなく州を越えることができた。


「で? もう一つあったんだろう。情報が入って来なかった州が」

 青鞣はこくりと頷いた。

「北東に位置する、ウト州です。こちらにはまだ行っておりません」

「分かった。今から行こう。司馬の馬に乗せてくれ」

「私の方でも構いませんよ、殿下」

「お前に小言を囁かれながらの旅路は地獄だよ」

「地獄までお供しますよ、殿下」

 にっこりと微笑みを浮かべる青鞣に対し、露骨に渋面を作って抵抗するが、またもや無視された。

「で、殿下! そう言えば、サラスヴァ様の勾玉が盗まれました!」

 司馬が思い出し、大慌てで事実を告げる。真昼様が、形見として大事に大事にしていた不完全な勾玉。

 王子はおもむろにごそごそと荷袋を探る。

「これのこと?」

 女物の小袋から出されたそれは、まごうことなく盗まれた勾玉であった。

「何? 青鞣言ってなかったの?」

「失念しておりました」

「わざとだろ……」

 え? え? と一人混乱する司馬。

「青鞣に頼んだんだよ。勾玉がなくなったのが世間にばれるように工作してくれって」

「え、じゃあ、青鞣様は、もしかして……」

「いつとは聞いていませんでしたが、殿下がお出かけになるのは伺っていました」

 司馬は開いた口が塞がらず、口をパクパクさせるだけだった。殿下がいなくなって、大慌てしたのは自分だけ。ずっと二人に謀られていたのだ。

「殿下、俺のこと信用してないんですか!」

「落ち着けって。信用はしてるし、信頼もしてる。ただ、お前すぐ顔に出るから……」

 それは、確かにそう。自覚はあった。返す言葉もない。それでも、何か相談があってもよかったのではないだろうか。

「それに、お前に言ったら絶対付いてくるって言うだろ」

「当たり前です! 青鞣様は、何故お止めするか付いていかなかったんですか」

「嫌ですよ面倒な。一応お止めしましたけどね」

 形だけは止めた。だが、言って聞くような人であれば、青鞣も司馬もこんなに苦労はしていない。


「殿下は女連れでお出かけされたとの話でしたが」

「ああ。街で雇った用心棒だよ。おかげで野宿が出来るようになった」

 何故だか少し自慢げな口調だ。

「腕はどうでした?」

「腕を見る機会はなかったけど。そう、だな。特に腕が立つような感じではないな。これと言った特徴もないし」

 むしろ何故用心棒などしているのかが不思議なくらいだ。置いていくと言ったときの、あの寂しそうな顔が浮かんだ。夜半も情がないと言えば嘘になるが、そもそも割り切った関係だ。すぐ依頼者に肩入れするお人好しな性格は、あの職業には向いていないと思われた。

「関所の騒ぎを収めるのに苦労しましたよ。何せ前代未聞の事件ですからね」

「助かったよ。ありがとう」

 これで陸奥が兵に追われることはもうない。無事に首都まで戻り、平穏に暮らしていってほしいと思う。


「それから、カグリの街が何者かに襲われました」

「ああ、ちょうど鉢合わせたよ。恐ろしい連中だった」

「見たんですか」

 司馬が青ざめている。司馬本人はどこか抜けているようなところがあったが、夜半に対しては少し過保護なきらいがあった。

「それについては対処済みだ」

「対処済み、とは……?」

「おいおい話すが、暫くは問題ないだろう。それと引き換えに対応しないといけない事ができた。急いでウト州へ向かう」

 魔法使いですら防戦が精いっぱいだという怪しい襲撃犯。それへの対処が簡単にできるなど考えられない。一体どんな方法で対抗すると言うのだろうか。


「殿下。何で勾玉を?」

 司馬の前に跨り、三人はウト州へと向かう。これまではずっと歩きの旅だったので、馬がどれだけ早いか改めて身に染みる。

「勘だよ。おばあ様はあれをずっと大事にしていたし、真昼だってそうだ。恐らくそれには意味がある。勾玉泥棒の事件があって、犯人と思しき人物が関所を盛大に通り抜ける。もし勾玉が欲しいやつがいるとしたら、入りにくい王宮よりも、泥棒から奪った方がいい。まさに絶好の機会だ。そのために派手に関所を突破したんだから、国中に知れ渡っただろう」

 結局旅路の中でその誰かさんに襲われることはなかった。足取りが分かるように、南の方へ向かったという情報を少しずつ残してきたのだ。そもそもそんな誰かさんなんていないのかもしれないし、勾玉自体ただの装飾品なのかもしれない。だがもし誰かさんが存在するとしたら、今は陸奥の身が危険だ。数日はあの妖が守ってはくれるだろう。もともとはヒッサの教会で匿おうと思っていたが、それよりも心強い場所ができた。


――勾玉を欲する者がいるとするなら、恐らくそれが真昼を攫った犯人だろう。

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